「人生100年時代」となった日本。高齢化に伴い、認知症患者数も右肩上がりに増えています。家族や会社の人に迷惑をかけないため、事前の「相続対策」は必須といえます。特に中小企業経営者の場合、手遅れになってしまったときの損害は計り知れません。そこで本記事では、新月税理士法人の佐野明彦氏が、実際の事例を紹介し、生前対策の重要性を解説します。

真っ直ぐな性格のワンマン社長が認知症になった話

認知症になる人の数は年々増加し、介護が社会問題となっている今、第一線で頑張ってきた社長が認知症になるケースも珍しくありません。

 

根拠があるわけではありませんが、我々の経験上、きちっとしていて働き者でとても頭も良く几帳面な人が、どういうわけか認知症になりがちなように感じます。あの「鉄の女」といわれた保守的で強健なイギリス元首相のマーガレット・サッチャー氏でさえ、晩年は認知症だったと伝えられています。

 

とても頑固で頑張り屋さん、会社もどちらかというとワンマン経営、不真面目なことが大嫌いで真っ直ぐな性格の社長がいました。そんな性格だから隠しごとなんてありません。本当に裏も表もなくきっちりされていて、私どもの事務所とのやりとりも滞ることなどありませんでした。

 

ところが、ある時からちょっとした会話がかみ合わなくなってきたのです。「先日お願いしていた書類、いつ送っていただきましたか?」とお聞きすると、「昨日送りました」と返事をされたため、安心して書類を待っていたのですが、一向に届きません。社長に頼まれた書類を作って持って行っても社長の反応が鈍く、どこか上の空でした。

 

そんなことが続いたため、何か失礼なことでもしたのだろうかと思い、息子さんに確認をすると「実はちょっと最近おかしいのです」と話されました。税理士は日々生活を共にしているわけではないので、認知症の兆候に気づかない時があります。きちんと挨拶もしてくださるし話の筋道も立っています。「仕事の疲れからちょっともの忘れをされているのかな」と思う程度ですので、よくよく意識して観察していないと、社長が認知症であることに気づかないのです。

 

私ども税理士とは違い、日々社長と接しているご家族は本当に大変です。注意しておかなければ数多くの契約や承諾などを平気でしてしまうそうなのです。会社の実印を簡単に押してしまい、聞いたことのない製品がいくつも運び込まれた時には、その後の返品処理が大変だったとおっしゃっていました。

 

表面上はきっちりしているので相手方もなかなか認知症とはわかりません。社長自らその場で押印されるので、相手も喜んで契約を結んだということです。

 

しかし社長は契約を結んだ自覚がないので、皆に迷惑をかけても悪いことをしたなどとは全く思っていません。そのため、社員の皆さんや関係会社の方たちも対応に困っていたようです。

 

そんなことが何度か続き、「このままではまずい」と思ったご家族の方々が、社長が不在の時に会社の印鑑を総出で捜したのですが、どこにもありませんでした。帰ってきた社長に聞いても「ちゃんとあるから大丈夫だ」と返されるだけです。何度も「会社の大事な印鑑がない」と説明しても、まるで商談をしているかのように上手にはぐらかされてしまいます。もともと頭がよく、知恵も働く方でしたので本当に上手にかわされます。

 

認知症になる前は隠しごとなど何もなかったのに、認知症になった途端に「その人のすべてが隠しごと」に見えるようになってしまったのです。社長に悪気がないだけに責めることもできないまま、ありえない出来事の連続でご家族は疲労困憊していきました。

 

やがて社長の物忘れは激しくなり、会社の大事なものが忽然と消える事態は収まりを見せません。ご家族と社員で日々探しまわる一方で、当の本人は忘れたことも忘れ、無邪気な子供に戻ったかのようです。

 

小さい時はきっと木登りが好きだったのでしょう。とうとう会社の門の横にある木に登るようになり、会社で飼っていた犬もびっくりして小屋から出て来ずに社長を見つめるようになりました。

 

先ほど、裏表がなくきっちりしている社長ほど認知症になりやすいように感じると言いました。では、色々な隠しごとをしている社長はどうでしょうか。もしかしたら毎日「ばれやしないか」と妻の顔色を窺うことで、とても頭が使われているのかもしれません。そして、実はそのおかげで認知症を防いでいるのかもしれませんね。

 

お客様の中には、毎回「私、ボケていませんか?」「大丈夫ですか?」と聞かれる方がいます。そんな時、私は「隠しごとをしましょう」と言うべきなのでしょうか。

 

「頑張り屋さん」こそ認知症になりやすい?
「頑張り屋さん」こそ認知症になりやすい?

