海外活用 中国
連載西村あさひ法律事務所 ニューズレター【第7回】

新型コロナウイルスの感染症流行から順次生じる「五つの論点」

隔離措置→労使関係・家賃減免→不可抗力→撤退等

新型コロナウイルス中国

新型コロナウイルスの感染症流行から順次生じる「五つの論点」

本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『中国ニューズレター(2020/3/19号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

 

※本記事は、2020年3月16日時点の情報に基づいて執筆しております。

変化しつつある、日中ビジネス「法務面の関心事項」

新型コロナウイルスの感染症の流行(本稿において「本件感染症事案」といいます)に鑑み、急きょ中国ニューズレター2020年2月19日号「新型コロナウイルスに関する法務問題Q&A」※1(以下「前回ニューズレター」といいます)を配信してから約1ヵ月が経ちましたが、未だその猛威が衰えることはなく、中国のみならず日本、韓国、イタリア、イラン、更に欧米各国にまで感染の範囲が広がっております。

 

本件感染症事案の影響が広がる中、日中のビジネスにおける法務面からの関心事項も変化しつつあります。過去のSARSや金融危機といった突発性事件の経験から予想すると、次のように推移すると思われます。

 

まずは、中国と日本との人の往来に直接的な影響をもたらす入国制限や入国者への隔離措置(後述一を参照)の動向や、中国における都市封鎖や隔離措置への対応(前回ニューズレター参照)が焦点となることは間違いないでしょう。

 

次に、会社の業務の停止や縮小、事業所の閉鎖に伴う問題として、各種の労働問題(後述二及び前回ニューズレターを参照)、家賃の問題(後述三を参照)が、早急に処理すべき問題として中国現地法人から提起されることになります。

 

それから、取引相手との契約の履行が困難になることから、その対応・調整のために、事情変更・不可抗力による申入れが相手方からなされる(又はこちらからしていく)ことが想定されます(後述四を参照)。

 

さらには、売上の急激な減少の結果、資金等の事業コストに堪えられないために、事業規模の縮小・リストラクチャリングや現地法人の撤退を検討する(後述五を参照)ケースも少なからず出てくることが予想されます。その一方では、こうした企業をM&Aで取得する等の事業再編の動きも活発化すると思われます。

 

そして、中長期的な経済状況の回復とともに、本件感染症事案の中で重要性が再認識された、オンライン教育や各種インターネットサービスに関する新規事業や投資が活発に行われることも予想されます。本稿では、本件感染症による影響のもと上記のように推移すると思われる、中国ビジネスの法務に関連する情報をご紹介します※2

 

※1. 野村高志、東城聡「新型コロナウイルスに関する法務問題 Q&A-労務問題、取引契約(不可抗力)、業務運営、優遇・支援策-」(西村あさひ法律事務所 中国ニューズレター2020年2月19日号)

 

※2. 日本法に関する関連問題については、森田多恵子「新型コロナウィルス感染症の拡大と企業法務における留意事項」(西村あさひ法律事務所 企業法務ニューズレター2020年3月3日号)をご参照ください。

 

感染症による影響下、中国ビジネスの法務はどのように変化するのか
感染症による影響下、中国ビジネスの法務はどのように変化するのか

一. 隔離措置等について

中国と日本において、入国しようとする者に取られる措置を整理しました。

 

[表1]中国と日本に入国しようとする者に取られる措置の概要

 

※3. 執筆確認時点で、上海市、北京市、浙江省、広東省、福建省、天津市、河北省、江西省及び雲南省並びに江蘇省一部都市(南京市、蘇州市、無錫市、南通市等)、山東省威海市、吉林省延辺市自治州、陜西省西安市、四川省成都市、河南省鄭州市等地域。なお、一部の地域(例えば雲南省、福建省、威海市等)は当該外国人が住居を有するか否かを問わず、全て集中隔離を実施。参考(https://www.cn.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000384.html、https://www.shanghai.cn.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/00_001008_00001.html#b)。北京市では無症状者も原則集中隔離を実施する等の報道もあり、隔離の状況は時間と場所によって刻々と変化しています。必要に応じて随時確認ください。

 

※4. 以前は、滞在日数が15日以内であれば査証を免除するという措置が取られていました。しかし3月9日以降、旅行・友人訪問・トランジットの目的では査証無しでは入国できない旨が中国外交部から日本大使館に通知されました。日本人のビジネス及び親族訪問目的の中国訪問については、引き続き査証免除が適用されますが、当事者が入国する際には、中国国内の招待側が7日以内に発行した書類の原本を提示する必要があります。当該書類には、当事者の氏名、中国国内の連絡先及び連絡方法が含まれていなければなりません(参照:https://www.cn.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000200.html)。

