倹約家の母と、その血を受け継いだ次女
今回登場する家族は、父、母、そして4姉妹という6人家族。どこにでもいる、普通の家族でしたが、一点、変わっているのが、母がすごく倹約家だったということ。
「電気は小まめに消して。もったいないでしょ!」
「お湯なんてもったいない、冷たくても我慢よ」
「ちょっと、トイレットペーパー使い過ぎ! 1回30cm厳守!」
その徹底ぶりは、近所でも評判になるほどでした。家計が苦しいというわけではありません。父は大企業勤めで、どちらかといえば裕福な家庭でしたが、母の趣味が貯金だったのです。
「少しずつ貯まっていくのがいいの。それに年をとったら、何があるかわからないじゃない。今から備えておけば安心よ」
付き合わされる家族も少々うんざりするときもありましたが、お金に口うるさい以外は優しい母です。家族6人、特にトラブルもなく、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていました。
そして4姉妹は成人し、長女、三女、四女は、地元を離れて結婚し、妻に、母にと、忙しい日々を過ごしていました。一方、次女だけは実家に残りました。
「わたし、街の空気が合わないのよ。それに家賃を払うなんて、もったいないじゃない」
母の性格を一番受け継いでいるのが次女で、何かにつけて「もったいない」を連呼し、「趣味は貯金通帳を眺めること」と、堂々と言うようになっていました。さらに「結婚そんなのお金がかかるから、私は一人でいいわ」と、周りが恋だの愛だのと騒がしい年ごろの時に、一生独身を宣言。そんな次女を父は心配していましたが、母は「お金があれば生きていけるから、大丈夫よ」と楽天的に構えていました。
そして4姉妹全員が40代になったころ、父が病気で他界。年老いた母も、段々と人の助けが必要になってきました。それでも母と次女は「もったいない」といい、最低限の介護サービスしか受けようとしませんでした。そんな母と次女の2人暮らしを、他の3姉妹は心配で仕方がなかったといいます。
三女「大丈夫? 無理はしないで」
四女「お金なら心配ないから。私たちが出すから」
長女「離れて暮らしているから、お金の援助くらいしかできないけど、ちゃんと私たちを頼って」
そんな三人に対して、母も次女もお礼はいいつつ、「でももったいないから大丈夫よ」と、母の介護においても最大限の倹約に努めたといいます。
それからまた月日は流れ、4姉妹全員が50代になったころ、母が亡くなりました。そして初めてこの家族にトラブルが起きるのです。
貯金が趣味だった母の遺産は、1冊の預金通帳だけ!?
事前に「もう長くない」と医者に言われていたので、母が亡くなっても慌てることはありませんでした。葬儀も、母と同居していた次女が中心となって手配され、滞ることなく終わらせることができました。
そして葬儀後、4姉妹が集まり、遺産について話し合うことになりました。中心に置かれたのは、1冊の預金通帳。
次女「お母さんの遺産はここに入っているお金よ」
そこに記されていたのは、3,000万円ほど。ちなみに実家は、父が亡くなったときに、母ではなく次女の名義にしたので、今回は相続の対象ではありませんでした。次女の言葉に、三姉妹は何か言いたそうでしたが、グッと言葉を飲みこみ、遺産は1/4ずつわけることに。話し合いが終わり、三人は実家をでました。
三女「ねえ、どう思う?」
長女「お母さんの預金通帳よね」
四女「少なすぎる! あのお母さんが、3,000万円しか貯められてないなんて」
長女「1億円くらい、貯めてそうだもんね」
三女「介護にお金がかかったとか?」
四女「『もったいない』といって、介護も必要最低限だったのよ」
長女「それに預金通帳が1冊っておかしいわ。私たちが子どものころ、何かあると大変だからって、いくつか口座をつくって貯金していたじゃない」
三女「年をとったからって、あの行動が変わったとは思えない」
四女「足腰が悪くても、お母さんは認知症にはならなかったし」
長女「そうよね、やっぱり変よね」
三人の意見は一致。本当に母の遺産が目にした預金通帳1冊だけなのか、再度、確認することになりました。
ある日、四女が実家を訪れました。事前に、商店街の福引で地元にあるレストランのペアチケットが当たったと伝えていました。
