弟ばかりえこひいき。父の相続でも明らかな差が…
今回ご紹介するAさんは、ある地方の出身。2人姉弟で、姉とは8歳差。子どものころは、共働きの両親に代わり、姉がよく面倒をみてくれました。そんな姉を、Aさんも慕っていました。
しかしAさんが成長するにしたがって、段々とその関係性に変化が生じてきました。Aさんの出身の地方では、家を継ぐのは長男、という家制度の意識がまだまだ根強く残っており、両親も男子の誕生を強く願っていたそうです。成長するにつれ両親は「Aは長男だから」と口癖のようにいうようになりました。
そんな両親に対して、姉は不快感を覚えるようになりました。
「姉の立場になったら、確かに面白くないですよね。事あるごとに『あの子は長男だから』といわれたら、『わたしは生まれなくてもよかったの?』となりますよね」
Aさんは、姉が高校生だったとき、両親に声を荒らげるのを聞いたことがあるそうです。
「なによ、何かあれば『Aが』『Aが』って。なんでAばかり贔屓するのよ!」
このとき、Aさんはまだ小学校低学年。姉が何をそんなに怒っているのかはわからなかったけれど、怒りの原因が自分だということはわかりました。このときから、姉に対してどこか引け目を感じるようになったそうです。
しかし周囲の家制度の意識はどうすることもできません。姉の気持ちは知りつつ、Aさんは両親の期待に応え続けます。両親が一流大学への進学を期待するので、それに応えました。地元の有名企業への就職を進められたので、それに応えました。両親と実家で同居してくれるような結婚を期待されたので、それに応えられるような相手を探しました。
「そんなわたしに、姉が冷たい視線を向けているのを知っています。姉にとっては、いつになってもおもしろくない弟だったんでしょうね」
さらに姉にとっておもしろくないことが起きました。父が亡くなったときのことです。父は遺言書を残していました。その内容は、実家はAさんに相続する……残された母とAさん家族が住む家です。ここまではよかったのですが、預貯金でAさんと姉で大きな差があったのです。
「預貯金が7,000万円ほどあったのですが、わたしに6,000万円、姉に1,000万円という配分でした。母の面倒をみるかわりに、わたしに多く残すという内容だったんですが……。不公平だと感じたでしょうね」
遺言書の内容を確認したとき、姉が一瞬険しい顔になったことを、Aさんは知っています。しかし見なかったことにしました。姉が「この遺言書の通りでいいわよ」といったからでした。しかし、ここで不公平感をどうにかしていたら、あんなことは起こらなかったのに……そうAさんは後悔しています。
認知症の疑いの母が、姉の家に行ったきり…
父が亡くなって、3年ほど経ったころ。ちょうどそのころ、母に認知症の疑いが出ていました。きちんと病院で診てもらわないと……。姉にもいっておかないと、とAさんは久々に連絡をとりました。
Aさん「姉さん、実はお母さんが最近物忘れとか、思い込みとか激しくなってきて……認知症かなと思うんだ。こんど病院にいくことにした」
姉「そうなの……病院にいくのはいつ?」
Aさん「今度の金曜日。会社、休みが取れたから」
姉「そう、わかったわ」
母を病院に連れて行くという前の日。Aさんが会社から帰ると、そこには母がいませんでした。Aさんの妻に聞くと、姉が訪ねてきて、母を外に連れ出してそのままだといいます。胸騒ぎがして、すぐに姉に電話をしました。
姉「どうしたの?」
Aさん「お母さん、どうしたの?」
姉「ここ(=姉の家)にいるわよ」
Aさん「どういうこと?」
姉「お母さん、帰りたくないというのよ」
Aさん「はぁ、どういうこと?」
姉「Cさん(=Aさんの妻)にいじめられるからって」
Aさん「そんなことこと……」
姉「とにかく、今日は家に泊めるわね」
そういって、姉は電話を切りました。その日以降も、いつまで経っても姉は帰ってきません。
Aさん「ちょっとお母さんを出してよ」
姉「わたしは別にいいんだけど、出たくないとお母さんがいうのよ」
Aさん「お母さんは、認知症で……」
姉「わたしは認知症じゃないって、怒っているわよ、お母さん」
Aさん「とにかく、今度、迎えに行くから」
姉「そういう態度が、ダメなんじゃない?」
何度か、姉の家まで行きましたが、Aさんは母に会うことはできませんでした。何でそのようなことになっているのか、姉が何を考えているのか、その時はわからなかったといいますが、このあと、姉の企みを知ります。
ある日、姉がAさんのもとを訪れました。そして、1通の書類を差し出しました。
Aさん「なにこれ?」
姉「この前、お母さんが遺言書をつくるって。そのコピーを持ってきたわ。あとで揉めたくないから」
Aさん「はあ?」
そこに書かれていたのは、自分の遺産はすべて姉に相続する、という内容でした。
Aさん「何だよ、これ!?」
姉「何って、お母さんが作った遺言書のコピーよ」
Aさん「騙したんだろ! 認知症気味なのをいいことに!」
姉「騙していないし、お母さん、認知症じゃないし。それにきちんとお母さんが書いた証拠だってあるのよ」
Aさん「証拠?」
姉「お母さんが遺言書を書いているところ、動画に録ってあるから」
その動画を見せてもらったAさん。そこには確かに姉と母が映っていましたが、編集されていて、どこか不自然さが残るものだったそうです。その遺言書が本当に母が書いたかは別として、どうにか母を連れ戻せないか、Aさんは思案しています。
相続対策よりも認知症対策の重要度が高い
現在、どれくらいの人が、認知症(もしくはその疑いがある)か、知っていますか? 厚生労働省のデータによれば、なんと65歳以上の28%は、すでに認知症であるかその疑いがあるといわれています。人の死は必ず訪れますが、認知症になる確率も無視することはできません。相続対策よりも、認知症対策のほうが緊急度、重要度が高い、ともいえます。
トラブルにならないように、「公正証書遺言」を残すという手があります。公正証書遺言は、法的な効力が弱い「自筆証書遺言」に比べて法的効力が強いものです。
でも認知症だったら、遺言書なんて残せないでしょ、と多くの人が思っているでしょうが、そうではありません。認知症を患ったとしても初期段階では判断能力がないとはいいきれず、また新こしていても、常に判断能力が低い状態であるとは限りません。2名の医師から判断能力有という診断書をもらい、公証人に提出すれば、公正証書遺言の作成が可能になることがあります。
ところが公正証書遺言を残したからといって、100%安心かといえばそうでもありません。裁判で公正証書遺言の有効性が争われ、無効になったような判例もあります。完璧な遺言を残すには、「意思決定能力がある」という診断書を、遺言書を残す前後1ヵ月にそれぞれもらい、遺言書と一緒に添えるのが、効果的な方法だといえます。
ただ事例のトラブルでは、一次相続時の不公平感が最も大きな原因といえそうです。遺言書を残す側は、どうしたら円満な相続が実現するか、じっくりと考えることが大切です。