「お金を追いかけ始めたらおしまい」と心得よ
コンサルティングという仕事柄、お会いする経営者の方々は、深刻度に濃淡はあるものの、何かしらお金の問題を抱えています。
ある社長さんは、「お金を追いかけ始めたらおしまい」と、どんなに苦しくても研究開発費だけは削らずに維持し続けました。もちろん、目先のお金のことだけ考えればすぐに利益を生まない開発費を削ったほうが、数字上業績は上向きます。しかし、こうした場当たり的な対応では、遠くない将来、競争力が衰えることは目に見えています。
お金を追うな、価値を追え
これは稼ぎ続けるための鉄則です。
一方で、お金だけ追って価値を追わない経営者もたくさん見てきました。創業当時は価値を追いかけていても、苦しくなるととたんにお金を追い始めるのが経営者というものです。お金を追い始めると、顔が変わります。本当に醜く下品になってしまうのです。
この話をするとき思い浮かぶのが、以前親しくしていたある経営者のことです。彼とはよく一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりしていました。気のいい人で、金まわりがいいときはとても羽振りがよく人気者でした。
しかし、次第に商売がうまくいかなくなると、金策のためにお金を追いかけ始めました。すると、それにつれて、食事をする店のレベルが、どんどん低下していきました。値段が高い店から安い店になった、ということではなく、お店の客の人相が悪くなっていったのです。
「どでかいことをやってやろう」これが彼の口癖でした。事業を立て直すのではなく、〝どでかいこと〞、つまり短期的にお金が儲かりそうなことに取り憑かれてしまったのです。そうなるともうおしまいです。残念なことに、その人とは音信が途絶えてしまいました。
どんなに苦しいときも、お金や地位ではなく、価値を追う。その大切さを子どもに伝えていくことが「稼げる大人」にするために、とても重要なのです。
「こういう人がいたよ」と三人称で話すよう心がける
具体的に、どのようにして子どもに「価値を追う重要性」を伝えればいいのでしょうか。「価値を追う重要性」に限らず、子どもに何かを伝えたいとき、私自身は、たとえ話、経験談をよく話していました。
おもに、「こういう人がいた」「こんな本を読んだ」という自らの経験から得た話、自分が親から聞いた話などが中心です。話し方で気をつけていたのは、「あなた」「お前」を主語にした二人称を使わないことです。
×「〇〇しなさい」
ではなく、
〇「今日、〇〇している人に会って、素敵だった」
×「(お前は)もう少し物事を丁寧にやるべきだ」
ではなく、
〇「今日読んだ本に書いてあったけど、丁寧にやる人と雑にこなす人とは、生涯年収がこんなに違うらしいよ」
いいたとえも、悪いたとえも、「こういう人がいたよ」と三人称で話すよう心がけることで、100言えば100すべて頭のなかに入っていきます。
一時期、『孫子』に凝ったことがあり、感じ入った言葉については、よく子どもたちにも話していました。「夫未戰而廟算勝者、得算多也。未戰而廟算不勝者、得算少也(夫れ未だ戦わずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり。未だ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり)」という大好きなエピソードも話して聞かせたことがあります。
廟(びょう)とは祖先を祀る霊廟のことで、昔の武将は、戦の前に祖先の廟で作戦会議を開くのが常でした。戦うということは、廟で考えた計画の正しさを証明するにすぎないというのです。
つまり、いつも物事に追われアップアップしている人は、目の前の状況に必死になって自分を失ってしまいます。事前にしっかりした目標と行動計画があれば、なんとかなるのです。
このエピソードも、
×「事前に行動計画をしないと失敗するぞ。ちゃんとやれよ」(二人称)
と語るより、
〇「『孫子』を読んでいたら感心した言葉があったんだよ。昔の強い武将は……」(三人称)
と自らの感動をもって伝えるほうが子どもの心にすっと入ります。私の場合は、息子に説教できるほど自分が優秀ではないというのも理由なのですが……。
しかし、自分にできないことを押しつけるのはよくない、というのは子育て中、常に思っていました。子どもはそういう親の身勝手さを敏感に察知するものですし、できないくせに完璧さをよそおってもボロが出ます。
また、「子どもと話そう」「子どもに伝えよう」と強く意識しなくても、自然に会話が生まれる家の間取りや家族の雰囲気も重要です。
マンションを買うとき、子ども部屋に行くには必ずリビングを通らなければならない間取りを選びました。以前、知り合いの建築士から「子どもが部屋にこもる間取りはよくない」と聞いていたからです。その間取りのおかげで、家族同士が顔を合わせる機会が自然に増えました。
4人の子どもたちをひと部屋に詰め込んでいたので、プライバシーもありません。また、家族の会話の基礎になるのは夫婦の会話です。夫婦に会話がないのに、親子間に会話が生まれるわけがありません。妻にも子どもにも自分から積極的に話しかけることを心がけていました。
林 總
公認会計士林總事務所 公認会計士/明治大学特任教授