第二の人生、明るいはずが…有能社員さえ「定年で転落」の現実

孤独、引きこもり、うつ…。「定年」を境に引き起こされる男性の問題は想像以上に深刻です。定年を恐れて不安を抱く人々が多々いる一方で、現役のうちはまだ無関係と考える人や、忙しくて考える暇などない、という人もいるでしょう。しかし、定年前の期間をいかに過ごすかが大切なのです。※本連載は、脳科学・心の問題の専門家である高田明和氏の著書『定年を病にしない』(ウェッジ)より一部を抜粋し、定年をきっかけとする深刻な問題を抱えた人々の事例をもとに、第二の人生を明るく歩むための「定年後の自分を育てる」ヒントを紹介します。

妻が先立ち、家庭問題を一身に背負ってうつになった父

【事例1】

1年前に妻に先立たれた正雄(54歳)には、公立高校に通う高3の息子と高1の娘がいる。8年にも及ぶ妻の闘病で貯金を使い果たし、来年は役職定年を迎えるため、収入が減ってしまうのが最大の悩みだった。長男は漠然と私立大学への進学を希望しており、長女も女子大生になることに憧れている。正雄もそれが当然と考え、できれば子どもたちに奨学金を受けさせることなく、なんとかして学費を出してやりたいと思っている。

 

家事は子どもたちもいくらか手伝ってくれるが、正雄の時間に追われる日々は変わらず、いつも心身ともに疲れている。最近では、趣味の釣りにも興味を失ってしまった。気軽に会える友だちがいないため、休日は家事を終えると、自室でボーッとしていることがほとんどだ。定年後の人生を考える余裕は、正雄にはまったくなかった。

 

時間に追われ、心身ともに疲れて日々を楽しめない
時間に追われ、心身ともに疲れて日々を楽しめない

好転の第一歩は「家庭の状態を正直に話すこと」

正雄さんは家庭の問題をひとりで抱え込んでしまい、うつ状態になっています。8年もお金の心配をしながら奥さんの闘病を支え、お金を使い果たしたところで、今度は子どもたちにお金がかかるのですから無理もありません。そこへ追い打ちをかけるように来年から収入が減るので問題は深刻です。

 

まずは家庭の状態を正直に子どもたちに話してみてください。正雄さんは、子どもたちが大学に進学するのは当然と考えていますが、本当にそれがベストの選択なのでしょうか。余裕のある人は学歴を求め、余裕のない人は高卒でトライせよ、というのが私の考えです。別に学歴否定主義ではありませんが、どんな職業でもチャンスがあるということを、子どもたちに教えるべきです。学歴至上主義の親が子どもの可能性を潰してしまうことは、昔からよくあることです。

 

お笑い芸人で高卒の人はめずらしくはありませんが、あれほど才能に満ち溢れた人たちが集まる世界はないと思います。また、多才な人も多い。

 

たとえば、「ピース」の又吉直樹さんは小説も書き、芥川賞を受賞しています。高校時代はサッカーで大阪府代表としてインターハイにも出場し、大学の推薦を断ってお笑いの世界に飛び込みました。「ANZEN漫才」のみやぞんさんは運動神経もいいため、その身体能力を活かして、TV番組の企画が成り立つくらいです。ジミー大西さんも画家となり、ボジョレー・ヌーボーのラベルのデザインを依頼されるなど、国内外で活躍しています。

進学も学習意欲の向上も叶う一石二鳥の選択「奨学金」

お笑い芸人の例は極端かもしれませんが、料理人やプログラマーなど、技術を身につければ高卒でも立派にやっていける職業はあります。最近では、高卒どころか、中卒のITエンジニアやコーヒー焙煎士が注目される時代です。大学を卒業したからといって、どうにかなる時代はとっくの昔に終わっています。それでも子どもたちがどうしても大学に進学したいというのなら、奨学金で行ってもらえばいいでしょう。

 

全国大学生活協同組合連合会の調べによると、何らかの奨学金を受給している学生は30.5%いるため、決して特別なことではありません。子どもたちも納得してくれると思います。家庭の事情を理解したうえで、奨学金を受けてでも大学に行きたいと強く思ってくれたら、将来の職業を見据え、勉学に励んでくれるようになることでしょう。お金のないことは、なにも悪いことばかりではないのです。

「自分の人生を生きること」が家族に対する最大の愛情

子どもたちよりも心配なのは、正雄さんのほうです。うつ状態が続くと、のちの健康に悪影響を与えるからです。このままでは、子どもたちが成人して自活するようになったとき、生活が乱れてしまうのは目に見えています。

