現代の日本人「おいしい世代」を叩く風潮がある
このように表に出ていない数を合わせると、万引きしている高齢者はもっと多いことになります。このなかには有名人やスポーツを極めた人も少なくないといわれています。精神論ではどうにもならない闇があるのです。【事例1】でふれた前頭葉の衰えが原因と考える人もいますが、心の問題が大きいといっていいでしょう。
それでもまだ仕事で忙しい自分には関係がないと思う人は多いでしょうが、高齢者の万引きは決して対岸の火事ではありません。
栄一郎さんの場合、膝を悪くしなければ、万引きしてしまうことはなかったと思います。好きな仕事ができなくなって、生きがいをなくしてしまったのが引き金になったのでしょう。定年後、からだの故障や病気で働けなくなる可能性はだれにでもあります。ちなみに65歳以上の刑法犯の総数は平成29年では4万6246人となっており、初犯の人が約48%も占めています。高齢者の初犯の問題は、なにも万引きだけではないのです。
定年後の生活に夢や理想を見出すことができなければ、刺激的な日々を送ることはできません。そうなると孤独になる人も多いでしょう。魔がさす心理の根底に、欲求不満があるのは間違いありません。
また、高齢者が生きにくい環境になっているのも原因しているでしょう。バブル世代や団塊世代は、国や会社の恩恵を能力以上に受けてきた「おいしい世代」と見られがちです。実際、40代から下の世代は、就職氷河期やリーマン・ショックなどの影響で、能力があっても憂き目を見てきた人がたくさんいます。年金など、国の保障もあてにできないとあきらめている人もめずらしくはありません。このようなことから嫉妬も買い、バブル世代や団塊世代を必要以上に叩く風潮になっているのも事実です。バブル世代が定年を迎えると、さらに高齢者が生きにくい環境になるでしょう。
純粋な心寂しさを募らせた末、「セクハラ爺さん」化
万引きとともに高齢者の問題となっているのがセクハラ行為です。私の教え子で大学の教授をしている女性がいるのですが、「男性は年を取ると、みんなエロ爺さんになる」と言っています。実際、介護施設での問題の1つに、高齢男性によるセクハラが問題になっています。
これはセクハラとは関係ありませんが、明石家さんまさんの番組で80歳以上の元気なお年寄りがクイズに答える「ご長寿早押しクイズ」という人気コーナーがありました。珍解答が続出するお笑いコーナーだったのですが、その珍解答にエロ解答が多かったのを覚えている人は多いでしょう。これらのことからも、私の教え子がいうようにエロ爺さんになってしまう人は多いのかもしれません。
高齢者が性に絡んだトラブルに巻き込まれることも増えました。たとえば、いまの60代、70代でネットをよく使う人は少なくありません。総務省の「平成29年通信利用動向調査」によると、60代で約74%、70代で約47%が、過去1年間で個人のインターネットの利用経験があると答えています。これに伴い、ネットに関するさまざまな性に絡んだトラブルが起こっているのです。
「消費生活年報2018」(独立行政法人国民生活センター)を見てみると、アダルトサイトに関するトラブル相談は、60代が最も多く4520件、次いで70代が2778件。全体に占める割合を見ても60代が約26%、70代が約16%となっています。バブル世代が定年退職すると、もっと増える可能性は高くなるでしょう。
これらの問題は、単に欲を満たしたいという単純なものではありません。女性とのふれあいを求めているところも大きいのです。ふれあいといっても、軽いものや精神的なものでかまわないのです。奥さんとの仲がいい人はハードルが高くないでしょう。
たとえば、軽く肩をたたくとか、会話をしていて心がつながっていると感じられるだけでいいのです。最近では、手をつないで歩いている夫婦と思われる高齢者を見かけることが増えました。それだけふれあいを求める高齢者が多いのかもしれません。
ふれあいがない高齢者は、性的なことに集中してしまうのかもしれません。万引き同様、心の問題です。私も妻を亡くし、ふれあいが減っていますので、自分だけは大丈夫と思わないようにしているくらいです。
高齢者も、そしてこれから定年を迎える人たちも注意しなければならないのは、年を取ると、本能によって思ってもみなかった犯罪をしてしまう可能性があるということです。
<50代から「定年後の自分」を育てるヒント>
●高齢者の初犯増加は心の問題が大きい。決して他人事と思うべきではなく、定年後の自分の心を満たしてくれるものを探しておく。
●アダルトサイトに関するトラブルの相談件数は60代がもっとも多く、続いて70代が多い。無用なトラブルに巻き込まれないようセキュリティ対策などを考えておく。
●高齢男性の性の問題は、実は深刻。年を取って行為はできなくても、性の衝動はある。アダルトサイトやセクハラなど問題を起こしやすいことを自覚しつつ、日ごろから妻との軽いふれあいや精神的なふれあいを心がけて、問題行動を起こさないようにする。
高田 明和
浜松医科大学 名誉教授