全米で600校ある「リベラルアーツカレッジ」
ボーディングスクールに入学したと思ったら、あっという間に大学受験です。またあのアドミッションプロセスかと思うと気が滅入ります(関連記事:『ボーディングスクールの「受験対策」…合否のポイントは?』。
誤解のないように言っておくと、ボーディングスクールにはカレッジカウンセリング専門の先生がいます。大学入試では、保護者のエッセイと面談はないので、保護者が一切関わらなくても大学受験のアプリケーションプロセスは子供とカウンセラーの間で進んでいきます。ボーディングスクールにも多くの大学が訪問し、学校説明会を行なってくれますが、そうはいっても子供も悩みます。
アメリカの大学は、学内案内と学校説明会を頻繁に開催しているので気軽に参加できます。ただし、アメリカは広いので、車がないと子供が自分だけで学校訪問することは難しく、子供に学校訪問の付き添いを頼まれると、保護者は休暇を取って、レンタカーを借りて、一緒に大学を訪問することになります。
日本人にはあまり知られていませんが、約600のリベラルアーツカレッジが、アメリカの大学教育の中心を形成しています。そのなかにはアイビーリーグに匹敵するようなリベラルアーツカレッジもあり、隠れた名門校のことを“The Hidden Ivies”と呼んでいます。
ほとんどのリベラルアーツカレッジには大学院がなく、教授の仕事の中心は学生への指導で、少数精鋭の教育を行っています。学生はリベラルアーツカレッジで勉強し、自分のやりたいことを見つけ、就職するか、総合大学の大学院で専門的に勉強します。
リベラルアーツ教育は、物事の本質を見極める洞察力を育む教育です。世の中がどんどん変わっていくなか、何が正解かわからない時代にこそ必要な教育です。ハーバード氏が、リーダーシップを発揮できる人を育てるリベラルアーツ教育を1600年台に始めて、それを今でも続けている大学がアメリカにはたくさんあるのです。
米東海岸名門「リベラルアーツカレッジ」11校を訪問
筆者は、今の世の中に必要なものは、まさにリベラルアーツで行われている教育だと考えるようになり、リベラルアーツカレッジのなかでも、アメリカ東部にあり、かつトップレベルの質を有する“NESCAC” (ネスカック)New England Small College Athletic Conference(Amherst, Bates, Bowdoin, Colby, Connecticut College, Hamilton, Middlebury, Trinity, Tufts, Wesleyan, Williams)に所属する名門リベラルアーツカレッジを中心に見学することにしました。
まずは名門中の名門Amherst Collegeへ。Amherstは、オープン・カリキュラムという、専攻以外に必修科目がないことで有名です。学生自身が自由に学びたいことを学ぶという、まさにリベラルアーツカレッジらしい大学です。学校説明を聞いた講堂には同志社大学の創設者の新島襄氏の額が飾ってあり、日本人としてはとても誇らしく思いました。大学のすぐ近くには日本食、ベトナム料理、中華料理のレストラン、また車で10分程度のところにショッピングモールがあり、生活には困りません。
そして、マサチューセッツ州の西部に位置するWilliams Collegeへ。アメリカの最難関の大学のひとつです。特に紅葉の美しさで有名なモホークトレイルの西の終点から更に西に行ったところにあるウイリアムズタウンという街に大学はあります。こういうところで自然科学、社会科学、芸術などあらゆる分野を学び、幅広い教養を身につけるなんて羨ましいと感じました。学生にとっては大変かもしれませんが、学生2人、教授1人がチームとなって幅広く学ぶ“Tutorial”というプログラムが特に有名です。
Hamilton Collegeは森の中にある学生数2,000人弱の大学です。ニューヨーク州のクリントンという街にあるのに民主党の大統領候補で争ったサンダース氏が教鞭をとっていた学校です。生徒たちは一般教養科目について自由に選ぶことができることで知られています。最近ではゴールドマンサックスのCEO に就任したDavid Solomon氏の出身校として話題となった学校です。
ニューヨーク州のハミルトンにあるColgate Universityが、リベラルアーツカレッジであるにもかかわらずUniversityを名乗っているのは、大学院生が毎年数名いるというのが理由です。そのキャンパスの美しさには驚きました。キャンパスに車で入っていくと綺麗な池があります。緑も美しく、環境としては申し分ありません。すべての学生は、その専攻に関わらず、“Liberal Arts Core Curriculum”を2年生までに履修します。リベラルアーツカレッジのなかではやや保守的な印象のする学校でした。