いつ何があるかわからない…事前の相続対策は必須

お客様の中には「結局、相続税はいくらなの?」と、相談の段階から結論を要求される人がいます。お客様も千円単位まで知りたいと思っているわけではないでしょうから、当然、わかるところまでの金額は示させていただきます。

 

ただし、私ども税理士は、相続に関する依頼を受けた際、財産額や債務額などの数字を事務的に淡々と計算するだけでは済まないのです。実はとても深くお客様と関わっていくことになるのです。

 

「お父さんが亡くなってね……」このような言葉からはじまり、かけがえのない一人に実際にあった「お金にまつわるストーリー」を、相談者である相続人から聞いていかなければなりません。

 

我々が相続税を算出するまでには、亡くなられた方の人生そのものを生まれた時から遡りなぞっていきます。それは、あたかも一つの私小説を読むように、戸籍や通帳、証書を読み解くのです。そして、現在のご家族がどういう状況なのか、相談者のご自宅でお話しを伺っていくなかで、自分自身の生き方や死に方についても考えさせられます。

 

相続では、残念ながら大切な方が亡くなったにもかかわらず、その方の財産をめぐって争いが起き、家族の気持ちがバラバラになってしまうこともあるようです。そのため、最近では「争続」とも呼ばれています。相続の仕事に携わる時には、本当に、亡くなった方がいつも私たちのそばにいるように思えます。その方たちが「遺された家族のためにどうかよろしくお願いします」と言っているように感じるのです。そんな時は手を合わせて本当に祈りたくなります。

 

我々が大好きなご夫婦がおられました。いつまでも仲良しで理想のご夫婦でした。ご主人が亡くなられたとお聞きして、ご霊前に手を合わせにお伺いした時のことです。奥様はご主人が亡くなられた時のことを、ポツポツとお話しになったのです。何でもない日のゆったりとした時分、ご主人はお昼寝をされていたそうです。そして起き上がろうとしたその瞬間、切迫した病気があったわけでもないのに様子が急変し、ロウソクの火がふっと消えてしまうように一瞬で亡くなられたということでした。

 

亡くなられる3日前、ご主人はなぜか突然「99%、君を愛しているよ」とおっしゃったそうです。その時、奥様は「この人ったら何を言っているのかしら」と笑っていたらしいのですが、亡くなった後に、「どうして99%だったのかしら」と考えてしまったそうです。

 

我々が「どうして100%じゃないのでしょうか?」とお聞きしたところ、奥様は「100%って言ったら、嘘っぽいからじゃない?」と笑顔で答えてくれました。本当のことなんて誰にもわかりません。人はやはりちょっぴり隠しごとはあるのです。けれどもそれでいいのでしょう。そして、我々は相続税の申告書を税務署にお出しします。

 

「お父さんが亡くなってね……」「いろいろあったけど、お父さんがよかった」「けっきょく相続税はいくらだったの?」毎年、お正月に自分の隠しごとを披露して、皆でちょっと驚いて笑い、相続のことを普通に話題にできる。そのような、ちょっとだけ隠しごとと面白味がある楽しい人生がよいのかもしれません。

妻に隠しごとがあるオーナー社長の相続対策

妻に隠しごとがあるオーナー社長の相続対策

佐野 明彦

幻冬舎メディアコンサルティング

どんな男性も妻や家族に隠し続けていることの一つや二つはあるものです。妻からの理解が得にくいと思って秘密にしている趣味、誰にも存在を教えていない預金口座や現金、借金、あるいは愛人や隠し子、さらには彼らが住んでいる…

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