年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、遺言書に起因する相続トラブルを、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

実家の建替え…費用は三女の夫が負担

今回ご紹介するのは父、母、長女、次女、三女の5人家族です。女性だらけの家族で、父親は邪魔者扱いを受ける……というのがよくあるパターンですが、この家族は違いました。

 

父の柔らかな性格もあったのでしょう。一般的に難しい年ごろ、といわれるような年頃になっても、子どもたちは父にベッタリで、「結婚するなら、お父さんみたいな人がいいなあ」と口にするほど。周囲の父親からは「いいですね、娘たちからそんなに慕われて。うちの娘なんで、私を汚いものを見るような目で見てますもん」と羨ましがられていました。

 

そんな娘たちですが、長女と次女は大学進学を機に上京し、そのまま東京の企業に就職。そこで知り合った男性と結婚をしました。一方三女は、長い間お付き合いしている男性が地元にいたため、進学も就職も、地元を選びました。

 

そして三女は、その男性とめでたくゴールイン。新居をどうするか、という話になった際、三女の夫は、「君の実家でもいいよ」と言ってくれました。三女が両親をすごく大切にしていたことは、三女の夫も知っていたのです。

 

「僕は次男だし、うちの実家には兄貴の家族もいるしね。経済的にもそのほうが助かる」

 

三女としては嬉しい申し出でした。こうして、父、母、三女、三女の夫の生活がスタート。数年後には子宝にも恵まれ、ますます幸せな家庭を築いていったのです。

 

三女の同居から10年ほど経ったある日。三女の子どもが、リビングの天井を指さし言いました。

 

「天井がお漏らししてるよ」

 

そう、リビングの天井から雨漏りが起きていたのです。

 

「この家も、だいぶ古くなっているからなあ」と父。築年数も古く、そろそろ建て替えをしなければ、という話をしていた矢先の出来事でした。そのとき、三女の夫が言いました。

 

三女の夫「建て替えの費用なら、僕に任せてくれませんか?」

 

父「そんな、気を使わなくてもいいよ。きちんと蓄えがあるから心配しないで」

 

三女の夫「いえ、ここに住めるおかげで、僕らにも余裕があるんですよ。ここは頼ってくださいよ、お義父さん」

 

こうして実家の建て替え費用は、三女の夫が負担することに。そして父からは「こんな立派な家を建ててくれて、ありがとう。私たちに何かあったときは、君らにこの土地を、と考えているから」という申し出が。その後、父は、実家は三女夫婦に相続し、残る遺産は三姉妹で均等に分けるという公正証書遺言を作ったといいます。

長女と次女が共謀!? 夫のひと言で不安が深まって…

実家を建て替えてから5年ほど経ったある日、母が亡くなりました。そして最愛の人を亡くした父は、急激に衰えていったといいます。そんな父を心配して、長女と次女は、頻繁に実家を訪れるようになりました。

 

最愛の人を亡くして……
最愛の人を亡くして……

 

長女「最近、どう、お父さんの様子は?」

 

三女「食欲がないって、ご飯も全然食べてくれなくて」

 

次女「このままじゃ、お父さんまで天国にいっちゃうわ」

 

子どもたちは、なんとか父を元気づけようとしますが、その思いはなかなか届きません。次第に父は人の力を借りないと歩くのもままならなくなってきました。そのような状況に、父から「迷惑をかけるから介護施設に入りたい」という申し入れがありました。三女夫婦は「迷惑なんて思っていない」と反対しましたが、施設に入ったほうが食事の面など安心かと考え、最終的に近くにある介護施設への入居を決めました。

 

介護施設への入居後も、長女や次女は変わらず父に会いに来ました。そんな様子を見ていた三女の夫の脳裏には、一抹の不安が。

 

三女の夫「お義父さん、遺言書を残したって言っていたじゃない。あれ、大丈夫かな」

 

三女「えっ、なんで?」

 

三女の夫「この家は君に相続させるって、書いてあるんだろ。お義姉さんたち、不公平だと思わないかな」

 