 

※5. この他マルチビザの発行は暫定停止されて、シングルビザのみ発行する実務対応がされているとの査証取得代理会社からの情報があります。

 

※6. その他の通常の査証の発行も非常に審査に時間がかかっている状況です(https://www.cn.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000208.html)。

 

1. 中国における隔離措置

 

中国では、2020年1月末に全ての省及び直轄市において、本件感染症を「伝染病防治法」※7の乙類伝染病とし、当該感染症事案を「突発事件対応法」※8、「突発公共衛生事件応急条例」※9及び「国家突発公共衛生事件応急対応案」※10に基づくI級「特別重大突発公共衛生事件」※11として対応し、I級応急対応※12を実施してきました。

 

上述の伝染病防治関係及び突発公共性事件関係の法律法規(以下「本件感染症対応関連法規」といいます)に基づく各種の措置は、現地からの情報によると非常に厳格に執行されています。地域毎に、人の移動について、移動の禁止、移動の回数制限、本件感染症が疑われる場合に必要な隔離等の措置(以下「本件隔離等の措置」といいます)が実施され、更に居住区域やオフィスビル毎に具体的な実施方法が定められ実行されています。

 

特に日本人の耳目を引いたのは、2020年3月3日に北京市、上海市、翌日広東省で公表された一部の地区からの入国外国人への隔離措置※13でしょう。日本、韓国、イタリア、イラン等の国からこれら地方自治体を訪れた外国人について、住居がある者は住居での自宅待機、それ以外の者は地方政府の準備した隔離施設(郊外のホテル等)において14日間の隔離が行われることになりました。根拠については、国内の湖北省等の地区からの移動者と類似の対応ですので、上述の本件感染症対応関連法規に基づく本件隔離等の措置が根拠と解されます※14

 

※7. 2013年6月29日改正

 

※8. 2011年1月8日改正

 

※9. 2003年施行、2011年1月8日改正

 

※10. 2006年2月6日施行

 

※11. 突発公共衛生事件は、性質・危険性・発生範囲等に基づき、特別重大突発公共衛生事件(I級)、重大突発公共衛生事件(II級)、較大突発公共衛生事件(III級)及び一般突発公共衛生事件(IV級)の四つのレベルに分類されます。

 

※12. 特別重大公共突発衛生事件が発生した場合には、地方政府は国務院の決定及び指導に従い、本行政地域内において応急対応案を施行して、具体的な応急対応措置を取ることになります。ただし、各地の本件感染症感染人数の減少に伴って、多くの省において上述の突発公共衛生事件応急対応レベルが下げられています。これは本件感染症に関する一部の応急対応措置を解除し、移動制限や隔離措置を緩和して経済活動・市民生活を元に戻す目的と思われます。

 

※13. 注3記載の通り、現在は多くの地方政府で実施されています。

 

※14. この他、国境衛生検疫法実施細則(2019年3月改正)にも、留まらせて検査を行い、症状が出れば隔離できる旨が定められています。

 

2. 日本における隔離措置

 

一方日本は2020年2月4日になって「14日以内に湖北省滞在歴がある外国人」、「湖北省発行の中国旅券を所持する外国人」について入国を認めない対応をしました※15。この法律根拠は、出入国管理及び難民認定法※16第5条第14号の「日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由」があるという処理です。

 

特定の場所の滞在歴又はパスポートを有することが、国の利益又は公安を害するとするのは、文言解釈上から当然とはいえないため、その適用に関しては批判もありました。

 

更に約1ヵ月後の3月5日には、日本政府から「検疫所長が指定する場所で2週間待機し、国内において公共交通機関を使用しないこと」が要請されました※17。検疫法※18では、「検疫感染症」に感染したおそれのある者を一定期間、指定病院等に停留させる規定がありますが、「要請」という文言から、一部報道※19にあるように行政指導である可能性があります。

 

以上の通り、日中間で取られた措置の違いの背景には、その法的根拠の差違もあるように見受けられます。

 

※15. 現在は韓国、イタリア及びイランの一部地域等対象が拡大されつつあります。

 

※16. 昭和26年10月4日政令第319号

 

※17. 2020年3月9日運用開始

 

※18. 昭和26年6月6日法律第201号

 

