「もうあなたは終わりです」みたいな?…若年性認知症の告白

認知症の初期症状としてよくいわれるのは、「何度も同じことを言ったり聞いたりする」「ものの名前が出てこない」「以前はあった関心や興味が失われる」「置き忘れやしまい忘れが多くなる」などです。医師からはじめて「認知症」と告げられたとき、本人は何を思い、何を感じたのでしょうか。本記事では、書籍『認知症の語り 本人と家族による200のエピソード』(日本看護協会出版会)より一部を抜粋し、実際の声を赤裸々に紹介していきます。※「医師×お金」の総特集。GGO For Doctorはコチラ

60で若年性っていえるのかなーなんて

60歳(診断時58歳)の男性・Aさんの語り:2010年4月】

 

──若年性アルツハイマーって診断されて、どんなお気持ちになりましたか?

何だかよくわかんなかった。「若年性」っていったって、60代だぜって(笑)。

 

「若年性アルツハイマーって、どういう意味ですか」って聞いたら、もの忘れが激しいって。激しいって、そんなに俺、激しいかな、と思ったんですけど。そんなにもの忘れが多いとなると、仕事できねえですもんね。

 

俺、病気の名前聞いてから、細かいことでも文字で書くようにしましたよ。「何月何日、ナントカだろう」というふうに。まあ、それはいいことだと思うんですけど。

 

……何となくね、どっかで、その病気を背負っているっていうのがね、頭ん中に残ってるんだよ。だから、自信なくなっちゃうときがあるんですよね。

 

自分では「こうあるべきだ」とか、「こうしなくちゃいけない」と思っていながらも、「これでいいのかな」とか、やっちゃった後で、「まずかったかな」とか。

 

それもちょっとストレスになるんですけどね(笑)。やりたいことやるのが一番いいじゃないですか。

 

やっぱり、くよくよするのが一番ダメですね(笑)。俺は正直いって、いい加減ですから。いい加減な真面目さなんですよ、うん。ほんとにいい加減だとダメだけど。

 

【インタビューはこちら】

 

・Aさんのプロフィール(2012年7月時点)

 

共働きの妻と、息子2人の4人暮らし。

 

大手小売業の販売促進業務をしていた58歳の頃、会社の同僚から物忘れを指摘され、受診する。本人に自覚症状はなかった。

 

最初の市立病院では「中等度の若年性アルツハイマー型認知症」、大学病院の専門外来では「軽度」と診断される。その後、配置転換で作業的な仕事に異動し、定年まで勤め上げた。

 

インタビュー時は、市立病院と大学病院に通院中だった。週1~2回、家族会で事務仕事を手伝う。

誰が私を普通の人間って思ってくれるだろう

【52歳(診断時50歳)の女性・Bさんの語り:2014年11月】

 

最初に(リバスタッチパッチ*を)貼ったときは、認知症っていう焼印を押されたような感じがしました。誰にも見られたくないなって。

 

別に私は、認知症に対して何の偏見ももっていないと自分では思っていたんですけれども、やはり、認知症っていう言葉は、非常に重たいですね。結局、誤解されているからなんですけれども。

 

……その言葉、うーん、何て言うんですかね、「もうあなたは終わりです」みたいな、そういう感じがすごくありましたね。

 

自分は認知症なんだと思ったときに、どんどん進行するしかないんだって。どんどんどんどん何もできなくなっていくんだ。で、訳がわからなくなって、家族を苦しめるんだ。そして寝たきりになって死ぬんだ、っていう、それを乗り越える?  受け入れる?  ま、何と説明したらいいか、わからないんですけれども。

 

薬は効いて体調はよくなったんですけれども、誰にも話せないと思いましたね。「私は、認知症です。私は幻視を見ます」って言って、誰がそれを理解してくれるだろう。誰が私を普通の人間って思ってくれるだろう、っていうことは、すごく思いました。

 

誰が私を普通の人間って思ってくれるだろう…
どんどんどんどん何もできなくなっていくんだ、という恐怖

 

 *リバスタッチパッチ:抗認知症薬

 

【インタビュー映像はこちら】

  

・Bさんのプロフィール(2014年11月時点)

 

夫と子供2人の4人家族。

 

41歳の頃、不眠で精神科を受診しうつ病と診断され、約6年間抗うつ薬を服薬した。

 

50歳で自律神経症状や幻視から心筋シンチグラフィ等の検査を受けたが診断はつかなかった。8カ月後、体調が悪化し再診を受け、レビー小体型認知症と診断され、抗認知症薬による治療が始まる。インタビュー時、多くの症状が改善していた。

若年性認知症と診断された人の気持ち

若年性認知症と告げられたとき、その病気自体が何だかわからなかったり、自分や家族のこともわからなくなるなら死んだほうがマシだと考えたり、診断が間違っている、と思ったという人がいます。

 

また、「認知症っていう言葉は非常に重たい。『もうあなたは終わりです』みたいな感じがした」という人も多くいます。

 

受ける衝撃の度合いは、診断を受けた年齢や経緯、就労状況、認知症に関する情報量、アルツハイマーか、レビー小体型認知症かといった認知症の種類によっても異なるようです。

 

どのような場合においても、診断の際には、精神的なサポートが受けられるような仕組みが必要といえるでしょう。

 

 

認定NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン

 

【記事をもっと読む】

健康と病いの語り ディペックス・ジャパン(通称:ディペックス・ジャパン)は、英国オックスフォード大学で作られているDIPEx(Database of Individual Patient Experiences) をモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指す。理事長は別府 宏圀氏(写真)。

著者紹介

連載『認知症の語り』本人と家族による200のエピソード

認知症の語り 本人と家族による200のエピソード

認知症の語り 本人と家族による200のエピソード

編集:認定NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン

日本看護協会出版会

認知症本人と家族の声を集めたウェブサイト「認知症本人と家族介護者の語り」の書籍版。 本人や家族の生の声から、「病気」としての認知症ではなく、病いとともに生きる「経験」としての認知症について知ることができます。…

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

登録していただいた方の中から
毎日抽選で1名様に人気書籍をプレゼント!
会員向けセミナーの一覧