父の会社を継ぎたかった弟と、実際に継いだ兄
今回登場するのは、5歳、年の離れた2人の兄弟です。長男は小さなころから成績がよく、実家のある地域では珍しく中学受験をし、私立の進学校に通いました。さらに生徒会長をまかされるような、いわゆる優等生です。一方、次男も成績はよく、兄と同じ中学校へ進学。しかし学業よりもスポーツに力を注ぐタイプでした。
次男は「兄にはいつもコンプレックスを感じていた」と当時を振り返っています。勉強では兄に勝つことはできず、比べられてばかりなので、違うジャンルでがんばろうとしたそうです。
2人の父は会社を経営し、いずれは子どもに継いでほしいと考えていました。兄弟のうち、父の仕事に興味を持っていたのは、どちらかといえば次男のほうでした。長男は大学進学時に上京し、そのまま東京の外資系企業に就職しましたが、次男は地元の国立大学に進学。「地元が好きだから、いずれは地元に貢献できるような仕事がしたい」と口にしていた次男らしい選択でした。地元で会社を経営する父を尊敬しており、会社を継ぎたい……と考えていました。
しかし、次男が大学3年生のある日、長男が就職した会社を辞めて地元に戻り、父の会社に入社しました。そう、父は長男に会社を継ぐように依頼し、長男はそれに応えたのです。次男は大きなショックを受けました。
「やっぱり兄には勝てないと思い知った」と次男。そのようなこともあり、次男は地元ではなく、東京の会社に就職を決めました。それから10年後、正式に長男が社長に就任。父は引退し、悠々自適な生活を始めました。しかしその直後、父は心臓発作で急死してしまったのです……。
「ごめんね、あなたに渡せるものが少なくて」
「会社を任せて安心しちゃったのかね」と母。「会社を継いだあとだったのは、良かった」と長男。どこか淡々と話す兄に、少し腹が立ったと次男は振り返ります。そして葬儀がひと通り終わったあと、家族だけで話す機会が設けられました。父の相続のことを話し合おうと言うのです。
長男「バタバタして疲れているなか、すまんな。でも何度も帰ってくるほうが大変だろうから、我慢してくれ」
次男「別にかまわないよ」
長男「父さんの遺産だが、あまり個人では残していなくてな」
次男「会社の名義だったり……」
長男「そうだ。だから家族でわけるものは、少しの貯金と、この家くらいになる」
母「そうなのよ。ごめんね、あなたに渡せるものが少なくて」
次男「別にいいよ、そんなの」
長男「実家は、このまま俺と母さんで住みたいと考えているから、お前に渡すべき分はすべて現金で用意する。この家の価値を調べているから待っていてくれ」
特に異論はないことを告げ、次男は東京へと帰りました。次男は突然のことでも冷静に対応する兄に、やはり嫉妬に近い感情を抱いたと言います。
兄弟の仲を決裂させた「妻の何気ないひと言」
家族で父の相続の件で話し合ってしばらく経ってから、兄から連絡がありました。
長男「実家の評価額は5,000万円ほどらしい。だから2,500万円分は母さん、俺たちは1250万円ずつ、ということだ。あと貯金の分割分も合わせて、1500万円ほど、お前に渡すつもりだ」
次男「わかった。ありがとう、いろいろやらせてしまって」
長男「じゃあ、正式に遺産分割協議書をつくる。お前にもサインしてもらって、遺産分割は終わりだ」
そのような電話のやりとりを聞いていた、次男の妻がひと言、つぶやきました。
「本当に、あの家の評価額、5,000万円なのかしら……」
妻の何気ないひと言でしたが、「確かに」と次男は思いました。そう考えれば考えるほど、兄への疑念は深まっていきました。そして兄に、さりげなく聞いてみることにしました。
「この前、実家の評価額を出してももらったじゃないか。あれは誰にお願いしたんだい? 実は俺も住み替えを検討していて……」と尋ねたところ、長男は、「会社の担当税理士に頼んだ」と答えました。
「絶対、あいつは俺をだましているんだ!」
そして次男は自ら専門家を頼み、実家を評価してもらうことにしました。そして実家の評価額は8,500万円ほどになるという結果が出たのでした。
後日、次男は実家に乗り込みました。
長男「どうしたんだ、今日、来ることになっていたか?」
次男「この前、この家の評価、5,000万円って言ったよな。俺がプロに調べてもらったら、8,500万円って言っていたぞ!」
長男「それは私が出した数字ではない。担当に聞いてくれ」
次男「なんだ、他人事みたいに。どうせ財産を多くせしめようと、評価額を低く言ったんだろ!」
長男「お前をだまして何になる。よく考えろ」
次男「その冷静な口調が、いつも、いつも腹立つんだよ!」
母「ちょっと、やめなさい、2人とも」
長男に向けられた次男の怒りは、しばらくの間、消えることはありませんでした。
すべての税理士が相続に精通しているわけではない
事例のように、お互いが専門家を雇って争いに発展する……といったことは実際によくあります。もし相続が発生した際に、誰に相談すればいいのか。結論から言うと、下記のようになります。
・相続税のかかる人であれば、相続税に強い税理士
・相続税がかからない人であれば、相続手続きに強い司法書士
・相続争いが発生している人であれば、相続争いに強い弁護士
税理士でも、「相続に強い」というところがポイントです。税理士試験のなかで、相続税は選択科目です。そのため、相続税のことを一切勉強したことがなくても、税理士の資格を獲得することは可能です。またひと昔前まで、公認会計士は税理士の資格を無条件で獲得できましたが、会計士試験には、一切、相続税のことはでてきません。
つまり、税理士の資格を持っているからと言って、相続税に詳しいとは限らないのです。
また、相続のことを相談するに際して、税理士の最も大きな弱点は、民法を知らないことです。法定相続人が誰になるか、遺留分を計算する時の考え方、遺言書の書き方…… 相続の相談に乗るためには、民法の知識が必須なのです。
しかし税理士試験に、民法はほとんど出てきません。そのため筆者も苦労しました。民法に詳しくなるために、税理士試験に合格してから、司法書士試験のテキストを買って、民法を勉強しました。相続専門の税理士を名乗るには、相続税の知識と民法の知識をバッチリ身につけないといけないのです。
つまり、医者に専門があるように、税理士にも専門があります。相続税に強い税理士と、相続税に詳しくない税理士とでは、雲泥の差があるのです。
事例では、お互いが相続に強い専門家に頼んだのかどうか、わかりませんが、専門家選びは多くの情報を取り入れて、慎重に判断しましょう。
【動画/筆者が「相続後の手続き」について分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人