※19. 朝日新聞2020年3月6日朝刊第1面

二. 既存の又は新たな労働制度による労使間の負担調整

本稿執筆時点では、中国では湖北省を除いて多くの地域で会社等の営業が再開されつつあります。ただし、春節の休暇が2020年2月2日まで延期され、更に多くの都市では、2月9日まで会社の営業再開が禁止されました。その期間については、会社は通常の営業日と同様に給料を支払うことが必要とされています※20。更にその後も再開できない場合には、前回ニューズレター1.「労務問題」のQ3でお伝えしたように、1ヵ月を超えた部分については停工停産(業務・生産の停止)を検討することが考えられます。

 

しかし、一応は再開が可能か又は再開したとしても、飲食業等一般消費者向けサービス業の多くでは、完全な業務の再開や従業員の復帰が困難な会社も多いと思われます。そうした業種においては、従前通りに賃金を支払うことは困難であり、また従業員も就業先を失うよりは雇用の継続を前提とした柔軟な取り扱いに対して積極的に合意するケースも多く見られます。

 

以下では実際に実施されている対応方法を2つほどご紹介します。

 

※20. 人力資源社会保障部、財政部、国家衛生健康委員会「新型コロナウイルス感染肺炎流行状況の防止対処期間における労働関係問題の適切な処理に関する通知」(人社庁発明電〔2020〕5号)

 

1. 特殊労働時間制(不定時労働制・総合時間労働制)の活用

 

本件感染症事案のもとで、在宅勤務、時短勤務等の社員が大量に生じたことから、その対応方法として、特殊労働時間制の活用が考えられます。

 

(1) 特殊労働時間制


不定時労働制及び総合時間労働制を指します。

 

[表2]中国の労働制の比較(標準時間労働制、不定時労働制及び総合時間労働制)

 

前者の「不定時労働制」は、時間外労働の割増賃金の規定の適用がない労働制です※28。ただし、都市によって法定休暇日(国慶節、旧正月等として法定された休日)は法定通り300%の残業代が必要になります※29。更に週1日は、休暇を取得させることが必要と解されています。なお、地方政府の人力資源社会保障局(以下「関連労働部門」といいます)の審査認可が必要となります※30

 

これは、日本の制度との比較でいえば、裁量労働制※31に近いといえます。しかし、その適用例が最も多くて問題となりやすい「管理者」について、日本では、労働時間についての時間規制の保護の範囲外としている点に注意が必要です。一方中国では、「高級管理者」を不定時労働制の適用が許される職位の1つとしています。したがって、総経理等の「高級管理者」についても、審査認可を得なければ、本来は残業に対して残業代を支払う必要があります。実務上大きな相違点ですのでご留意ください。

 

後者の「総合時間労働制」は、週、月、四半期、年等を周期として労働時間を総合的に計算する方法です。日本の変形労働制※32に対応する制度であり、両制度は非常に近似しています。

 

ただ、上記のいずれの場合でも、日本では原則として、就業規則に規定して届け出をすれば※33足りますが、中国では関連労働部門の審査認可が必要となります。この違いを意識せずに、特殊労働制を中国法人の就業規則で定めただけで運用をしている例も過去に散見されましたが、このような取り扱いは違法となり得ますのでご留意ください。

 

※21. 国有企業、政府機関は土日が祝日とされており、1日8時間週40時間との規制との関係で週休2日と就業規則で規定する企業が大半です。

 

※22. 後述の法定休日についての上海市の規定等の地方による若干の例外はあります。

 

※23.  (1)高級管理者の他、外勤・販売従事者、一部の当直勤務者及び業務による標準労働時間に基づく評価のできないその他従業員、(2)企業の長距離運送従事者、タクシー運転手、鉄道、港湾及び倉庫の一部の荷役従事者並びに業務の性質が特殊であることにより臨機応変な作業を要する従業員、(3)生産の特性、業務の特殊性による必要又は職責範囲の関係により、不定時労働制の実施に適したその他従業員

 

※24. 上海市において、原則として週40時間、毎週1日の休日を確保する旨の計画書を要求された実務例があります。

 

※25. 労働基準法(昭和22年4月7日法律第49号、平成30年改正)第38条の2

 

※26. 労働基準法第41条

 

※27. (1)交通、鉄道、郵便・電信、水運、航空、漁業等の業種のうち、業務の性質が特殊であることにより、継続的作業を必要とする従業員、(2)地質及び資源調査、建築、製塩、製糖、観光等、季節及び自然条件の制限を受ける業種の一部の従業員、(3)その他総合時間労働制の実施に適したその他従業員