 

国立社会保障・人口問題研究所の『人口統計資料集』(2005年)によると、配偶者がいる男性の平均寿命が79.06歳なのに対し、ひとり暮らしの男性は70.42歳と未婚男性は約9歳も短命という調査結果があるくらいです。

 

2019年9月に、かつて「金ピカ先生」の愛称でテレビでも活躍した予備校講師、佐藤忠志さんが68歳で亡くなったのを覚えている人は多いでしょう。佐藤さんは亡くなる2年半ほど前に奥さんと離婚し、寂しさからか身体の調子が悪いのに朝からお酒を飲み、ろくに食事もとらず、生き甲斐をなくしていたみたいです。死期を早めたのは喪失感に加え、食生活の乱れが大きな原因でしょう。

 

2020年2月には、プロ野球の世界で活躍した野村克也さんが妻の沙知代さんを亡くしてから2年ほどで亡くなりました。野村さんは妻を亡くしてから「孤独だ」と言っていました。このままでは、晩年の正雄さんも佐藤さんや野村さんのようになってしまうかもしれません。

 

また、強度なストレスを受け続ければ脳細胞が障害されますので、認知症になる確率が高くなります。健康を害して将来介護が必要になれば、子どもたちに迷惑をかけてしまいます。そうならないためには、自分の人生を生きるようにしてください。

 

まずは趣味の釣りを再開してみるのもいいでしょう。わざわざ出かける気持ちになれないのなら、好きな音楽を聴いたり、本を読んだり、簡単にできることから始めてみてください。ほんの少しでも興味があることを気軽に楽しんでみればいいのです。

 

仕事で家事が大変なら、もっと子どもたちに助けを求めればいいだけです。栄養が偏らないよう気をつけるのなら、食事もお弁当やスーパーの総菜で済ませてもかまいません。

 

手を抜けるところは、とことん手を抜いてください。食洗機やロボット掃除機を使ったっていいのです。いくらか時間が確保できて余裕が出てきたら、少しずつ改善していけばいいのです。それまでは迷ったら、自分がラクになるほうを選んでおけばいいでしょう。

 

正雄さんは父子家庭の悩みを軽減するため、気が向けば父子家庭の集まりに参加するのもいいでしょう。気負う必要はありません。居心地が悪ければ、行くのをやめればいいだけのことです。ハードルが高いと感じるのなら、SNSを活用してみるのもいいでしょう。同じ悩みをもつ人たちのツイートを読んでみるだけでも、いくらか気持ちがラクになるものです。共感できるツイートを見つけたら、「いいね」を押してみればいいでしょう。

 

難しく考える必要はありません。まずはちょっとしたことでもかまいませんので、自分にできそうなところから少しずつ、気負うことなくやってみればいいだけです。

 

<50代から「定年後の自分」を育てるヒント>

●父子家庭や離婚家庭であれば、進学やお金など家族の問題をひとりで抱え込もうとしない。子どもたちとなんでも正直に話し合い実情を共有するのが、好転への第一歩。

●うつ状態や強いストレスが続けば、定年前から健康に支障をきたしやすい。まずはちょっとした興味のあることでいいから、自分に合うと感じたことを気軽に続けてみる。

●将来、介護で子どもに迷惑をかけないためにも、自分の人生を生きるよう心がければ、「生きづらさ」が「生きやすさ」に変わり、ひいては健康にもつながる。

「立役者なのに、この扱い…」袖にされたエリート部長

【事例2】

中堅通信・情報会社で営業本部長を務める隆一(60歳)は、会社を大きく成長させたという自負があった。部下や取引先に信頼され、自分は企業ドラマの主人公のようだと密かに思っていた。退職の日が近づいてくると、感謝の気持ちを伝える部下や取引先が隆一の元に訪れない日はなかった。

 

ところが、定年して半月も経たないのに、隆一は会社員時代と定年後の生活のギャップに困惑した。地域とのつながりを持とうと考えたが、どういうつながりが持ちたいのか、わからなくなってしまった。やり手の営業部長だったので、望むようなつながりなんてすぐにつくれると思っていたが甘かった。時間を持て余していたので勤めていた会社に顔を出してみたが、早く帰ってもらいたいといった感じの対応を受け、足早に会社を後にした。