「お母さんの介護で大変なこともあったでしょ? これは私からの労いの気持ちだと思って、一緒に行きましょうよ」
四女は次女を誘い出し、実家を後にしました。それを確認し、実家のドアを開ける人影が……。長女と三女でした。
三女「よかった。一緒に行ってくれて」
長女「無料だからね。絶対に、夕方までは留守のはずよ」
三女「そうよね」
長女「じゃあ、探しましょ」
二人は、母の行動をよく思い返してみました。そしてタンスの下着が入っている引き出しを開け、下着の下に手を入れると……。
長女「やっぱりあったわ!」
そこには、先日三人が見た預金通帳とは違う通帳でした。
三女「ここにあるということは、まだあるはずよね」
次に和室に移動し、飾られている遺影の裏を一つひとつ見ていきました。
長女「ここにもあったわ!」
父の遺影の裏に、もう1冊の預金通帳を発見しました。さらに冷蔵庫の野菜室のなか、下駄箱に入っている長靴のなか…さまざまな所から通帳が出てきました。さらには密閉袋に入れてトイレのタンクに浮かんでいる通帳まで。新たに出てきた預金通帳は7冊。すべて合わせると、軽く1億円以上になっていました。
子どものころ「泥棒さんも、こんな所に預金通帳があるとは思わないでしょ」と、母は楽しそうに言っていました。
長女「これは、泥棒さんもビックリね」
三女「これで全部かな」
長女「わからないわ。でも思いつくところは、あらかた探したと思うけど」
三女「これらの通帳、お姉ちゃんは知らなかったということは……」
長女「それはないわ。だってずっと一緒にいたんだし、それにお母さん以上に『趣味は貯金』っていう人よ、知らなかったわけがないわ」
三女「そうよね」
夕方、次女と四女が帰ってきて、すさまじい姉妹ケンカが繰り広げられたのは、いうまでもありません。最終的に次女は観念し、さらに新たに出てきた通帳も合わせ、10冊の預金通帳が遺産相続の対象に。改めて分割協議を行うことになったそうです。
遺される側のことを考えて、早めの相続対策を
遺産隠しは、相続トラブルのよくあるパターンのひとつです。被相続人と同居していた相続人が口座を教えないケース、勝手に引き出してしまうケース、不動産の評価額を低く伝えるケースなどがあります。「遺産を隠されているのではないか」という疑念のもと、弁護士を立てて争うようなところまで発展すれば、家族仲の修復は難しくなるでしょう。
そうならないためにも、遺す側は遺される側のことも考えて、相続の準備をしておくことが大切です。しかし相続対策は、順番が肝心です。よく相続税対策と称して、真っ先に生前贈与を始める人がいますが、その前にすべきことがあります。
相続対策で最初にやるべきは「現状分析」。そのときが来たらを想定して、以下のことを精査していきます。
・どのくらいの相続税が発生するのか
・納税できるだけの資金があるのか
・家族が円満に相続することができるのか
・税務調査で問題になりそうなことがないか
次にするのが、「遺産分割対策」です。相続が起きたときに、どのように遺産を分けていくかを考えます。相続税は、遺産の分け方によって何倍にも変わります。そしてもう一つ大切な観点が「みんな円満に仲良く相続してくれるか」という観点です。相続人全員が不満を持たずに遺産分けができるか。それができて初めて、家族全体で最も相続税の負担が少なくなる遺産の分け方を考えていくことになります。
遺産の分け方が固まったら、遺言書で残しておくようにしましょう。遺言書には、大きく分けると2種類あります。作るのに手間とお金がかかりますが、法的な効力が強い公正証書遺言と、誰でも簡単に無料で作れますが、法的な効力が弱い自筆証書遺言です。筆者の経験からお話すると、遺言書は公正証書で作ることを強くおすすめします。と、いうのも自筆証書遺言は、遺言書の内容が不完全だったり、遺言書そのものが紛失したりと、トラブルが起こりがちだからです。
遺産分割対策の次には、評価引下対策を考えていきます。不動産や生命保険を活用した相続税対策です。「預金で相続させるよりも、不動産や生命保険で相続させたほうが、相続税は安い」という理屈です。
これらが終わって、初めて生前贈与が登場します。生前贈与は、相続対策の仕上げと考えてください。
【動画/筆者が「相続後の手続き」を分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人