 

※28. 例として、北京市賃金支払規定(2008年2月15日改正)第17条

 

※29. 例として、上海市企業賃金支払規定(2003年4月1日施行)第13条

 

※30. 企業の不定時労働制及び総合時間労働制実施に関する審査認可(労部発〔1994〕503号、1995年1月1日施行)

 

※31. 労働基準法第38条の2、第38条の4

 

※32. 労働基準法第32条の2、第32条の4、第32条の5に基づく制度

 

※33. 1年単位の変形労働時間制は労使協定が必要とされています。

 

(2) 特殊労働時間制の運用

 

これら特殊労働時間制を適用するためには、上述のように関連労働部門の審査認可が必要となります。この点、一部の地方政府は、本件感染症事案の広がりを受けて、審査認可に必要な日付を短くし、提出が必要な資料も少なくして、柔軟に当該制度を利用できるようにしています。例えば江蘇省蘇州市では、総合時間労働制の使用に関して、①審査認可の範囲を申請前の休日を使用して調整することを許しており、②提出資料の要件も緩やかにした上で、③審査認可の時間を20日から5日に短くしています。

 

このような規定が会社所在の地方にあれば、積極的に特殊労働時間制を使用した方が良いでしょう。もし明確な規定がないとしても、本件5号通知では、従業員と調整して、整理解雇等をできるだけ避けることを目指すように規定していることから、2月分を含めた過去まで遡った総合時間労働制の採用の可否等について、関連労働部門に確認してみることが考えられます。

 

2. 「従業員共有」という新概念

 

安徽省合肥市のある工業園区は、あるレストラン企業と協業の合意をしました。飲食産業は壊滅的な影響を受けており、レストランの従業員は業務の無い状況でした。一方、工業園区も地方から一部の従業員が交通の閉鎖等の影響で戻れず、労働力が足りていない状況でした。そこで、工業園区は、レストランから従業員の提供を受けて、冷蔵庫の生産ラインで組立業務を行わせました※34

 

これは一例で、報道によれば他にもレストランの従業員が「盒馬」に代表される生鮮品スーパーで業務をしたり、火鍋屋の店員が家電店系列の配達を行うといった例が中国において実施されている例※35が散見されます。

 

法律上は、こうした対応は、派遣業の資格もなく、従業員を第三者の業務に関して第三者の従業員と同じ労働をさせるわけですから、本来は違法な派遣業務であり許されないはずです。

 

しかし、人力資源社会保障部(日本でいう厚生労働省)等からの通知※36(以下「本件5号通知」といいます)においては、企業が本件感染症の影響を受けて経営に困難が生じた場合では、従業員と協議をして報酬を調整する、職位と休暇をローテーションで回しあう、時間短縮するといった方法で雇用を安定して、整理解雇を最小限にするべきとの規定があります※37

 

更に人力資源社会保障部は、業務再開の労働関係についてのFAQの中で、「上述のような「従業員共有」の動きが多く報道されているが、これについてどのように捉えるべきか」という質問に対して、人的リソースの配置の効率を一定程度高める方法であるとした上で、元の使用者は、給料・社会保険等の労働者の権益を保障しなければならず、企業間でも明確に合意書を締結するべきであり、「従業員共有」の名の下で違法な労務派遣をしてはならないと回答しています※38

 

報道は、これらの動きを「従業員共有」と称して、本件5号通知の精神といった概念的な理由付で概ね肯定的に報じています。行政又は司法においてもこうした行為を禁止又は制限するといった動きは今のところありません。

 

労働法の視点から注目されるのは、これはあくまで本件感染症事案に対応するために許容される便宜的な対応であるのか、それとも同様の状況であればある程度許容されるようになるのか、又は平時に戻っても同様の対応が許されるようになるのかという点です。今後の動向が注目されます。

 

※34. 中国新聞網2020年3月6日「合肥の「従業員共有」は企業の労働雇用の困難を解決する」(http://www.chinanews.com/cj/2020/03-06/9116384.shtml

 

※35. 中国経済網2020年3月3日「従業員共有は、便宜的な対応なのか、変革の開始なのか」(http://www.ce.cn/xwzx/shgj/gdxw/202003/03/t20200303_34380775.shtml

 

※36. 同上

 

※37. 同通知第二項

 

※38. 「業務再開生産中における労働雇用、労働関係、給料の待遇、社会保険費用の納付等の問題に、権威が回答!」(https://mp.weixin.qq.com/s/OHydqgafpxlKEuv9EBF2XA

