年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、子どものいない夫婦に起きた相続トラブルについて、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

長年連れ添った夫婦に、突然不幸が……

先日、金婚式を迎えたAさんBさん夫婦。毎年、旅行に行くのが趣味という、元気いっぱいのふたりでした。

 

AさんBさん夫婦にはお子さんがいました。しかし生まれつき重篤な病気があり、小さいときに亡くなってしまいました。

 

「そのとき、わたしはまだ20代でしたから、もう一人子どもを……という親戚もいましたが、もうあんな悲しい思いはしたくありませんでしたから。夫婦二人で生きていこうと決めたんです」と、妻のBさんは当時を振り返ります。

 

まだまだ夫も元気とはいえ、もうすぐ80歳。そろそろ、長い時間の移動はしんどくなる年齢です。

 

「遠方への旅行は、最後かもしれませんね」

 

そんな会話を夫婦でしていたときのことです。最近具合が悪いといっていた夫が検査をうけたところ、末期がんであることがわかりました。

 

「この前まで、あんなに元気だったのに……」

 

夫の余命は半年ほどと告げられ、悲観するBさん。年齢的にも手術は難しいので、ふたりで話し合って、積極的な治療は行わないと決めて、残された夫婦水入らずの時間を穏やかに過ごすことを選択しました。

 

「最後に旅行に行けたらよかったんですけどね。でも、終わりが見えていたので、逆に充実した時間を過ごせましたよ」

 

Aさんが旅立たれたのは、余命宣告から1年ほど経ったころ。穏やかな最期だったといいます。しかし穏やかだったのは、そのときまでだったのです。

 

最期まで夫婦一緒に
最期まで夫婦一緒に

 

ひと通りの葬儀が終わり、ほっとひと息をついたときのこと。Bさんのもとに、甥と姪から連絡が入りました。Aさんは、3人兄弟の末っ子。兄弟はすでに他界していました。甥(長男の子ども)と姪(次男の子ども)が幼かったころには親戚同士の付き合いはありましたが、Aさん・Bさん夫婦の子どもが亡くなってからは疎遠に。ここ何十年も年賀状のやり取りをする程度の関係になっていました。

 

そんな甥と姪から「Aさんの葬儀に出られなかったので、線香をあげに行きたい」という申し出があったのです

 

「顔を合わせるなんて、何十年ぶりかしら」

 

連絡があった週の日曜日。甥と姪がBさんの家を訪れました。記憶では甥も姪も子どもでしかなかったので、おじさん、おばさんと呼ばれても何ら違和感のない二人に、時の流れを感じました。そして二人が線香をあげ終わり、三人でお茶をすすっていたときのことです。甥が話出しました。

 

甥「おばさん、相続のことなんだけど」

 

Bさん「相続!?」

 

姪「そう、相続。私たちにもおじさんの遺産を相続する権利があるのよ」

 

Bさん「そうなの?」

 

甥「そうだよ、知らなかったの、そんなことも」

 

Bさん「ごめんね、わたし、そういうの疎くて」

 

姪「まあ、いいわ。私たち、別に遺産を多くもらおうとは思ってないの。決まっている分だけもらえたら、それでいいと思っているの」

 

甥「それで、おじさんの遺産ってどれくらいあるんだろう」

 

Bさん「遺産……家は夫婦の共同名義。あと、毎年旅行にいくのが楽しみだったから、貯金があるわ」

 

姪「貯金は、おばさん名義の?」

 

Bさん「趣味のためとか、何かあったときのために、と貯めていたお金は、基本的にあの人の口座に入っているわ。ちょっと待っていてね」

 

そう言って、タンスの中にあるAさんの貯金を持ってきました。そこには、2,000万円ほどの貯金がありました。

 

甥「じゃあ、この家と、おじさん名義の貯金が遺産となるわけだ」

 

姪「この家には、これからもおばさんが住むんだから、私は放棄していいと思ってる。貯金から分けてもらえる分を分けてもらえたら、それでいいわ」

 

甥「おれも、それでいいと思う。どう、おばさん。円満な解決だと思わない?」

 

Bさん「……そう、そうね」

 

Bさんは甥と姪が言うがままに、遺産分割に応じました。

 

「年金もあるし、これから生活に困ることはないと思うの。でも、数十年ぶりにあった親戚に夫婦で貯めたお金を遺産として分けなければいけないというのは、気持ちが良くないものね」

姪や甥も法定相続人となる「代襲相続」

遺言書がない場合に、法定相続人全員での話し合い(遺産分割協議)によって遺産の分け方を決めていきますが、遺産分割協議に参加できるのは、法律で決められた法定相続人という立場を持った人だけです。

 

いくら生前に仲が良くても、たくさんお世話をしたとしても、法定相続人でない人は1円たりとも相続することができません。また、法定相続人が全員揃っていないのに、勝手に進めた遺産分割協議は無効です。

 

まず、配偶者は必ず法定相続人になります。内縁関係や事実婚など、戸籍上の配偶者となっていない場合には、その人は法定相続人にはなれません。また当然、離婚をした場合には、元夫、元妻は相続人にはなれません。法定相続人になるには、婚姻期間は関係なく、変な話、結婚してからすぐに相続が発生しても、遺産を相続する権利は発生します。

 

配偶者以外の法定相続人には、優先順位があります。上の順位の法定相続人がいる場合には、下の順位の人は法定相続人になれません。まず、第1順位の法定相続人は子供です。

 

子供がいない場合には、第2順位に進みます。第2順位の法定相続人は直系尊属である父母です。[図表1]のように亡くなった人の妻と、亡くなった人の両親が法定相続人になります。そして、子供も父母もいない場合には、第3順位に進みます。第3順位の法定相続人は兄弟姉妹です。

 

子どもがいない夫婦で、親も兄弟も亡くなっていたら、甥や姪も法定相続人になる
子供がいない夫婦で、親も兄弟も亡くなっていたら、甥や姪も法定相続人になる

 

さらに、本来、遺産を相続するはずだった子供が先に亡くなってしまっている場合には、その相続する権利は孫に引き継がれます。これを代襲相続(だいしゅうそうぞく)といいます。さらに代襲相続は、兄弟姉妹が相続人のときにも起こります。つまり甥や姪が法定相続人になることもあるのです。今回の事例は、これに当たります。兄弟姉妹の間の相続は、みな歳が近いので、すでに兄弟が亡くなっていることがよくあります。そのため、この代襲相続は実務上、よく見るケースです。

 

法定相続人が多くなればなるほど、遺産分割協議で話し合いをまとめるのが大変になります。このような場合には、遺言書があると非常に手続きが楽になります。

 

 

【動画/筆者が「遺言書の種類」を分かりやすく解説】

 

 

橘慶太

円満相続税理士法人

 

 

 

 

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