姉から「家を売れ」と電話…200万円渡した末っ子長男の逆転劇

いわゆる中流家庭においては、親が住んでいた実家が相続財産になることが多い。家や土地は分けづらいため、兄弟間でもめごとになることもある。デフレさん(仮名)は母親が生きているときから同居していたため、死後に実家を相続した。2人の姉もそのことに異論はなかったのだが、ある日突然、実家を売って現金を分けようと言い出す。弟の生活を無視した理不尽な主張に、デフレさんは頭を抱え、相談にやってきた。※本記事では、税理士の髙野眞弓氏が、自身の経験もとにした「争族エピソード」を紹介する。

女系家族で育ち、姉に頭が上がらない48歳男性相談者

「一家の主人(あるじ)」や「大黒柱」といった言葉を聞くたびに思うことがある。果たしてこの世の中に、そんな立派な男がいるのだろうか、ということだ。私が知る男どもは、総じて奥さんに頭が上がらない。女兄弟や自分の娘にアゴで使われている男も多い。

 

相続の世界においても、今や男女平等が当たり前であり、地方の農家の古きよき習慣である長男優遇の考え方も消えつつある。時代が変わり、いつしか男の価値はデフレに見舞われた。

 

私も社会的弱者となりつつあるのかもしれない男の1人。世の女性には、もう少し男どもに優しくしてやってもよいのではと言いたい。過日やってきた相談者も、女系一家で育った男性であった。

 

「先生、兄弟はいますか」事務所の椅子に座るや否や、デフレさん(仮名)はそう聞いた。「ええ、姉がいます」

 

「そうですか」デフレさんは嬉しそうな顔を見せた。外国の見知らぬ街角で、日本人を見つけた時のような何ともいえない安堵(ど)の表情だった。「私も女兄弟の中に育ちまして、なんとも肩身がせまい思いをしてきたんです」デフレさんが言う。

 

私自身は、姉がいることによって肩身がせまいとは感じたことはなかったが、こういう時は話を合わせるのが礼儀というものだろう。「女性は強いですからね」「ええ。私には姉が2人いて、私が末っ子です。父は私が10代の時に他界しましたので、以来、母、姉、次女、私という女だらけの家で育ちました」「そうですか。それはお気の毒です」私はそう言って笑った。

 

「今日相談に来たのも、その姉たちのことなのです」「わかりました。詳しく話してください」

 

デフレさんが最初に電話をかけてきたのは1週間ほど前のことだ。電話を受けたスタッフによれば「相続した家について相談したい」と話したという。年齢は48歳。東京から新幹線で2時間弱ほどのところにある町に住み、地元の企業に勤める会社員だった。たまたま東京に出張する予定があるということで、事務所に来てもらうことになった。

 

「今から10年ほど前、母が他界しました。その際、母と一緒に住んでいた私が家を譲り受けることになったのです」「どれくらいの家なのですか?」私はメモを取りながら話を聞いた。「5LDKの一戸建てです。東京の家と比べると多少は広いかもしれませんが、私が住む町ではどこにでもある家で、土地の価格もたかが知れています」

 

「昔から住んでいた家なのですか?」「ええ。まだ父親が生きている時に建てた家で、当時は家族5人で住んでいました」「その後、お母さまとデフレさんが住んでいたんですね?」「はい。先に2番目の姉が結婚して東京に出ました。その何年か後、上の姉も結婚し、夫の地元である九州に行きました。私はずっと独身なので、母と一緒に暮らしていたのです」「なるほど」

 

デフレさんは独身だという。私は意外だと感じた。デフレさんは、清潔感のある男性である。モテるタイプではないかもしれないが、モテない理由もなさそうだ。服装も綺麗で、スーツも似合っている。見た目の不快感がないのは、女性が多い家庭で育ったからだろう。逆に、それが今まで独身だった原因なのかもしれない。「肩身の狭い思いをしてきた」とデフレさんは言った。女性に対する恐怖心のようなものがあるのかもしれないと思った。

 

「家の相続は終わっているのですね」私は確認した。「はい。母が亡くなり1カ月ほど経った時に手続きしました。先ほど言ったように普通の家ですし、築年数も経っていますので、相続税も発生しませんでした」

 

「他に遺産はありましたか?」「ありません。母はすでに年金暮らしで、貯金もありませんでした。年金では足りず、私が生活費を出していました」「家の相続について、お姉さんたちとは話し合いましたか?」「はい。姉たちはそれぞれ家族がいて持ち家がありますし、田舎の古い家をもらっても仕方がないということで私が相続することになったのです」

 

よくある話である。ジェンダー論が広がった昨今、あまり男女で切り分けて話すのはよくないとは思うのだが、「古い家をもらっても仕方がない」といったドライな判断ができるのは女性の特徴だと私は思う。男はどこかロマンチストなところがあり、自分が育った町や家に愛着を持つ。自分の育った環境と、今までの思い出や生き様などを重ね合わせて考えるのだ。そのため、地価や相場といった基準ではなく、自分なりのものさしで価値を考える。

 

一方、女性は資産価値を客観的に見るところがあり、そこに特別な感情を抱かない。私が過去に担当した相続などでも、そう感じることが幾度となくあった。いらないものはいらない。使えないものはもらわない。よくいえば冷静、悪くいえば冷たい目線で遺産を評価することが多いのだ。

 

デフレさんの姉たちもおそらくそう考えたのだろう。地方にある家をもらっても使い道がない。古い家だから管理や修理に手間やお金がかかることもある。それなら末っ子がもらってくれるのがありがたい。そう考えたのだと思った。

姉の電話「家を売れ」…教育費を工面しようとした?

