封じ込まれた海外中古不動産を活用した税金対策
2020年度税制改正において、海外の中古不動産投資を利用した節税策が封じ込められることになりました。そもそものスキームの流れについてまず整理しましょう。米国不動産のスキームを例にとってみます。
②日本のルールに当てはめると木造の建物の耐用年数は22年で、中古の場合には一定のルールで経過年数を控除することができる。木造で22年以上経過している建物であれば、耐用年数は4年で計算出来る。つまり、貸付をして不動産所得の計算をする際には、購入価格の7~8割を4年で費用に落とせる
③不動産所得の赤字は他の所得と通算することが出来るので、給与などと通算が可能。そうすると給与から源泉徴収されていた所得税について還付を受けられる
④また、不動産は1月1日時点で取得から5年超経過してから売却すると長期譲渡所得の扱いになり、税率が20%程となる。5年超経過していると簿価は土地の価格である2~3割ほどのみ
⑤高所得者の方であると給与に対して課税される税率は最大で55%にも上るため、55%の税率部分について損益通算をすることで税還付を受ける一方で、売却時の課税は20%で済むことになるため、35%分の税率差異でメリットが取れる
2020年度税制改正大綱によると、国外中古建物に係る損益通算の特例を創設するとして、「個人が、2021年以後の各年において、国外中古建物から生ずる不動産所得を有する場合においてその年分の不動産所得の金額の計算上国外不動産所得の損失の金額があるときは、その損失の金額のうち、国外中古建物の償却費に相当する部分の金額は、所得税に関する法令の規定の適用については、生じなかったものとみなす」としました。
つまり、上記の流れでいうところ、③の部分で損益通算をブロックする方向性で改正がまとまりました。
ただし、この部分で単純に損益通算自体を不可にしてしまうと、中古の不動産を購入した方は、減価償却費部分についてどの時点でも費用を認識することができなくなってしまい、余分に課税が生じてしまうことになってしまいます。
そのため、改正としては「減価償却費を生じなかったものとする」とすることで、建物を売却したタイミングで譲渡原価として費用を認識することができることにしました。
なお、改正のタイミングとしては2021年からとのことです。
2020年1月購入のアメリカ不動産のトータルキャッシュ
たとえば、2020年1月に不動産を購入したケースを見て見ましょう。前提は下記の通り。
◆2020年1月に米国不動産購入
不動産:1億円(土地2000万円、建物8000万円)
中古耐用年数:4年間
収入:年間500万円
経費:年間100万円(減価償却費は除く)
減価償却費:8000万円は4年で償却のため年間2000万円
◆2026年1月に9000万円で売却
《2020年の計算》
収入500万円-経費100万円-減価償却費2000万円=赤字1600万円
⇒ 他の給与所得等と通算する、例えば税率が50%あれば800万円の還付
《2021年~2023年の計算》
収入500万円-経費100万円-減価償却費2000万円=赤字1600万円
⇒ 赤字1600万円の減価償却費はなかったものとするため他の所得と通算はなし
《2024年~2025年の計算》
収入500万円-経費100万円=黒字400万円
⇒400万円については他の所得と合算して課税。例えば税率が50%であれば400万円の納税
《2026年の計算》
譲渡対価9000万円-譲渡原価(土地2000万円+建物4800万円)=譲渡益2200万円
譲渡益2200万円×税率20%=440万円⇒納税
《トータルキャッシュ》
①収入
売却9000万円 + 2020年~2025年利回 2400万円 + 2020年還付800万円
=1億2200万円
②支出
2024年~2025年 納税400万円
取得1億円
2026年納税440万円
=1億840万円
③収支
①-②=プラス1360万円
※上記は2020年2月8日時点で公表されている情報に基づいて想定される内容で計算しており、法令が決まった際の計算方法が異なる可能性があります。 ※税率については簡易的な率で計算をしています。
急ぐのは早計……所有する海外不動産はどうする?
現時点の情報では明確にされていないのが、上記の通り「なかったものとされた減価償却費の金額」について、不動産所得の計算においても、再度減価償却費として認識できないのかどうか、という点です。現時点で公表されている「所得税法等の一部を改正する法律案要綱」では下記の通り記載がされています。
① 個人が、令和3年以後の各年において、国外中古建物(個人において使用され、又は法人において事業の用に供された国外にある建物であって、個人が取得をしてこれをその個人の不動産所得を生ずべき業務の用に供したもののうち、当該不動産所得の金額の計算上その建物の償却費として必要経費に算入する金額を計算する際に所得税法の規定により定められている耐用年数を一定の方法により算定しているものをいう。以下同じ。)から生ずる不動産所得を有する場合においてその年分の不動産所得の金額の計算上国外不動産所得の損失の金額があるときは、当該国外不動産所得の損失の金額に相当する金額は、所得税に関する法令の規定の適用については、生じなかったものとみなす。
② 上記①の国外不動産所得の損失の金額とは、その個人の不動産所得の金額の計算上国外中古建物の貸付けによる損失の金額(当該国外中古建物以外の国外不動産等の貸付けによる不動産所得の金額がある場合には、その損失の金額を当該国外不動産等の貸付けによる不動産所得の金額の計算上控除してもなお控除しきれない金額)のうち当該国外中古建物の償却費の額に相当する部分の金額として一定の方法により計算した金額をいう。
③ 上記①の適用を受けた国外中古建物を譲渡した場合には、その譲渡による譲渡所得の金額の計算上、その取得費から控除することとされる償却費の額の累積額からは、上記①により生じなかったものとみなされた損失の金額に相当する金額の合計額を控除する。
上記①の「所得税に関する法令の規定の適用については、生じなかったものとみなす。」という書き方は、発生をなかったことにする、と読めますので、上記の計算例でいうと、2024年2025年においても減価償却費は認識できるようにも取れます。
ただし、上記③にて、わざわざ「その取得費から控除することとされる償却費の額の累積額からは、上記①により生じなかったものとみなされた損失の金額に相当する金額の合計額を控除する。」と記載しているということは、譲渡所得の計算上の特例の用にも取れます。
いずれにしても現時点では明確に定まっていないところになりますので、法令が決まってからの確認が必要です。
本件についてどのような対策が考えられるかというところですが、正直対策としてはほとんどありません。まず、2020年末までは減価償却費を認識して、他の所得と通算することができますので、今まで通りのタックスメリットを取ることができます。
2021年以降は国外の損失部分の減価償却費を認識することができなくなってしまいますが、売却をした際には費用として認識することができますので、無理に動くべきではありません。
少なくとも1月1日時点での保有期間が5年を超えれば、長期譲渡所得の扱いにはなりますので、譲渡時点でのメリットを取ることもできます。
あとは、現地の不動産市況とタックスメリットを天秤にかけて、売却のタイミングを探るのが得策であるといえます。