何か気持ち悪いな…幻視で「中年の女性が座っている」のを見た

認知症の初期症状としてよくいわれるのは、「何度も同じことを言ったり聞いたりする」「ものの名前が出てこない」「以前はあった関心や興味が失われる」「置き忘れやしまい忘れが多くなる」などです。異変に気付き、初めて病院にかかったとき、本人や家族は一体何を感じていたのでしょうか。本記事では、書籍『認知症の語り 本人と家族による200のエピソード』(日本看護協会出版会)より一部を抜粋し、実際の声を赤裸々に紹介していきます。※「医師×お金」の総特集。GGO For Doctorはコチラ

「何か気持ち悪いな」と思っていましたけれども

52歳(診断時50歳)女性・Aさんの語り:2014年11月】

 

十数年前から体調が時々不安定になりまして、倦怠感とか疲れやすいとか、頭痛とか、どこかここか何か変だなっていうのが続いていました。

 

その頃に幻視もありまして、いつも同じ車なんですが、駐車場に置かれた車の助手席に、中年の女性が座っているのを時々見ました。繰り返し繰り返し同じ車に同じような人が見えたので、「何か気持ち悪いな」と自分では思っていましたけれども、あまり気にしていませんでした。

 

あるとき、ま、仕事も忙しかったですし、色々なストレスがあって、急に眠れなくなりました。自分の感覚では、もう、ほとんど一睡もできないという感じで何日か経ちましたので、睡眠薬をもらおうと思いまして、市立の総合病院の精神科に行ってお話ししました。

 

最初は抗不安薬を出されまして、1週間飲んだんですが、何も改善しないということで、うつ病と診断されました。その頃は、眠っていないのでもうろうとしているというのもあるかもしれませんけれども、駐車場に停めた車がどこにあるか、まったくわからなくなってしまって、自分では広くて探せないので、お店の人に頼んで探してもらうとか。

 

あと、銀行のATMで、カードを置き忘れて帰ってくるということがありました。それから、車をよく擦りまして、1年に何回もだったと思うんですけども、特に駐車場で出たり入ったりするときに、隣の車に、こう、が、が、が、がーと擦るというようなことを繰り返ししました。自分でも、「え、どうしたんだろ」と思っていましたけれども、うつ病と診断される前後にそういうことが重なってありました。


で、うつ病と診断した主治医に、「私は認知症だと思います」って言ったんですね。「認知症の検査をしてください」とお願いしました。そうしましたら、主治医は「いや、うつ病になると、そういうことは起こります。色々と注意が回らなくなって、そういうことが起きますので、あなたは認知症じゃありません」って。

 

認知症じゃありません
自覚症状があるのに、認知症だと診断してもらえない…

 

【インタビュー映像はこちら】

 

・Aさんのプロフィール(2014年11月時点)

 

夫と子供2人の4人家族。2003年頃、不眠で精神科を受診しうつ病と診断され、約6年間抗うつ薬を服薬した。

 

2012年に自律神経症状や幻視から心筋シンチグラフィ等の検査を受けたが診断はつかず、8カ月後、体調が悪化し再診を受け、レビー小体型認知症と診断され抗認知症薬による治療が始まる。現在は多くの症状が改善している。

市立病院だと、家族の気持ちを聞く余裕がないんですよ

【50歳(診断時48歳・夫58歳)の夫を介護する女性・Bさんの語り:2010年4月】

 

心療内科のある市立病院に行って、MRIとか脳波とかの検査をして、若年性アルツハイマーだと言われました。海馬(脳の大脳辺縁系の一部で、短期・中期記憶に関係する)の萎縮が見られるって。

 

そのときは、「中期ぐらいです」って言われたんですが、私たちも受け止めることができなくって。「うそだろう」というところもあり、若年性アルツハイマー専門の外来があることを友だちから聞いて、そこでセカンドオピニオン的な形で診ていただいたら、「初期」って言われました。


長谷川式っていう筆記のテストの点数が、テストをしたのは2か月しか違わないのに、結果が全然違っていて、市立病院では16点だったんですが、専門外来では23点だったんですよ。

 

市立病院は先生が外来の患者を診るお部屋の中の、ワサワサした環境の中で、時計とか見せながらやっていたんですけど、専門外来ではちゃんとしたお部屋があって、こぎれいでゆっくりした環境の中でやらしてもらえるんです。だからそういう環境の違いで、病院の診断も違うんだなって、すごくわかりました。


市立病院だと、家族の気持ちを聞く余裕がないんですよ。問診して、お薬をくれるだけでいっぱいいっぱい。専門外来では最初は20分ぐらい話を聞いてくれる。なので、今は2つの病院を使い分けています。

 

【インタビュー映像はこちら】

 

・Bさんのプロフィール(2010年4月時点)

 

2008年に夫が若年性アルツハイマー型認知症と診断を受けた。夫婦・息子2人の4人暮らし。フルタイムで仕事をしている介護者は生活の中に様々な工夫を取り入れて、夫が日中、自宅で過ごせるようにしている。

 

また、診断後、若年認知症家族会に連絡をとり、情報や精神的支援を受けてきた。夫は家族会のボランティアに参加(週1~2回)し、働く場があることを喜んでいる。

別の病気だと思って受診してみたら…

「何かこれまでと違う」と本人や家族が気づき始めてから、病院で認知症の診断を受けるまでの期間は様々です。

 

最初から認知症を疑い、脳神経外科や認知症専門医を受診した人もいますが、うつのような症状が出て、精神科や心療内科でうつ病の診断を受けたものの、しばらくしてもよくならず、おかしいと思って別の病院を受診し、認知症という診断を受けた人もいます。

 

また、診断後はその病院にそのまま通院する人もいますが、診断を受け止められずに、認知症専門外来にセカンドオピニオンを求める人もいます。近所の病院に移る人、複数の医療機関を使い分けている人など、その人の事情により様々です。

 

診断後に通院先を変えた理由としては、通院に便利というほかに、治療内容や医師との相性をあげた人もいます。

 

 

認定NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン

 

 

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健康と病いの語り ディペックス・ジャパン(通称:ディペックス・ジャパン)は、英国オックスフォード大学で作られているDIPEx(Database of Individual Patient Experiences) をモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指す。理事長は別府 宏圀氏(写真)。

著者紹介

連載『認知症の語り』本人と家族による200のエピソード

認知症の語り 本人と家族による200のエピソード

認知症の語り 本人と家族による200のエピソード

編集:認定NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン

日本看護協会出版会

認知症本人と家族の声を集めたウェブサイト「認知症本人と家族介護者の語り」の書籍版。 本人や家族の生の声から、「病気」としての認知症ではなく、病いとともに生きる「経験」としての認知症について知ることができます。…

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