三. 借主による家賃についての減免の交渉

今後の数ヵ月内に問題となるであろう争点として、二の労働関係の問題に加えて、オフィス・店舗の家賃負担が挙げられます。以下、大半の日系企業は借主の立場と考えられるため、かかる立場から家賃の減免交渉の指針について簡単にご紹介したいと思います。

 

[図1]家賃減免交渉の考え方の流れ

 

1. 利用できる政策があるか

 

前回ニューズレターでご紹介※39した通り、上海市、青島市、大連市の他、北京市※40、重慶市※41、天津市※42、四川省※43、広東省※44、安徽省※45等でこうした政策が出されています。その要件及び効果は地域によって異なりますが、おおむね不動産物件が国有資産(国有企業の保有)であり、借主が中小企業※46である場合に、2020年の2月から1~3ヵ月の家賃を免除するという政策がほとんどです。

 

※39. 前回ニューズレター4.Q2

 

※40. 北京市人民政府弁公庁「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況の影響に対処する中小企業の持続的健康発展促進に関する若干の措置」(北京市人民政府办公厅关于应对新型冠状病毒感染的肺炎疫情影响促进中小微企业持续健康发展的若干措施)

 

※41. 重慶市人民政府弁公庁「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況に対処する中小企業の難関突破を支援する二十条の政策措置に関する通知」(重庆市人民政府办公厅关于应对新型冠状病毒感染的肺炎疫情支持中小企业共渡难关二十条政策措施的通知)

 

※42. 天津市人民政府弁公庁「天津市が新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況の防止対処という戦場で勝利を勝ち取り、経済及び社会の持続的健康発展を更に促進する若干の措置の発布に関する通知」(天津市人民政府办公厅关于印发天津市打赢新型冠状病毒感染肺炎疫情防控阻击战进一步促进经济社会持续健康发展若干措施的通知)

 

※43. 四川省人民政府弁公庁「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況に対処する中小企業が抱える生産経営困難の緩和に関する政策措置」(四川省人民政府办公厅关于应对新型冠状病毒肺炎疫情缓解中小企业生产经营困难的政策措施)

 

※44. 広東省人民政府「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況に対処する企業の業務再開を支持する若干の政策措置の発布に関する通知」(广东省人民政府关于印发应对新型冠状病毒感染的肺炎疫情支持企业复工复产若干政策措施的通知)

 

※45. 安徽省「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況に対処する若干の政策措置」(安徽省发布应对新型冠状病毒肺炎疫情若干政策措施)

 

※46. 「中小企業区別標準規定の通知」(工信部聯企業(2011)300号、2011年6月18日)において、業界、従業員人数、売上高、資産総額といった要素を用いて、中小企業であるかに分けて、更に中小企業の中でも幾つかの類別に分けています。

 

2. 政策がない場合の減免についての主張(SARSの事例を参考に)

 

(1) 貸主に帰責事由がある場合

 

もし、国又は地方政府の決定ではなく、貸主側独自の判断や、その他貸主側の理由で物件の使用が禁止された場合には、借主としては、貸主の責めに帰すべき事由による契約不履行と主張して、物件が利用できなかったことによって生じた損害の賠償請求又は当該請求額と該当月の賃料との相殺を主張すること考えられます。

 

しかし、本件感染症下における感染等の拡大防止のために物件の使用を禁じることには、一定の合理性が認められると思われるため、これが貸主側の帰責事由による不履行と認められるのは、やや困難かもしれません。

 

(2) 不可抗力と事情変更

 

貸主側に帰責事由が無い場合には、本件感染病事案の発生という客観的な事由を原因として、賃料支払義務という契約の義務を履行しなくて良い理由とする必要があります。この点、上海市等幾つかの地域の人民法院が、意見※47を出しており、「感染事案の影響によって履行不能又は履行が当事者の検疫に大きな影響を生じる場合には、公平、誠実信用等の原則に基づいて、当事者間の約定、感染症事案の発展段階、感染症と履行不能又は履行困難との間の因果関係、及び感染症の影響の程度の要素を総合的に考慮して、①不可抗力又は②事情変更等の関連規定で事案を処理する」との方針を明らかにしています。

 

①「不可抗力」とは、前回ニューズレターでも触れた通り※48、契約法※49117条の定める「予見不能、回避不能かつ克服不能の客観的状況」による契約を履行できない場合に、責任を免除するという制度です。

 

