世界トップレベルの火力・原子力発電技術を持ちながらも、市場環境の悪化により今や崖っぷちとなった日本のエネルギー事業。エネルギー危機を乗り越え、次世代に向けたエネルギー問題に対処するために必要なものとは何でしょうか。本記事は、日本総合研究所が執筆した『エナジー・トリプル・トランスフォーメーション』(エネルギーフォーラム)より一部抜粋し、次世代の新しいエネルギーシステムについて考察します。

苦境に陥る日本の重電メーカー

東日本大震災以降、原子力発電の稼働低下を補うために天然ガス火力と石炭火力が大増設された。新たに市場参入した新電力が天然ガス火力で自己電源を確保したり、発電コストの低い石炭火力発電を増設してきたことが背景にある。発電市場は明らかに供給過剰状態にある。

 

さらに、環境アセスを回避するための11.25万kW未満の石炭火力の計画が多発すれば、石炭火力に対する国際的な批判が高まり、環境省が石炭火力発電に対する態度を硬化させたことで石炭火力の建設はハードルは上がっている。

 

その結果、火力発電メーカーは、国内で新設案件が先細りとなり、十分な事業規模が確保できない状況にある。火力発電市場の将来性がさらに不透明になれば、事業投資をする事業者はいなくなる。

 

原子力発電については国内の新設案件が見込めなければ、企業は安定した事業資源を保てなくなる。国内市場なしにエネルギーインフラ輸出だけで事業を維持することは難しい。2022年にドイツの脱原発が実現すると、原子力発電への風当たりは一層強くなろう。

 

風力発電の拡大に期待する重電メーカーもあるが、日本国内での導入量が365.3万kWと欧州と比較して微々たる規模にとどまるなかで、中国勢やGEなどの海外風力発電メーカーと競争するのは、容易なことではない。

 

注:一般社団法人日本風力発電協会ニュースリリース(http://log.jwpa.jp/content/0000289646.html)

 

こうした市場環境が続けば、半導体や液晶のように、日の丸重電メーカーの統合が話題に上る可能性もある。三菱重工業と日立製作所が火力発電事業を統合した背景にも火力発電事業の先行きの厳しさがある。

枯渇する技術人材

団塊の世代の退職で技術者が大幅に減少することも大きな問題だ。「団塊ジュニア」といわれる世代が退職する時期になると、日本の発電技術を支えてきた技術者は大幅に減少する。新規研究開発への投資が細り、若手のいない研究開発組織も多いとされ、日本が世界トップレベルの技術力を誇ってきた火力発電や原子力発電の技術の伝承が危ぶまれている。

 

新たな人材を育てようにも、原子力については、専攻する学生が激減しているとされる。社会的な意義から解体技術、廃炉技術に興味を持つ学生は一定程度いるとされるが、原子力発電の技術を維持するためには一定の新設需要が必要だ。国内の新設停滞で官民で海外輸出を進めたが、東芝の経営問題、原発の安全コストの上昇などで実を結んでいない。今や技術開発や原発新設の仕事をするには中国企業に行くしかないとの声もあがる。

 

部品点数が少ないため故障リスクが抑えられ、制御不能な核連鎖反応が起こりにくいとされる数万~30万kW規模の小型モジュール炉(SMR)の開発も注目されるが、現時点で、その実現性は定かでない。軽水炉とともに有力といわれる高速中性子炉を開発するテラパワーへ出資するマイクロソフト創業者のビルゲイツは、SMRの可能性を高く評価するが、SMRの開発で先行するアメリカでも、実用化は2030年頃といわれ、技術を継続するための足がかりとはなりにくい。

 

先が見えない仕事に就きたいと思う学生はいないから、これからは火力発電も同じような状況に陥り得る。地球温暖化問題を物心つく頃から繰り返し聞かされた学生が座礁資産論を目にし、電力会社での石炭火力の運営や研究開発の仕事を敬遠する可能性は十分考えられる。

 

地方の人材不足はさらに深刻である。製造業の工場撤退や上下水道、公共インフラ設備投資の減った地方からは、技術者が引き揚げ、インフラメンテナンスの東京依存が進んでいる。地方のビジネスホテルに行くと、都市圏からの作業服を着た出張技術者に遭遇することも多く、地方には技術者が住まいを持ち、働く場が減り続けていることが実感できる。