三女「でも、私たち、ずっとここで暮らしているわけだし。自然な流れだと思うけど」

 

三女の夫「でも相続になると、コロリと態度が変わるっていうじゃない。遺言書のこと知ったら『不公平だ!』ってなるんじゃない?」

 

三女「そんな、お姉ちゃんに限って……」

 

三女の夫「お義姉さんたち、お父さんのところに通い過ぎじゃないかな。そんなに近くもないのに」

 

三女「……」

 

三女の夫「俺らの知らないところで、お父さんに新しく遺言書を作ってもらおうとしているんじゃないのかな。お父さんも、あれだけ弱っているから、促されるまま、遺言書を書いてしまうと思うんだ」

 

三女「……」

 

三女の夫「そこで『この家も均等に』なんて内容だったら、俺らこの家を追い出されちゃうよ」

 

「確かに、姉たちを絶対的に信用することはできない」と三女は思いました。そして一度そう思うと、その思いはどんどん大きくなっていったのです。そして2人の姉が父のところに通っているのは「自分たちが有利になるような遺言書を作るよう、催促しているからだ」と思うようになったのです。

 

そして事件は起こります。ある日、いつものように長女と次女が介護施設を訪れると、介護施設の職員から「父には会わせられない」ということを告げられました。

 

長女「父、具合でも悪いんですか?」

 

介護施設職員「いえ、そんなことはないんですが……」

 

次女「じゃあ、一体なんなんですか?」

 

介護施設職員「実は、おふたりがたが来ても、お父様と合わせないようにとA(=三女)様が……。お父様のご契約者はA様で、そのご契約者のご要望なので……」

 

突然のことで意味がわからない長女と次女。怒り心頭で、実家を訪れました。

 

長女「ちょっと、お父さんに会わせないって、どういうことよ!」

 

次女「そうよ、お父さんに会わせてよ!」

 

三女「いやよ、お姉ちゃんたち、信用できないから!」

 

次女「何よ、信用できないって!」

 

三女「どうせ、お父さんに色々吹きこんで、自分たちに有利な遺言書を書いてもらおうっていう魂胆でしょ! 私たちをここから追い出そうとしているんでしょ!」

 

長女・次女「はぁ!?」

 

この日、三女は興奮していて埒が明かないと、長女と次女は実家を後にしました。後日、改めて話をし、三女の行き過ぎた思い込みだったということで、決着しました。しかし「本当は長女と次女が結託して……」という不安は、常に付きまとっているといいます。

遺言書が複数見つかった場合は……

今回、父は公正証書遺言を作成していますが、遺言にはこの公正証書遺言と、自筆証書遺言があります。前者は公証役場で、公証人が作ってくれる遺言書です。公証人とは、裁判官や検事を過去にしていた方が多く、ひと言でいえば法律のプロ中のプロです。安全性と確実性が非常に高い遺言書です。公正証書遺言は、大きく偽造変造のリスクが一切ないことと、公証役場で預かってもらえることというメリットがあります。

 

一方、自筆証書遺言は、自分の手で書き上げる遺言書です。15歳以上の人であれば、誰でも作ることが可能です。財産目録など一部を除き、すべて自分の手で書き上げます。

 

他にも細かい条件がたくさんありますが、重要なものだけ箇条書きにします。

 

・日付がないと無効(X月X日だけではなく、令和X年X月X日のように、日付が特定できないと無効です)

・夫婦共同の遺言は作れない

・訂正の際は、二重線を引いて、訂正印を押すだけではなく、訂正内容を書き加えないといけない

・署名押印は必ず必要。書き終わったら封筒に入れ、封印をしておくと偽造変造の疑いがなくなります

 

もし相続時に遺言書が複数見つかった場合、日付が新しいものが有効になります。今回、第三者である三女の夫の何気ない不安が、三女の行動を助長させました。三女の行動は、普通では考えられませんが、お金が絡むと、突拍子もない行動に出てしまう人がいるのです。

 

 

【動画/筆者が「パソコンや代筆も使えるようになった遺言書」を分かりやすく解説】

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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