ニューヨーク州ポキプシーにあるVassar Collegeはセブンシスターズの一校で、もともとは、有名女子大学でしたが、今は共学です。大山捨松が学んだことで知られています。1871年に渡米した捨松は、高校を卒業後Vassar Collegeに進学し、優秀な成績で卒業しました。1871年は留学生自体が珍しかった時代でしょう。そんなころから日本との関係があった大学への訪問はとても感慨深いものでした。電車に乗れば、ニューヨークマンハッタンのグランドセントラル駅まで約2時間半程度で着くので、インターンシップ、就職活動などにはとても便利な場所にあります。
コネチカット州ミドルタウンにあるWesleyan Universityは、Williams College、Amherst Collegeと共にリトル・スリーの一校で、日本人には大変良く知られている大学です。リベラルアーツカレッジとしてはとても大きな大学です。Wesleyan には、“The College of Social Studies(CSS)”という歴史学、経済学、政治学及び哲学を統合して生まれた独特の学部があることで有名です。また、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智教授がこの大学で研究していたことでも知られています。ちなみに大村教授はこの大学の名誉理学博士です。
ペンシルベニア州にあるリベラルアーツカレッジのSwarthmore CollegeとHaverford Collegeは、マサチューセッツ州、コネチカット州の大学とは随分雰囲気が異なりました。
Swarthmore Collegeはイギリスを思わせる荘厳な建物。アドミッションの話も講堂で静かに聞きました。少数精鋭教育で、学問水準は高く、卒業生の博士号取得率が極めて高い大学です。リベラルアーツカレッジでは珍しく工学部があります。特に、Honorsプログラムが有名で、選抜された学生は教授の指導のもとに独自の研究やプロジェクトに携わることになります。4年次には筆記試験と口頭試験がありますが、大学外部の研究者がキャンパスを訪れて口頭試験を行うことで知られています。
一方Haverford Collegeはリラックスしていて、アドミッション、学生との会話もとてもカジュアルでした。特にHaverfordは、学生の自主性を重んじる学校でとてもユニークでした。中間、期末テストは、生徒は寮の部屋に持ち帰って答案を作ることができます。また、オナーコードと呼ばれる学校のルールは、すべて生徒によって運営され、毎年職員と生徒によって改正されていますが、志望者は出願する際にオナーコードについて小論文を書き、入学する際にこれに同意する誓約書を書かなくてはいけないほど徹底しています。
カナダとの国境を接するメイン州にも名門リベラルアーツカレッジがあります。まずはBowdoin Collegeです。学校の説明をしてくれた職員のメイン州に対する愛が凄かったのが印象的でした。入学審査では全ての学生に対し“The Common Good”についてエッセイを書くことを要求しています。「公益、共生」を何よりも優先する伝統が学校に根付いているということでしょう。ボストンからは電車で一本、大学の目の前に駅があります。
次にColby College。キャンパスは全米一と言っても言い過ぎではないぐらい綺麗です。金融で仕事をしている人ならだれでも知っている、元BarclaysのBob Diamond氏、現ボストン連銀総裁のRosengren氏はColby Collegeの卒業生です。合格率は年々難しくなってきていて、今では10%を切っています。学内にある美術館は、メイン州最大です。こんなキャンパスで勉強ができたら幸せです。
最後にBates College。Bowdoin, Colbyとはキャンパスの感じが異なります。いつの間にか大学の中にいるといった感じで、まさにオープンキャンパスです。徹底した平等主義を創立時から掲げている大学で、留学生にとってはとても学びやすい環境です。コテージのようなアドミッションオフィスで、入学審査官と学生に話を聞くことが出来ましたが、まさにリベラルアーツカレッジといったリラックスした感じでした。大学の近くにFreeportという街があります。メイン州と言えばロブスター。美味しいロブスターロールのお店もありました。また、この街に本社があるのがトートバッグとブーツで有名なL.L. Beanです。
一度訪問したくらいではそれぞれの学校の良さを理解することは難しいのかもしれません。それでも実際に訪問してみると、ホームページを見てリサーチした内容、色々な人に話を聞いて集めた情報とは印象はかなり異なるものだとあらためて感じました。
多くの東海岸のリベラルアーツカレッジのアドミッションの人達から聞いたリベラルアーツ教育の話はとても興味深く、共感できるものでした。人間としてバランスがとれていて、知識が豊富で、リーダーシップをとれる人を育てる教育。この世界は不思議なことでいっぱいで、わかっていることよりわかっていないことのほうが多い。だからこそ人生は面白いのであって、未来に怯える必要はない。リベラルアーツは、勇気を持って様々なことに挑戦できる人を育てる教育だと思いました。