平成27年度の税制改正で導入された国外転出時課税ですが、日本に住み続けている人にとっては関係のない制度なのでしょうか。本連載は、2015年12月に刊行された、税理士・菅野真美氏の著書、『税理士のために国外転出時課税と国際相続について考えてみました』(中央経済社)の中から一部を抜粋し、国際転出時課税や国際相続に関するQ&Aをご紹介します。

税制の肝となる部分に毎年メスが入る国際課税の分野

税制というのは、人・物・金の流れにぴったりと寄り添うことが宿命であることから、時代や環境の変化にどの行政機関の制度よりもいち早く対応していかなければならない宿命を背負っています。さまざまな税目において毎年、毎年、多様な改正がなされ、専門家である税理士であっても、何が変わったのか追いかけるのが精いっぱいで少しでも油断をすると時代に取り残され、顧客が去っていくような状況にあります。

 

とくに、誰のどの所得、誰のどの財産というような税制の肝のような部分にメスが入るような改正が行われているのが個人の国際課税分野です。グローバル化は個人の親族関係や住まい、財産の所在地にも及び、外国に移住し、外国の財産を持つのは、仕事や学業、人生の必然性から生ずるケースが大多数です。

 

しかし、外国に移住し、外国に財産を有することによる節税が目についたことから個人の国際課税分野の大きな改正が度々行われてきました。平成27年度の税制改正で導入された国際転出時課税も外国に移住後に株式を売却することにより日本の所得税課税を回避すること等を塞ぐための税制です。

 

この税制の主たるターゲットは外国移住者ですが、同じようなことは贈与又は相続でも可能であることから、贈与や相続の場合も国外転出時課税の対象となります。外国移住や贈与は本人も覚悟の上で事前の対応も十分可能ですが、相続の場合は事前に対応することが不可能で、事後に大きな問題が生じ、予想外の時間とコストが生ずることもあります。

 

本連載では、平成27年度に創設された国外転出時課税だけでなく、国際相続に関連した個人課税について、ケースを設けてどのような課税関係になるのかを整理、検討しています。

国内居住者でも国外転出時課税が発生するケースとは?

Q:日本に住み続ける人も国外転出時課税の対象者になる?


平成27年度の税制改正で国外転出時課税が導入されましたが、私のように日本に住んでいる中小企業の経営者は全く関係ないですよね。


A:そんなことはありません。もし、あなたの保有する有価証券等の時価が1億円以上で、仕事や家庭の事情で外国に住んでいるお子さんに一部でもその財産が相続されるような場合は、国外転出(相続)時課税の対象となります。

 

【解説】

国外転出時課税は、高額な有価証券を保有する人が外国に移住する場合を想定して設計された制度で、国外移住者のみが対象かなと思うかもしれません。しかし、所得税課税をされずに、株式を移転する方法は、本人が外国に移住するだけでなく、贈与や相続により日本の非居住者に株式が移転した後に、株式を外国で売却した場合も同じ現象が生じます。

 

国外に株式を移転して所得税逃れが行われるのを完全に阻止するために、国外転出時課税は相続や贈与により国外転出時課税対象資産が非居住者に移転した場合も、相続時や贈与時に被相続人や贈与者側において所得税課税がなされます。この対象となるのは、非居住者に移った国外転出時課税対象資産が1億円以上かどうかではなく、相続や贈与時点で被相続人や贈与者が国外転出時課税対象資産を1億円以上保有していて、かつ、非居住者に一部でもその資産が移った場合は対象となります。

相続から4か月以内に国外転出時課税の申告義務がある

この国外転出時課税で一番大変なのは、相続の場合です。相続から4か月以内に有価証券等の時価を算定して、準確定申告で国外転出(相続)時課税の申告納税を行わなければなりません。もし納税猶予を行うならば、そこまでに担保提供手続きを行わなければなりません。担保提供資産が非上場株式だけの場合は、株券を発行して供託という一連の手続きを期限までに完結させることが原則です。四十九日の法要が終わってから手続き開始では、国外転出(相続)時課税の申告には間に合わないケースも多いのではないでしょうか。

 

もし、相続人に非居住者がいて、4か月以内に分割が決まらない場合は、国外転出時課税対象資産のうち非居住者の法定相続分について申告納税または申告納税猶予の手続きが必要です。仮に相続税の申告期限内に分割が決まり非居住者が国外転出時課税対象資産を受け取らなかった場合でも、現行税制では更正の請求ができません。

非居住者に相続する場合は事前の手続きが重要に

おそらく、遺産分割協議後に非居住者が国外転出時課税対象財産を取得しなかった場合の更正の請求は平成28年度の税制改正で認められることになるものと期待しますが、それでも手続きの煩雑さは解消できません。

 

このような状況ですので、国外転出時課税対象資産の時価が1億円以上の方で、推定相続人が非居住者の場合、または非居住者の可能性がある場合は、事前に遺言で国外転出時課税対象資産については非居住者に渡さないと定めるか、非居住者に渡すと決めた場合は、事前に納税準備や納税猶予を行うための手続きを進めていくことが、今後の相続税対策では非常に重要になるのではないでしょうか。
 

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    本連載は、2015年12月20日刊行の書籍『税理士のために国外転出時課税と国際相続について考えてみました』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    税理士のために国外転出時課税と国際相続について考えてみました

    税理士のために国外転出時課税と国際相続について考えてみました

    菅野 真美

    中央経済社

    国際転出時課税は外国に移住後に株式を売却することにより日本の所得税課税を回避すること等を塞ぐための税制です。この税制の主たるターゲットは外国移住者ですが、同じようなことは贈与又は相続でも可能であることから、贈与…

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