②「事情変更」とは、契約法第5条の公平原則を根拠として、「契約成立後、客観的状況によって、当事者が、契約締結時に予見できず、不可抗力ではなく、ビジネスリスクにも属さないような重大な変化が発生し、契約を履行することが一方当事者にとって明らかに不公平で契約の目的を実現できない場合に、当事者が人民法院に契約の変更又は解除を申し立てたときには、人民法院は公平原則に基づいて、実際の案件の状況を踏まえて、変更又は解除するか決定する」という制度です(司法解釈※50第二十六条)。

 

※47. 例として2020年2月8日上海市高級人民法院「審判機能作用を十分に発揮し法律に基づいて感染病を防止対処するための司法の保障の提供に関する指導意見」第四項

 

※48. 前回ニューズレター2.Q1,Q2

 

※49. 国家主席令第15号、1999年10月1日施行

 

※50. 最高人民法院の「契約法」の正確な適用に関する若干の問題の解釈(二)(2009年4月27日施行、法〔2009〕第165号)

 

3. SARSの事例を参考とした今後の主張

 

類似する状況における家賃の支払の要否が争われた上海の事案※51について、上海市中級人民法院は、「SARS」に起因して地方政府が娯楽産業について2003年5月から8月まで営業を停止させたことは周知の事実であるとした一審判決を維持し、「公平原則」に基づいて、3ヵ月の賃料の控除を認めました。

 

同じく上海市中級人民法院は、原審が「不可抗力」の主張を認めて免除した賃料について、「SARS」は、法律で不可抗力と線引されているわけでなく、かつ、実際に営業停止される前の家賃も免除されるのはおかしいとして、原審の判断の一部を変更しました※52(事情を斟酌して営業停止期間分の減免は認めました)。

 

また、浙江省紹興市の事案※53について、同市の中級人民法院は、当地の文化主管部門の規定に基づいて「SARS」の期間営業を停止した場合には、借主がこの期間の家賃の免除を求めることは合理的であるとして、2ヵ月の賃金の控除を認めました。

 

他に山東省煙台市の事案※54について、同市の中級人民法院は、「SARS」は予見できない災害であったとして、ホテルの営業停止による経済損失は客観的に存在しているとして、「SARS」の期間の賃料の控除を「事情変更」の法理を適用して認めた一審の判決を維持しました。

 

これらは一例ですが、本件感染症事案が「SARS」よりも多くの患者及び死者を出していること、感染のエリアも大きく、各地方の営業停止や隔離の措置も、より重いことから、「SARS」の部分を本件感染症事案と入れ替えて判断しても違和感はないように感じます。こうした事例を参考に、公平原則、不可抗力又は事情変更に基づいた1~3ヵ月の減免を求める動きは、今後増えていくことが予想されます。

 

なお、「SARS」の時には、「事情変更」及び「不可抗力」の適用について、各地の高級人民法院ではなく、最高人民法院から司法解釈が出されていました。その内容としては、本件感染症事案に関して各高級人民法院から出されている意見と類似していますが、このような全国的な意見が規定されると、より公平原則、不可抗力、事情変更の主張が認められやすくなることが予想されます。

 

※51. (2004)沪二中民二(民)終字第354号2004年6月8日判決

 

※52. (2004)沪一中民二(民)終字第32号2004年4月9日判決

 

※53. (2008)紹中民一終字第143号2008年4月22日判決

 

※54. (2018)魯06民終268号2018年3月13日判決

 

4. 減免等を争ううえで契約書でチェックするべきポイント

 

減免等を争ううえでは、契約書で次のような項目があれば、減免を争う手掛かりになり得ます。

 

・双方に帰責性のない状況において、賃料を減額又は免除する旨の規定が存在する。

 

・後述の不可抗力に関する規定において、「伝染病の流行」、「感染症の流行」等が明記されている。

四. 不可抗力について

上述三、2、(2)における法理は、不動産の賃貸借契約に限らず、様々な場面で問題となり得ます。その中でも「不可抗力」による抗弁は、契約書にも一般条項として(しばしば契約の末尾の方に)不可抗力条項が記載されていることが多く、「SARS」でも同様の事案が多く見られたため、その主張がなされる事案が増えることが予想されます。

 

1. 中国法における不可抗力の規定

 

中国契約法では、不可抗力を「予見できず、避けられずかつ克服できない客観的状況」※55と規定しています。不可抗力で契約が履行不能になった場合、不可抗力責任は一部又は全部免除されます。もし、契約において不可抗力の条項が明記されていなくても、その準拠法が中国法と解される場合は、かかる法律規定に基づいて不可抗力の主張が可能となります。