 

エネルギー危機を乗り越えるための要件

戦後、日本のエネルギー政策は、電力需要が拡大することを前提につくられてきたが、今後は、電力需要の減少を前提として組み立て直すことが必要となる。その際、電力会社の投資余力が細るなかで、どのように再生可能エネルギーの大量導入を図るかについては、以下の3点を考慮する必要がある。

 

1つ目は、座礁資産化しかねない投資をいかに抑えるかである。2020年代の集中的な火力発電の退役に対して単純な建て替えを行うことは将来のリスクとなり得る。再生可能エネルギーについても、送電線への投資が押さえられれば、計画どおりに発電が行えない可能性がある。

 

2つ目は、国際的に競争力のある産業を生み出し得るエネルギーシステムに限られた投資資源を集中するための戦略的な発想が求められることだ。日本は、将来のエネルギーシステム像が定まらないことがエネルギー産業の競争力低下につながったという反省が必要だ。国内のエネルギー産業が衰退し、投資資金や技術の海外依存度が高まると国民負担の増加につながる。

 

3つ目は、エネルギー市場の魅力を高め、従来のエネルギー産業の枠組みを超えた広い産業分野から資金を呼び込むことである。エネルギーは、すべての産業や国民生活のインフラだから多くの産業と接点がある。エネルギー産業自体に投資余力がなければ、他産業の力を借りるしかない。

 

それには、エネルギーを取り巻くこれからの変化を捉え、時代を先取りしたものである必要がある。EUが先行した「送電線内の電力のグリーン化」に縛られたエネルギーのビジョンを掲げても、再生可能エネルギーの事業環境が不利な日本でEUほどの成果が上がる訳ではないし、世界的な産業が生まれる訳でもない。また、本格的な低炭素の時代、あるいは次世紀には必ずやって来る化石燃料枯渇の時代に向けた最終的な解が得られる訳でもない。

 

日本が次世代に向けたエネルギー問題に対処するために何より必要なのは、起こり得る変化を捉える眼と変化を乗り越えるための創造性である。そこで念頭に置くべきなのは、エネルギーについて必然的に起こる3つの変革(Transformation)である。

 

1つ目は、電力を需要家に届けるための仕組みの変革である。これまでは、大規模発電に適した土地に大型の発電所を建設し、長大な送電網(Grid)を敷いて需要家に電力を届けた。このシステムがなくなることはないが、これだけでエネルギーを取り巻く問題を解決することはできない。そこで生まれるのが、電力を届けるための仕組みの変革、Grid Transformationである。

 

2つ目は、化石燃料の役割を代替し得る燃料の変革である。エネルギー密度が高く、可搬性があり、さまざまな需要に対応できる化石燃料は、現代社会の基盤である。再生可能エネルギー由来の電力は、エネルギーとしての機能において化石燃料に遠く及ばない。我々が追求しなければならないのは、地球温暖化問題を解決し、将来の化石燃料の枯渇を克服し、化石燃料の機能を代替し得る、次世代の燃料への転換、Fuel Transformationである。

 

3つ目は、エネルギーが生み出す価値の変革である。我々の生活、産業活動はエネルギーに関わるさまざまな設備、機器によって支えられている。そして、これらの殆どすべてが制御のためのデータで繋がれている。そこで求められるのが、AI / IoTの時代に向けて、エネルギーに纏わるデータの価値を最大限に生かす、Energy Data Transformationである。

 

本書(『エナジー・トリプル・トランスフォーメーション』)次章では、これら3つの変革(Transformation)について述べていこう。こうした変革を捉えるために欠かせないのが、次世代指向の魅力あるエネルギーシステムのビジョンと、それを実現するための政策である。

 

 

株式会社日本総合研究所

〈執筆者〉

井熊 均
日本総合研究所 創発戦略センター 専務執行役員

瀧口 信一郎
日本総合研究所 創発戦略センター シニアスペシャリスト

木通 秀樹
日本総合研究所 創発戦略センター シニアスペシャリスト

 

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エネルギービジネスのヒントが満載! 「グリッド」「燃料」「デジタル」――エネルギーの未来を拓く三大改革と次世代システム実現に向けたロードマップ。 目次 はじめに 第1章 日本をとりまく4つのエネルギー危機 …

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