年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、母を介護した兄と介護しなかった妹の間で起こった相続トラブルについて、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

母が右半身麻痺に…10年に及ぶ介護に疲れきった兄

相続トラブルは、発展しやすいパターンがあります。その1つが、「介護をした側と、しなかった側との争い」。今回はご紹介するのは、そんな相続トラブルに巻き込まれたAさんの話です。

 

Aさんは就職を機に田舎を離れ上京し、その後、会社の同僚と結婚。二人の子供に恵まれ、決して裕福ではないけれど、不自由なく暮らしていました。

 

Aさんの上の子供が中学受験の準備で忙しくしている、ある日のこと。実家に暮らす兄から1本の電話が入りました。

 

「忙しいところ、すまんな。実は母さんが倒れて」

 

10年前に父が亡くなり、実家では母と兄が二人暮らしをしていました。母は自宅で倒れたといいます。緊急搬送された結果、脳梗塞だったとのこと。

 

Aさんは急いで帰省し、病院に駆けつけました。

 

「お兄ちゃん、お母さんはどう?」

 

「一命はとりとめたよ。でも麻痺が残るかもしれないって」

 

母は一命をとりとめたが、麻痺が残った
母は一命をとりとめたが、麻痺が残った

 

母は一命をとりとめたものの、右半身に麻痺が残ってしまいました。それまで毎日元気にウォーキングをしていた母が、自分一人では日常生活もままならない姿になってしまったのです。

 

「なあ、たまに帰って来られないか」

 

兄から相談があったのは、自宅での介護生活が始まってしばらくたってからのことでした。施設への入所も考えたのですが、最寄りの施設でも実家から遠く、兄が難色を示したのです。

 

「生まれてから、ずっとここで暮らしてきたんだ。今さら他のところで住むなんて、母さん、イヤだろ」

 

当初、兄はそう言っていましたが、仕事をしながらの介護は想像以上に大変で、Aさんに助けを求めてきたのです。

 

「ごめんね、お兄ちゃん。こちらはこちらで、上の子がもうすぐ中学受験で……」

 

「だよな、わかってるよ。体に気を付けてがんばれよ」

 

そんなやり取りは、そのあともたまに繰り広げられました。しかし、上の子の受験が終われば、次は下の子の受験。下の子の受験が終われば、上の子の受験……。子育ても大変です。なかなか、母の介護に協力できない日々が続きました。

 

そして、Aさんの下の子の大学受験が終わったころ、母が亡くなりました。葬儀のとき、悲しみながらも10年に及ぶ介護と仕事との両立から解放されて、少しホッとしているような雰囲気が、兄からは感じられました。

 

しかし、葬儀から1ヵ月ほど経ったある日、兄からAさんに電話が入りました。

 

「あっ、お兄ちゃん、どうしたの?」

 

「ちょっと相続のこと話したいことがあるんだ」

 

そう言えば、葬儀でバタバタしていたから、相続の話をしていなかった――。

 

「そうね、相続の話、まだだったわね」

 

「お前はさ、嫁に行ったんだから、相続する権利はないと思うんだよね」

 

「えっ!?」と、突然のことで言葉を失うAさん。

 

「それに母さんの面倒も、すべて俺が見ていただろう」

 

「それは……実家が遠いのだから、仕方がないじゃない」

 

「俺だって、仕事があるんだよ。まだまだ働かなきゃいけないんだ。そこに親の介護だ。10年だぞ、わかるか、その大変さ」

 

「……」

 

「少し助けてほしくて連絡しても、子供の受験を言い訳に、一度も帰って来なかったじゃないか。そんなやつに、母さんの遺産を相続する権利なんてないだろう」

 

兄は実家に住んでいるから、不動産は放棄しても構わないと考えていたAさん。しかし母の介護ができなかったのも、遠方であったこともあるし、子育てだってある。兄は結婚していないからいいが、こちらは結婚して、夫側の親戚との付き合いもある。こちらはこちらで、事情があるのだ。実家はともかく、預貯金はきちんと分割してほしいと考えていました。

 

「でも相続する権利がないって、あんまりよ」

 

「いや、頼むから相続はすべて放棄してくれ」

 

突然、兄から相続放棄の依頼をされたAさん。すべてを受け入れるのは納得がいきませんでしたが、これ以上揉めるのはイヤだと考え、最終的にすべての相続を放棄しました。

 

しかし、一方的に「権利がない」と言われたAさん。これまでのように兄と仲良くすることはできず、今では、ほとんど音信不通になっているといいます。

遺産放棄の期限は「相続発生から3ヵ月」

事例のように、介護をした側は、しなかった側に大きな不公平感を覚え、相続トラブルに発展するのです。

 

事例では相続放棄を迫られましたが、相続放棄には期限があります。

 

そもそも、相続手続きでやることは、遺言書があるかないかで大きく変わります。遺言書がある場合には、原則として遺言書の内容通りに遺産を分けていくので、手続きは比較的早く終わります。

 

一方、遺言書がない場合には、相続人全員の話し合いで遺産の分け方を決めなければいけません。この手続きを遺産分割協議といいます。これが長引いてしまうことがよくあるんですよね。

 

遺産の分け方が決まれば、あとは名義変更をしていきます。遺産分割協議や名義変更には期限はありません。

 

被相続人が亡くなった日から3ヵ月で相続放棄の期限を迎えます。この手続きは、亡くなった方の遺産を相続したくない相続人がいる場合には、相続を放棄することを家庭裁判所に申し出る手続きです。3ヵ月以内に申し出をしないと、相続することを承認したものと取り扱われますので注意が必要です。

 

ちなみに相続放棄をしなくても、遺産分割協議で、「私は財産を相続しなくていいですよ」と言えば、同じ結果になります。どちらかといえば、この手続きは、亡くなった方が借金などを多額に残してしまった場合などに使われることが多いです。

 

なお、相続の放棄があった場合には相続人の人数が変わりますが、相続税の計算には影響を与えないようになっています。つまり、放棄をしたからといって相続税がお得になったり、損したりすることはありません。

 

 

【動画/筆者が「相続後の手続き」を分かりやすく解説】

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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