 

この要件について、「客観的状況」とは、①外部者がコントロールできず、かつ、②社会全体がその存在を認める現象である必要があるとされています。この点、本件感染症の場合は、①契約当事者がコントロールできる範囲は極めて限定されるように思われます。さらに、②本件感染症が流行したという事実は、社会全体が認める現象と主張するのは十分合理的と思われます※56

 

また、予見可能性については、債務者の注意義務を加えて判断をすべきといわれています※57。例えば債務者が通常の払うべき注意義務を怠っているのに、予見可能性がなかったと主張しても認められない可能性があります。もっとも、本件感染症の場合は、予見できなかったと認められる可能性が高いと思われます。

 

なお、以上の議論は、本件感染症を不可抗力事由としたものですが、例えば都市封鎖により物流の供給ができなかったケースを考えると、都市封鎖という政府の行為(行政命令)を不可抗力事由と考える余地もあると思われます※58

 

※55. 第117条第2項

 

※56. 葉林「不可抗力制度を論じる」北方法学(2007年)

 

※57. 同上

 

※58. この場合に、(中国でしばしば見られますが)行政機関の担当者が口頭で指示を行ったケースであれば、当該政府行為(行政命令)が存在したことの立証が問題になる可能性があります。この点、前回ニューズレターで紹介した「中国国際貿易促進委員会」の不可抗力に関する証明書を活用することも一つの対応方法です。

 

2. 認定の概要

 

前述の法律で規定された要件を前提として、訴訟においてこれを認定する際の実務方法について、複数の裁判例を確認したものの、各法院及び事案によって差異があるため、統一的なルールを読み取ることはできませんでした。

 

しかし、大まかな傾向としては、次の図2の①から③の争点に関する事実認定を行って、不可抗力の成否を判断する傾向があるように思われます。

 

[図2]不可抗力の要件について

 

まず前提として、中国法が準拠法であるか否かを検討する必要があります。契約の中に準拠法に関する規定があれば、それに従って判断されますし、準拠法に関する規定がなくても、中国国内の取引に関する契約であれば、原則として中国法準拠と解されることになります※59。もし準拠法が中国法以外の法律であれば※60、当該準拠法における「不可抗力」の考え方に基づいて判断する必要があります。

 

次に①は、主張する原因となる事象が「不可抗力」といえるかです。この点は、多くのケースで、法律の要件の「予見できず、避けられずかつ克服できない」のうち、予見可能性を中心に検討されていました。

 

また、②の「契約履行不能」の要件については、契約の目的達成が不能になったかという形に変えて認定をしているケース※61が見られました。また履行不能の対象が、全部なのか一部に留まるのかが争点になるケースも考えられます。

 

さらに、①と②の要件があっても、③の「因果関係」が否定されることにより、不可抗力が適用されないケース※62も見られます。因果関係の存否が争点となるようなケースにおいては、その点を立証する証拠の有無・内容が重要となると思われます。紛争が顕在化する以前に、取引の相手方から、証拠となり得る資料・情報をうまく取得しておくことが望ましいと言えます。

 

なお、契約における不可抗力条項の規定ぶりと、訴訟等において不可抗力が認められるか否かの関係は、中国法に限らず一般的に次の図3のような傾向があるといえます。ただ、中国における訴訟事案では、契約における不可抗力条項の規定ぶりを詳細に認定している事案は少なく、契約法の上記要件を検討して結論を導いている事案の方が多いようです。これは、中国の契約実務(特に国内取引)においては、仮に不可抗力条項を規定したとしても、欧米の契約における不可抗力(Force Majeure)条項ほど詳細に各種の事由を列挙することなく、むしろ契約法(又は民法通則)の条項をそのまま記載している例が多いことも関係しているのかもしれません。

 

[図3]不可抗力の規定と認定の関係について

 

図1にあるように、契約において明文の不可抗力条項があった方が、一般的には契約上の抗弁として主張しやすいことになります。

 

図2にあるように、不可抗力条項に様々な列挙事由がある場合において「伝染病の流行」、「疫病の流行」といった本件感染症と同種であると判断できる事項が記載されていれば、当該記載を根拠とした主張がより容易になると考えられます。

 

仮に列挙されている事由に「伝染病の流行」、「疫病の流行」又はこれに類似する事由がない場合、記載されていない事由は排除する趣旨と解されるリスクはあります。

 

