実家暮らしの長男…いつまでも親離れできず
今回ご紹介するのは、父、母、長男、長女の4人家族です。
父は有名企業で重役を務めあげた人でしたが、良き家庭人とはいえず、いわゆる仕事人間だったといいます。「あまり父との思い出はないんですよ」と二人の子どもが口を揃えていうほど、平日は仕事に、休日はきまって接待ゴルフにと、ほとんど家にいることはなかったそうです。
父が家にいない分、母は子育てに奮闘しました。しかしひとつ母には後悔があるというのです。
「父親がいないから、子どもを甘やかして育ててしまったかもしれません。特に長男は……」
母がそう後悔するのは、長女は30歳を前に結婚し、実家を離れたのに対して、長男は結婚の“け”の字も感じさせず、いつまでも実家を離れないからのようです。いまでは結婚をする/しないは個人の自由ですが、母の世代では結婚して一人前、という感覚が強いのでしょう。
「掃除も、洗濯も、食事の用意も、すべて親がしているの。あの子、私たちがいなくなったら、生きていけるのかしら」
40代の長男とはいえ、子どもはいつまで経っても子どもです。母の心配は尽きません。それから数年後、父が他界しました。長年勤めていた会社を定年退職してからも、再就職をして70歳を超えてもなお現役で働いていた父。「趣味は仕事です、って人だったわね」と父を懐かしむ家族。幼いころは仕事ばかりで家にもろくにいない父を嫌っていた子どもたちでしたが、最後の最後まで仕事にまい進していた姿に、生き様を見たようでした。
また父が残してくれた遺産も、かなりの額になっていました。「お父さん、お金を使うといえば、ゴルフくらいだったからね」と母。遺産は自宅のほか、株式や現金などが8,000万円ほどありました。母と、長男、長女で話し合った結果、長男に3,000万円、長女に1,000万円、母は自宅とその残りという分け方になりました。長男と長女の相続額に違いが生まれたのは、「お母さんの面倒は長男が見るから」という理由からだったといいます。
とはいえ、まだまだ母は元気なので、長男が母の面倒を見ることはありません。仕事で忙しい長男を支える母、という構図はこの後も変わらなかったといいます。
母の遺産は実家と貯金…兄妹でどう分ける?
母は80歳近くで他界しました。晩年は足腰が悪くなっていたので、自ら希望して介護施設に入居していたそうです。
「うちの上の子、結婚してなくて1人できちんとやっていけるのか、心配で仕方がないのよ」
と、介護施設でも心配していたのは、長男のことだったといいます。
葬儀のあとのこと。実家にいたのは、長男と長女でした。
長女「いいお葬式だったね」
長男「いろんな人に愛されていたんだな、お母さん」
長女「そうね。で、兄さんはこれからどうするの?」
長男「えっ、別にこれからも変わらず……」
長女「じゃあ、このまま実家に住むってわけね」
長男「まあ、そうだな。俺は一人だし、長男だし」
長女「じゃあ、あの家は、兄さんにあげるわ」
長女はさりげなく母の遺産相続の話を始めていました。長男は「まだ葬儀が終わったばかりなのに……」と、少しげんなりしたといいます。
長女「ほかに、どれくらい遺産があるのかしら?」
長男は、いそいそとタンスから母の貯金通帳を持ってきました。母が残したのは、4,000万円ほど。
長女「ねえ、この家は兄さんのものになるんだから、このお金は私のものよね」
長男「えっ、それはないだろう……」
長女「だって、この家、絶対4,000万円以上するわよ。貯金を全部もらっても足りないくらいよ」
長男「でも家は売るわけじゃないから、お金にならないだろ。俺も少しぐらいは……」
長女「ちょっと兄さん、これまで散々、親に甘えて暮らしてきたんじゃない。さらにもっとお金が欲しいなんて、どこまで厚かましいのよ!」
長男「でも……」
長女「それに、お父さんの相続のときに私よりも多くもらっているじゃない。お金には困っていないはずよ」
長男「困ってはないけど……」
長女「あーイライラする! そんなんだから、死ぬ間際までお母さんに心配されるのよ! 還暦を前にして、情けないったらありゃしない。 早く親離れしなさいよ!」
長男は何もいえず、そのまま黙り込んでしまいました。結局、遺産分割は長女のいうとおりになったそうです。
遺言書を作成する際は、遺留分の侵害に注意
父が亡くなった際の一次相続では何もいうことがなかったのに、母が亡くなった際の二次相続では、ずいぶんと強気の態度に出た長女。このように兄弟姉妹の間で相続争いになるのは、二次相続のときに起きやすい傾向にあります。
このような争いを避けるためにも、遺す側は遺言書をつくっておくといいでしょう。そして遺言書を作成する際、気を付けたいのが「遺留分」です。
遺留分はひと言でいうと、「残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利」のことで、法定相続分の半分が認められます。
遺留分の計算をするときは遺産の金額の考え方に注意が必要です。この遺産の金額は、相続が発生した時の時価とされています。ここで注意をしなければいけないのが、不動産の時価の考え方です。相続税を計算する際に使う不動産の評価額は、相続税評価額というものを採用します。一方で、遺留分を計算する際に使う不動産の評価額は、実際の売買価格を基準とします。
相続税評価額ベースでは遺留分を侵害してなくても、実際の売買価格ベースにすると遺留分を侵害しているケースもあるので要注意です。
【動画/筆者が「遺留分について」分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人