30年連れ添ったパートナーが、病床でプロポーズ
今回ご紹介するAさんは、50歳を過ぎたころに離婚。長男と長女、2人の子どもが成人を迎えたタイミングでした。結婚以来、性格の不一致で夫婦関係は冷え切っていましたが、子どもが大人になるまでは……と2人とも我慢に我慢を重ねた結果の離婚だったそうです。
妻と離婚してからは、子どもと会う機会もぐっと少なくなりました。
「子どもたちはみな、前妻の味方でしたから。前妻のほうが圧倒的に子どもたちと一緒にいましたし、私のことを色々と悪いように言っていたみたいですよ、前妻は!」とAさんは振り返ります。子どもたちとも疎遠になってしまったのは寂しかったものの、やっと離婚できた、という解放感からの喜びのほうが大きかったそうです。
またAさんは若い時に起業し、それなりに成功を収めていました。大きな悩みがなくなったからでしょうか、離婚後はさらに精力的に仕事をこなしました。そんなときに仕事を通じて出会ったのが、B子さんでした。
B子さんとの出会いは経営者が集う懇親会です。たまたま席が隣になっただけでしたが、話が弾み、意気投合。その後、お互いバツ1同士であることがわかると、似た者同士だからか、さらに親密になり、自然とパートナーの関係になりました。
B子さんも子ども(男)が1人いましたが、子どもが大学生になったのを機に離婚。「会社を経営しながらの子育ては大変でしたよ。家に帰れば、息子が2人いるような状態でしたから。手のかかる夫でしたよ」と、笑いながら振り返るB子さん。仕事をする以外、家事も子育ても何もしない前夫に、愛想を尽かしての離婚だったそうです。
AさんとB子さんがパートナーとなってから20年以上の歳月が流れました。2人とも70歳を前に経営していた会社を譲渡。2人で楽しい余生を過ごそうと考えた結果でした。
それから10年ほど経ち、2人とも80歳を超えたある日、Aさんが病に倒れました。そして病床のAさんは1通の紙をB子さんに渡しました。それは婚姻届けでした。
「君ときちんと夫婦になってから死にたい」
Aさんは、そうB子さんにプロポーズをしたのです。B子さんも承諾し、その日のうちに婚姻届けを提出しました。それから1ヵ月ほど経ったころ、Aさんは天へと旅立っていきました。
「一度結婚に失敗した同士でしたから、カタチにはこだわらない、とお互い言っていたんですよね。でも本当は言い出せなかったんですよね、結婚しましょうと。だからAさんからの申し出は、素直にうれしかったです」とB子さんは、Aさんからのプロポーズを振り返っていました。
しかし、ここからは素敵なラブストーリーではなく、争族の話。問題は、Aさんの死後すぐに訪れました……。
前妻の子どもたちの罵声で葬儀が台無し
それは、Aさんの葬儀で起こりました。B子さんに話しかける人がいました。Aさんの前妻の2人の子どもです。すごい剣幕で怒っていました。
長男「ちょっといいですか? 父といつ結婚をされたんですか?」
B子「Aさんが亡くなる1ヵ月ほど前のことです」
長女「なぜ、そんな大切なこと、黙っていたんですか!」
B子「Aさんは、もう子どもたちとは会っていないと言っていましたし、結婚することを子どもたちに言う必要はないと、Aさんは言っていましたから」
長男「そんなの関係ないんですよ。私たちにとっては、どんなに嫌いな人でも、父であることは変わらないんです。そこらへん、わかりますよね?」
B子「それはもちろんです」
長女「だいたい、死ぬ間際に結婚なんて。80歳を超えた老人が何をやっているのよ」
B子「……(長女のひと言に、B子さんはかなり腹を立てている様子)」
長男「私たちは、父が意識混濁しているなか、あなたが無理やり結婚を迫ったと考えています」
B子「なぜ、そんなことを?」
長男「簡単なことだ! 入籍すれば、父の遺産の半分はあなたのものだ」
長女「そうよ、死ぬ間際に入籍なんて、どう考えても財産目的でしょ!」
B子「そんなこと、まったく考えていないわ」
長女「嘘よ! これは結婚詐欺よ!」
葬儀の最中にも関わらず、大きな声でB子さんを罵倒するAさんの2人の子ども。結局、式の途中で2人は帰っていきました。
「なんなんでしょうね、あの子たちは。葬儀の場でさんざん怒鳴り散らして……」とB子さん。本当は遺産放棄をして、Aさんの遺産はすべてAさんの子どもたちに相続してもらうつもりでいたそうです。しかし大切な人の葬儀を台無しにされた恨み。きちんと、もらえるものはもらう、という姿勢で遺産分割協議に臨んだそうです。
配偶者は「1億6000万円」相続税額が軽減されるが…
今回の事例は事実婚を続けてきた夫婦でしたが、最終的に入籍したので、B子さんは法定相続人になれました。配偶者は、法定相続分と1億6000万円のいずれか多い金額まで、相続税が非課税となります。少しわかりにくいので、たとえば、財産を2億円持っている人がいて、この人が亡くなってしまったときに、妻はいくらまで相続税が非課税になるか考えていきましょう。
妻の法定相続分は全財産の2分の1です。つまり半分です。夫は2億円の財産を持っていたので、法定相続分は1億円ということになります。この1億円と1億6000万円を比べてみましょう。どちらが多い金額かというと、1億6000万円ですよね。 このことから、2億円の財産を持っている人が亡くなってしまった場合には、妻は1億6000万円まで相続しても相続税がかからないということになります。
では続けて、4億円の財産を持っている人の事例で考えてみましょう。4億円持っている人の奥さんは、いくらまで相続しても相続税が課税されないでしょうか? まず、4億円の法定相続分は2億円です。この2億円と1億6000万円を比べてみましょう。どちらが多い金額になりますか? 2億円ですよね。このことから、4億円の財産を持っていた人が亡くなってしまった場合には、奥さんは2億円まで相続しても相続税が課税されない、ということになります。
「夫婦の間では最低でも1億6000万円まで相続税がかからないなら、最大限それを使った方がお得に決まっているじゃない」と思う人も多いでしょう。しかし、ここが相続税の最大の落し穴といって過言ではありません。配偶者の税額軽減があるからといって、必要以上の金額を配偶者に相続させてしまうと、結果として損をしてしまう可能性が非常に高くなるのです。
それは一次相続で配偶者がたくさん相続すれば、確かにその時の相続税は少なくなりますが、問題は二次相続の相続税です。一次相続で配偶者が多くの財産を相続すると、次に、その配偶者が亡くなったときの相続税が高くなります。
当たり前のことを言っているように聞こえるかもしれませんが、実は、多くの人が次のことを知らないのです。一次相続と二次相続とでは、仮に、同じ金額の財産を相続する場合でも、圧倒的に二次相続のときのほうが、相続税は割高になります。一次相続と二次相続の相続税を合計すると、一緒になるわけではないのです。
お得そうに見える配偶者の税額軽減ですが、夫婦でどれくらい相続させあうかは慎重に考えないといけません。筆者は、「一次相続では、奥様が今後これだけあれば安心して暮らしていける、と思える金額を相続してください」とお伝えしています。
【動画/筆者が「相続税の配偶者控除」について分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人