子どものいない夫婦に起きた、突然の悲劇
ここに夫Aさんと妻Bさんという1組の夫婦がいます。結婚して15年になりますが、子どもはいません。いらなかったわけでもありません。2人とも子どもが好きでした。
「子どもは二人がいいな。一姫二太郎っていうから、最初は女の子で、次は男の子」
結婚当初は夫婦でそんな話をしながら、はしゃいだものです。しかし、なかなか子どもができません。そこで二人で病院に行ったところ、Bさんは子どもができにくい体であることがわかりました。
「それでも望みはある」と不妊治療を続けましたが、成果が出ないまま時は流れ、8年。もう体力的にも精神的にも限界に近づいていました。
「もう、いいんじゃないか。夫婦、2人で楽しく生きていこうよ」
AさんがBさんに伝えました。Bさんも、そのひと言で救われたといいます。それからは、夫婦2人、「とにかく楽しく」をモットーに過ごしました。ダイビングが共通の趣味だったので、年に一度は海外に行って海を楽しむのが、毎年の恒例になっていました。
ところが……。
「子どもがいないことをいいことに、贅沢ばかりして」
そう文句をいっているのは、Aさんの母。つまりBさんの姑です。Aさんの母は、Bさんのことを快く思っていません。
「以前、『子どもができないなんて嫁失格だ!』って怒鳴られたことがあるんです」と明るく話すBさん。それに対してAさんは「なんてことをいうんだ! ふざけるな!」と大きな声をあげたといいます。
それ以来、Aさんも実家から距離を置き、最低限の付き合いしかしなくなったとそうです。
しかし平穏な日々は、永遠に続くものではありません。ある日、Aさんが倒れて、救急搬送されました。しばらくICUで治療を続けましたが、帰らぬ人になったのです。突然の悲劇に、ただただ泣くことしかできないBさん。しかしそこに追い打ちをかける人物が――。
Aさんの母であり、Bさんの姑です。
夫婦共同名義のマンションも遺産分割の対象に
姑「あんたなんかと結婚したから、Aはこんなに若いのに死んだのよ!」
Bさん「……」
姑「本当なら、違う人と結婚して、私たちにも孫ができて、幸せな毎日が続くはずだったのよ。全部、あなたがいけないのよ!」
Aさんの葬儀で、Bさんは姑から、散々、罵倒されました。そんな姑を親戚が止めに入りましたが、姑は姑で、子どもに先立たれ、錯乱状態だったのでしょう。Bさんにしても、何か言い返す気力など、ありませんでした。
それからしばらくたち、Aさんの遺産をどう分けるか、遺産分割協議の場が設けられました。出席者は、配偶者であるBさん、そしてAさんの両親。
「まだAが亡くなってから時間が経っていないというのに、不謹慎ね」と姑が皮肉たっぷりにいいます。それに対して、舅は「何をいっているんだ。いずれは話さないといけないことだ。早いも、遅いもないだろう」と、姑をたしなめてくれました。
姑「で、Aの遺産はどれくらいあるの?」
Bさん「自宅のマンションと、あとBさん名義の通帳が、この2冊。遺産といえるのは、以上です」
Bさんの2冊の通帳には、1,000万円ほどの貯金がありました。
舅「私たちは、もう年だから、いまさら遺産なんてもらっても仕方がないんだよ。だからAの遺産は放棄しようと考えて……」
姑「何いっているのよ! Aは私たちの子どもよ。なのに、結婚しているからって、この人に分けなきゃいけないなんて、おかしいと思わない?」
Bさん・舅「……」
姑「この人(=舅)がなんといおうと、私は、もらえるだけもらうわ。Aの貯金だって、あのマンションだって!」
Bさん「えっ、マンションって。私はこれからも、そこに住もうと……」
姑「そんなこと、関係ないじゃない! きちんとマンションも分けてちょうだい! それで、あんたとは、きれいさっぱり、縁が切れるわ!」
舅「おい! 少しは冷静になれ」
このあとも、姑の口撃はしばらく続きました。最終的に舅の仲介もあり、Aさんの遺産はすべて、Bさんが相続することになったそうです。しかし嫁姑の付き合いは、ゼロになったといいます。
現物資産の遺留分は、原則「金銭」で弁償
法定相続人について考えてみましょう。まず配偶者は絶対に法定相続人になります。配偶者以外の法定相続人には、優先順位があり、上の順位の法定相続人がいる場合には、下の順位の人は法定相続人になれません。
まず、第1順位の法定相続人は子供です。子供がいない場合には、第2順位に進みます。第2順位の法定相続人は直系尊属である父母です。今回の事例はこちらにあたり、法定相続分は、妻は3分の2、両親が3分の1となります。
嫁と姑の仲が悪い場合には、それこそ骨肉の争いに発展することがあります。不慮の事故や病によって両親より先に亡くなってしまうケースもあるので、争いにならないように気を付けたいところです。
相続トラブルの防止のためにも、有効なのは遺言です。今回の事例では、夫の両親が健在でした。もし、すでに亡くなっていた場合は、夫の兄弟、さらにその兄弟もなくなっていたら、姪や甥が法定相続人になります。そうなると、普段、付き合いがあまりないケースとなり、遺産分割の際にトラブルになりやすくなります。
しかし「全財産を配偶者に相続させる」という遺言書を残しておけば、兄弟姉妹には遺留分(=残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利)が認められていないので、トラブルには発展しにくくなります。
問題は、親には遺留分があるということです。今回の事例では、「全財産を配偶者に相続させる」という遺言書を残しても、親は遺留分が侵害されているとして、遺留分の金額に達するまでの遺産を取り返すことができるというわけです。
そして特に問題なのが、財産のなかに不動産がある場合です。これまでは財産を貰えなかったほうが、貰えたほうに対して「遺留分、よこせ!」と訴えた場合、財産は、預金であろうと土地であろうと株式であろうと、その請求された割合に応じて、均等に、貰えなかった方に移転していました。
しかし、この取り扱いには問題がありました。それは、遺留分の請求がされたあとには、土地や株式などの財産が、共有状態になってしまうという点です。実際にも、共有状態が原因でさらなる揉め事もたくさん発生していました
そこで2019年7月に、「遺留分の清算のやり取りは、すべて、お金でやってください」という改正がなされました。今後はすべて、お金で清算するということです。
しかし、お金が用意できないこともあるでしょう。そのような場合は、両者の合意があれば、現物(不動産や株式など)で、遺留分の清算をすることもOKとされています。しかし、その場合、所得税と住民税がかかることがあるので、注意しましょう。
【動画/筆者が「遺留分に対する課税」について分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人
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