本連載は、司法書士・河合保弘氏の著書、『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』(日本法令)の中から一部を抜粋し、種類株式や民事信託などを活用した具体的な事業承継対策について、様々な実例を用いて解説していきます。

大きな経営リスクとなり得る「株式の相続」の失敗

中小企業の事業承継の局面において、多くの場合にオーナー株主である前経営者が所有する自らの会社の株式、いわゆる「自社株式」の承継方法が問題となります。

 

我が国の経営者は、まさに全身全霊を尽くして自らの会社の維持発展に努める傾向があり、アメリカの経営者のように会社の利益の大半を高額の役員報酬として自己の財産とすることを潔しとしない思考を持つばかりか、逆に会社が危機に陥った際には個人財産を会社に注ぎ込むことを厭わないという性質を持っています。

 

 

その結果、中小企業経営者の個人財産の中で、いわゆる自社株式が占める割合が相当高くなっており、これは我が国の中小企業経営者の美風であり、その結果として世界に類を見ない程に中小企業が発展できる社会になったとも言えるのですが、こと事業承継の局面に至った際には、この傾向は極めて厄介な問題となって現れてきてしまうのです。

 

また、我が国の税制においては、現実には売却が困難である中小企業の自社株式に対しても、直ちに換金可能な上場企業の株式と大きく変わらない高い評価額が付けられてしまい、株式を相続した後継者が相続税の納税資金に不足をきたすことも少なくありません。

 

さらに我が国の現行民法においては相続人の権利が極めて強く、例えば親の意向を受けて会社を継ぐ者と、全く親の意向を聴き入れずに勝手に暮らしている者とが、基本的には同じ割合の相続権を持ち、かつ遺言で特定の者に相続させようとしても、遺留分減殺請求という世界的にも類を見ないような異様に強い権利が発生してしまうという、非常に不合理で納得感のない制度となっています。

 

こういったことから、中小企業のオーナー経営者が相当に事前の準備をしていない限り、相続の際に本来は株式を取得すべき後継者ではない相続人に対しても、一定割合の株式を相続させざるを得ないケースが発生してくるのです。

 

そして、後継者以外の者が取得した株式に議決権があれば経営に口を出してくることも考えられますし、仮に当面は問題なかったとしても将来はその者の相続によってさらに遠い親族の間に株式が分散し、やがては収拾の付かない事態に陥ってしまうことが予想されます。

 

そういったことから、株式の相続の失敗は中小企業経営にとって将来に向けての大きな経営リスクとなる可能性が高いと言えるのです。

議決権制限株式、配当優先株式でリスクマネジメントを

前記のように、後継者とならない相続人に対して、単純に議決権のある普通株式を相続させることは、極めてリスクの高い行為ですが、かと言って相続財産の大半が自社株式であった場合には、一定割合の株式を後継者以外の者にも相続させなければ、遺留分減殺請求が行われて、親族間の関係が悪化してしまうリスクがあることも現実でしょう。

 

そういった際に活用できるのが、「議決権制限株式」と「配当優先株式」なのです。

 

現在の制度では、全く議決権のない種類株式を設定することができますので、例えば後継者以外の相続人には「完全無議決権株式」を相続させるという方法が考えられます。

 

しかしそれだけでは、会社を継がない相続人が不満を持ち、場合によっては後継者に対して余計な口出しをしてくる可能性も否定できませんので、多くの場合には同時に配当優先株式として、会社に利益が出た場合には後継者が持つ普通株式より優先的に配当を受けられる仕組みを作って、会社の発展が後継者・非後継者の双方にとってメリットを得られることであると示すことで、親族間の紛争を予防するという方法を採用します。

 

 

ただ将来、非後継者も死亡して相続となった場合、そのまま種類株式も相続され分散していくことになりますので、それへの対策は別途に講じなければならず、それには他の種類株式や民事信託の活用が必要なのですが、とにかく当面の対策として議決権制限株式と配当優先株式を活用する方法があります。

 

この事例について、次回以降くわしく紹介していきます。

本連載は、2015年3月30日刊行の書籍『種類株式&民事信託を活用した戦略的事業承継の実践と手法』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

種類株式&民事信託を活用した 戦略的事業承継の実践と手法

河合 保弘

日本法令

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