もっとも図3にあるように「以上の事例を含むがこれに限られない」といった包括条項(バスケット条項)があれば、列挙はされていないがこのバスケットに含まれていると主張する選択肢が残されます。

 

もちろん図3にあるように、今回であれば「SARSに類似する重大な伝染病」、「MARSに類似する疫病の流行」等の具体的な記載があれば、それに該当すると認められる可能性は、一般的には高まるといえます。

 

このようなアプローチは、例えば日本企業と中国企業との間の国際取引に関する契約(買収契約、合弁契約、技術ライセンス契約等)で、準拠法が中国法以外の法律とされている場合には必要性が高いと思われます。他方で、中国国内の取引契約で中国法が準拠とされる場合には、上述した通り契約法の規定が適用されるため、不可抗力事由に該当することが認められやすいと予想されます(その場合でも、前述の図2の②③の要件を充足するかはケースバイケースで判断されると考えられ、常に不可抗力の主張が成立するとは限りません)。

 

※59. 民法通則(2009年8月27日改正)第8条、民法総則(2017年10月1日施行)第12条

 

※60. 具体的には、中華人民共和国渉外民事関係法律適用法(2011年4月1日施行)及びその関連法規を根拠に判断を下すことになります。

 

※61. (2019)最高法民再288号等

 

※62. 内モンゴル自治区高級人民法院(2015)内民申字第814号は、草原の強風で発生した火災によって生じた履行不能について、強風が不可抗力に属するか否かのほかに、火災という履行不能な状況が当該火災に因って生じたことが証明されていないことも不可抗力の抗弁を採用しない理由として挙げました。

五. 中期的な視点での対応(リストラクチャリング・撤退・M&A)

冒頭に記載したように、短期的には、二、三、四でご紹介した労働、賃貸借契約及びその他の契約の問題がビジネス上の喫緊の争点になってくると予想されます。

 

一方、こうした本件感染症の広がりから、中国ビジネスを縮小したり、現地法人を撤退する選択をする企業も出てくるのではないかと思われます。

 

現地法人の撤退を実行するには、大きく分けて、次の3つのフェーズに分けることができます。

 

①プランニング(対外公表するまでの準備)

②対外公表※63→従業員及び取引先との交渉

③会社清算の法的手続

 

[図4]撤退の3つのフェーズ

 

撤退は最終的な選択肢ではあります。しかし、上記のような一般的な流れを念頭において、最悪の場合にどのような手続を行わなければならないか、業務及び予算の負担はどの程度であるかといった、エグジットのプランもあらかじめ検討しておくことは、慎重かつ合理的なビジネスジャッジをするうえで非常に重要と思われます。

 

こうしたエグジットプランについては、中長期的に中国企業をM&Aをして進出をする際にもあらかじめ検討しておくことが推奨されます。

 

※63. 従業員等への社内での公表と、適時開示・取引先への開示を含む本来の意味での外部への公表とに分けられるが、実際には情報コントロールの観点から、両者は同日又は近接した日に行われることが多いです。

 

 

野村 高志

西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士 上海事務所代表 

 

東城 聡

西村あさひ法律事務所 弁護士

 

西村あさひ法律事務所  パートナー弁護士
上海事務所代表

1988年、早稲田大学法学部(LL.B.)卒業、2005年、対外経済貿易大学(北京)卒業。

1998年~2001年、法律事務所勤務。2001年~2005年、西村総合法律事務所。2005年~2010年、Freshfields Bruckhaus Deringer LLP(上海・東京)。2012年~2014年東京理科大学大学院イノベーション研究科 客員教授(中国知財戦略)。2014年~上海事務所代表。

【主な著書等】
『中国でのM&Aをいかに成功させるか』(M&A Review2011年1月)、『模倣対策マニュアル(中国編)』(JETRO 2012年3月)、『中国現地法人の再編・撤退に関する最新実務』(『ジュリスト』(有斐閣)2016年6月号(No.1494))、『アジア進出・撤退の労務』(中央経済社2017年6月)等多数。

著者紹介

西村あさひ法律事務所 弁護士

米国系コンサルティング会社勤務を経て、2008年弁護士登録。

2008-2012年ブレークモア法律事務所、2012-2016年高井・岡芹法律事務所 上海代表処首席代表、2016-2019年瓜生・糸賀法律事務所 上海代表処首席代表としての勤務を経て、2020年1月より現職。

中国業務を中心として、新規投資、リストラクチャリング、不正調査・防止業務、会社法・労働法対応を通して日系企業を支援する。

著者紹介

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  野村 高志
  東城 聡

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