だれしも「定年を機に人間関係が無効化」という現実

出世した人でも、隆一さんのようなケースはめずらしくはありません。会社のために一生懸命がんばったのは間違いないでしょうが、上司だから部下が子分のように言うことを聞いてくれていたところもあるのです。取引先も隆一さんが会社の人間だから、相手にしてくれていたのです。

 

私の知人にも、「定年後も、たまには会社に顔を出してください」と部下から言われた人がいますが、会社を訪れることはありませんでした。これは知人がもうすぐ定年を迎える人に同じことを言って、定年後に会社に来られて困った経験があったからです。「いかに早く帰ってもらうか、そればかり考えながら対応したのを覚えていますから、定年後は絶対に会社には行かないと決めていました」と言っていました。

 

私が知っている製薬会社の人にも、広い人脈を持つ人がいました。出世もしていましたし、自分では人望があると信じて疑わなかったのでしょう。定年してから、仕事関係者を集めて旅行しようとしたのです。私も案内状を受け取りましたが、だれも来ないだろうと思いました。案の定、参加者は集まらなかったみたいです。

 

これも会社の人間だったから、集まってくれていただけなのです。会社のお金で接待をしてくれるから顔を出してくれたのです。これがわかっていない人は、少なくありません。「世話をしてやった」「こいつは感謝してくれている」と言う人も結構いますが、そんなことを思っているのは自分だけです。定年後は会社の人間関係が続くことはないと思っていたほうがいいでしょう。

 

実際、定年後も会社の人間と定期的に何年も会っている人なんていません。会社は閉ざされた空間に過ぎないのです。

定年後のつながりは、「50代の過ごし方」がカギ

会社は社会の一部と思っている人は多いでしょうが、本当にそうでしょうか。そう思ってしまうのも、地域での活動やつながりをつくるのに苦労している人が、めずらしくはないからです。

 

2018年に内閣府が行った「高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果」によると、「何らかの社会的な活動を行っていますか」という質問に対し、「特に活動はしていない」と答えた人は60.1%となっています。

 

この結果から、社会とのつながりを望むのであれば、50代の頃から動いておいたほうがいいといえるのではないでしょうか。会社員としての自分を客観視するのにもプラスに働くでしょう。定年後にどのような日々を送るのかについてのヒントにもなると思います。

 

隆一さんの場合、会社を大きく成長させた、部下や取引先にも信頼されていたといったプライドは捨てたほうがいいのです。会社員時代の自慢話なんてもってのほか、地域での活動やつながりをつくるのに邪魔になるだけです。

 

また、自分が仕切ってやろうと考えるのも、嫌われてしまうだけです。新たな人脈をつくるには、謙虚な気持ちで楽しむよう心がければいいのです。

 

<50代から「定年後の自分」を育てるヒント>

●定年を機に会社でのつながりはなくなるものと考え、そのまま社会とのつながりにもならない現実を知っておく。

●会社でのつながりと社会とのつながりを分けて考える。定年後の社会とのつながりは50代のうちに時間をかけて準備し、新たな自分を発見するつもりで謙虚に楽しめばいい。

 

 

高田 明和
浜松医科大学 名誉教授

 

浜松医科大学 名誉教授

1935年静岡県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院修了。医学博士。米国ロズエル・パーク記念研究所、ニューヨーク州立大学助教授、浜松医科大学教授を歴任後、現在同大学名誉教授。

専門は血液学、生理学、大脳生理学。日本生理学会、日本血液学会、日本臨床血液学会評議員。

脳科学、心の病、栄養学、禅などに関するベストセラーを含む著書多数。最近はマスコミ・講演で心と体の健康に関する幅広い啓蒙活動を行っている。

自身もうつやHSP(超敏感気質)に長年苦しみ、HSPを扱い紹介した『敏感すぎて困っている自分の対処法』(監修、きこ書房)は日本での火付け役となり、話題を呼んだ。

最近の著書に『「敏感すぎて苦しい」がたちまち解決する本』『HSPとうつ 自己肯定感を取り戻す方法』『HSPと発達障害 空気が読めない人 空気を読みすぎる人』(いずれも廣済堂出版)がある。

著者紹介

連載孤独、引きこもり、うつ…定年後、男性を襲う様々な「危機」から人生を守るヒント

定年を病にしない

定年を病にしない

高田 明和

ウェッジ

すべては50代でのマインドセット次第! 定年後の男性を待ち受ける悩みは様々です。「意欲がわかない」「出不精になる」「自分を責める」「暴言を吐く」「焦燥感にかられる」「居場所がなく孤独を感じる」「人付き合いがうま…

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