事実婚夫婦が小料理店を開店…地元の人気店に
今回紹介するのは、Aさん・Bさん夫婦の話です。ふたりが出会ったのは、今から30年以上前。会社の上司と部下という関係でした。そのころAさんは前妻であるCさんとお付き合いをはじめて間もないころでした。そしてしばらくして、Cさんとの間に子どもができたことが判明。スピード婚&おめでた婚でした。
それから1年ほどして、AさんとCさんは離婚しました。実は、交際当初から、性格の不一致が露呈していたものの、子どもができたから結婚したのです。しかし、子はかすがいとはなりませんでした。
Aさんが離婚して、しばらく経ってから、Bさんとの交際がスタートしました。BさんはCさんとは真逆のタイプで、物静かな性格でしたが、食べ歩きが好きという趣味があったころもあり、意気投合。自然とお付き合いをするようになったといいます。
しかし、2人は籍を入れることはありませんでした。実は、Bさんにも離婚歴があり、結婚自体に良い印象をもっていなかったのです。2人でしっかりと話し合い、“籍を入れる”というカタチにこだわらない、と決めたからこそ、逆に絆が強まったといいます。
籍は入れませんでしたが、身内だけの小さな結婚式を挙げて、将来を誓い合ったAさんとBさん。また夫婦で話し合い、子どもはつくらず、2人で生きていこうと決めました。
Aさんは40歳を前に脱サラ。Bさんと一緒に、小さな小料理店を出すことになりました。食べ歩きが共通の趣味だった2人は、いつの間にか、「自分たちの店を出す」という共通の夢をもつようになっていたのです。そして人生も折返し地点となった40歳を前に、ふたりは意を決して独立を果たしたのでした。
それから二十数年。ふたりの小料理店は地元に愛される人気店になっていました。
「いつも仲がいいね、おやじさんと、おふくろさんは」と客がふたりをはやし立てる光景は、お店の日常になっていました。そんなある日のこと。小料理店のドアに、1枚の張り紙がありました。
「しばらくの間、お店を休業します」
事実婚の夫が急死し、前妻の子どもが登場!
それは突然のことでした。いつものように、Bさんよりも早くAさんは仕込みのため早く家を出ました。それから遅れること2時間。Bさんが店に到着したとき、テーブルに伏せたAさんがいたのです。
最近、心臓を悪くしていたAさん。急な発作だったといいます。
最愛の夫との急な別れに、ショックで立ち上がれないBさん。親族の手を借りて、何とか葬儀を終えたものの、店は再開することはできなかったのです。そろそろ店を開けようかなと、店に来てはみるものの、ドアの張り紙を剥がすことはできずにいました。
そんなある日のことです。
いつものように、Bさんが店に来たものの、開店させることはできず、ただカウンターに腰を掛けていたとき、店のドアをトントンと叩く音がしました。
「すみません、今日は休みでし……」と扉を開けたとき、そこに1人の男性が立っていました。年は30代くらい、どこかAさんに似ている――。
「もしかして」
「私、Aさんの実の子どもです。亡くなったと聞いて」
「そうなんですね。とりあえず、中に入ってください」
Bさんが、AさんとCさんとの子どもと会うのは、これが初めてでした。生前、Aさんも離婚以来、子どもとは会っていないといっていました。
「すみません、急なことで、亡くなったことを知らせることもできずに……」とBさん。すると、Aさんの息子も、「いいえ、父とは一度も会ったこともないので、知らせを受けたところで、葬儀に参加することはなかったので」といいました。
イヤな沈黙が店の中に流れていた時のこと。口を開いたのは、Aさんの息子でした。
「今日、伺ったのは、Aさんの遺産のことです。私と父は、20年来会ってもいないとはいえ、血の繋がった親子です。私には相続の権利があります」
Bさんは、そのとき初めて相続のことを考えたといいます。そしてすぐに事が悪い方向に向かい始めていることを悟ったそうです。Aさんの息子は、話を続けます。
「父に遺産ってありますよね。ここ、繁盛店だったと聞いています。ふたりには子どもはいないとも聞いています。それなりに貯金だってあるはずです」
「はい、Aさん名義の口座はあります」
「この店の名義は?」
「Aとの、共同名義です」
「じゃあ、父の名義のものは、私が相続する権利がありますよね」
この後も、Aさんの息子は根ほり葉ほり、Aさんの遺産のことを聞いてきました。AさんとCさんが夫婦だったのは、1年ほど。「自分たちは、籍を入れてないとはいえ、20年以上、連れ添った夫婦なのに」「2人で築いた財産なのに、一度も会ったことのない前妻との息子に取られるなんて」。考えれば考えるほど悔しい思いがあふれ出てきましたが、後の祭り。結局、Aさん名義の財産はすべてAさんの子どものものに。2人の店も閉店することにしたといいます。
親が離婚しても血の繋がった子どもは、相続権をもつ
これからは事例のように、今までの婚姻制度に捉われない「事実婚」という形式を選ぶ夫婦も増えてくるかもしれません。そのとき、現行法では籍を入れていない妻(夫)は相続人になれないので、もし財産を残したいと考えるのであれば、遺言書は必須です。
遺言書がない場合、法定相続人全員での話し合い(遺産分割協議)によって遺産の分け方を決めていくことになります。遺産分割協議に参加できるのは、法律で決められた法定相続人という立場を持った人だけなのです。
いくら生前中に仲が良くても、たくさんお世話をしたとしても、法定相続人でない人は1円たりとも相続することができません。
配偶者は必ず法定相続人になり、配偶者以外の法定相続人には、優先順位があります。上の順位の法定相続人がいる場合には、下の順位の人は法定相続人になれません。
まず、第1順位の法定相続人は子どもです。それでは、次の家族の場合(図表1)には、法定相続人は誰になるか考えてみましょう。
正解は、後妻(現妻)と、後妻との間の娘、そして前妻との間の息子です。血を分けた子どもであれば、まぎれもなく法定相続人になります。離婚をすれば、前妻前夫は他人なので相続権はありませんが、血を分けた子どもはずっと相続権をもっているのです。
なお、相続税の観点からは、配偶者と子ども(代襲相続の孫を含む)と両親以外に財産を残した場合には、「相続税の2割加算」という制度の対象になってしまいます。つまり、相続税を1.2倍で支払わなければいけません。
また遺言書を残す際には、「遺留分」を意識しましょう。遺留分というのは、「残された相続人の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利」のことをいいます。
遺留分は、法定相続分の半分が目安となります。相続が発生し、遺言書の中身を見てみたら、自分は法定相続分の半分も相続されない(=遺留分が侵害されている)ということになれば、遺留分相当額に達するまでの遺産を取り返すことができるというわけです。
遺留分の侵害は、意外と簡単に起こります。たとえば不動産が遺産のなかで占める割合が大きい場合。不動産はすべて長男、残りの遺産は長女に相続させようと遺言書を作った場合で、簡単に長女の遺留分を侵害してしまいます。
また、会社オーナーにおいても同じ問題が発生します。会社の株式は後継者である長男に、残り財産は長女に残そうとすると、その会社の株式の評価額が大きければ、長女の遺留分を簡単に侵害してしまうのです。
事例の場合でも、「Aさんの財産はすべてをBさんに」という遺言書を作っても、Cさんの子どもが遺留分の侵害を訴えれば、遺留分相当額はCさんに渡さないといけません。
【動画/筆者が「遺留分」について分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人