「話を聞く限り、何も問題はなさそうですが」「はい。姉たちも私もそれぞれ平和に暮らしていたんです。ところが先日、上の姉から電話がかかってきました。私が今住んでいる家を売れというのです」

 

「売れというのは、売却するという意味ですか?」「はい」「ずいぶん唐突ですね」「ええ。私も驚きました。私はあの町で暮らしていますし、勤務地も家の近くです。住むところを失うわけにはいきません」「それはそうですね」

 

「そう言うと、姉はいったんは引きました。それもそうね、また電話するといって電話を切ったのです。ところが、その数日後、また電話がかかってきて、やっぱり売ってほしいというのです」「理由は聞きましたか?」

 

「はい。姉には子どもが2人いて、上の子がもうすぐ大学生、下の子が高校生になります。上の子を東京の私立大学に行かせるために、学費などでいろいろと物入りだから家を売ってお金にし、3人で分けようと言っていました」

 

「お姉さんの旦那さんは何をしている人なのですか?」「私と同じような会社員です」「お金に困っているのですか?」「そういう話は聞いたことがありませんが、子どもがいますし、住宅ローンなどもあるでしょうから、それなりには苦労しているのだと思います」デフレさんはそう言った。

 

何となく話の筋が見えた。学費などで物入りなのはおそらく事実だろう。長女の家はいわゆる中流家庭で、貧乏ではないがお金持ちでもない。どんな大学に行くかにもよるが、年100万円ほどの支出が増えるとすると家計は圧迫される。数年後には2人目の子どもも大学生になる。どうしようかと考えて、田舎の家のことを思い出した。あの家を売れば多少は家計の足しになるのではないかと思ったのだ。

 

ひと昔前まで、会社員の給料は右肩上がりで増えていた。終身雇用と年功序列という制度が会社員の家計を支えていた。しかし、今は違う。終身雇用は廃(すた)れ、転職が一般的になった。年功序列は昔話になり、仕事ができなければリストラされる成果主義の時代になった。

 

企業にとって特に悩ましいのが、基本給が高い年配の社員である。そういう人を自主的に辞めさせるために、早期退職を迫ったり、追い出し部屋なる酷な環境に入れ込む会社もあると聞く。そういう状況で少しでも安心感を得るために、長女はお金を欲しがったのだ。

父親の他界後、姉は必死に働き相談者を育てた

「それだけではないんです」デフレさんが言う。

 

「というと?」「それからしばらくして、2番目の姉からも電話がかかってきたのです。用件は同じで、家を売ろうという話でした」「2番目のお姉さんにも子どもがいるのですか?」「はい、たしか高校生と中学生だったと思います」

 

「電話がかかってきたタイミングから考えて、おそらくお姉さんたち2人で協力しているのでしょうね」「はい。2番目の姉がそう言っていました。お姉ちゃんから話を聞いた。お姉ちゃんは学費が必要だし、私の子どもたちもそのうち学費が必要になる。だから私も売ったほうがいいと思う。売って3等分しようというわけです」「なるほど」私はそう言い、3兄弟の中で姉2人の力が圧倒的に強いのだと感じた。

 

2人の姉は、デフレさんが何でも言いなりになると思っている。おそらくこの数十年間、そういう関係だったのだろう。人と人の力関係というのは簡単には変わらない。上の姉としては、最初にデフレさんが断ったことすらも意外に感じたのかもしれない。

 

デフレさんによれば、長女は非常にしっかりした性格なのだという。「父親が亡くなった時、上の姉はすでに働いていました。母も働いていたため、2人で一緒に家のことを切り盛りしてきました。そういう状況だったこともあって、どこか母親のようなところがあり、特に末っ子の私に対しては母親のように振る舞うことが多くあります」と、デフレさんは言う。

 

次女は、さらにしっかりしているのだそうだ。「現実的で自立心が強いんです。父が亡くなり、うちに経済的な余裕がなったことを最も認識していたのは2番目の姉だったと思います。10代の頃から口癖のようにお金が大事だと言っていましたし、お金がない人とは結婚しないとも言っていました」

 

「お金持ちと結婚したのですか?」「お金持ちというほどではありませんが、上場企業の社員と結婚しましたから、上の姉よりはお金があると思います。それでもやはりお金は大事なようで、上の姉は主婦ですが、2番目の姉は働いています。姉のことを悪く言うつもりはないのですが、昔からケチなんです」デフレさんはそう言って笑った。

税理士法人アイエスティーパートナーズ 代表社員

東京・浅草生まれ。國學院大學経済学部卒業。日本大学大学院・慶應義塾大学大学院修了。又野税務会計事務所勤務を経て、1975年に独立、税理士髙野眞弓事務所を立ち上げ、多種多様な業種・業態の企業の顧問税理士を務める。事業規模拡大に伴い、2016年6月に税理士法人アイエスティーパートナーズを設立。
40年以上にわたり、「税務のアドバイザー」という枠を超えた公私のパートナーとして、多くの経営者の悩みを解決してきた。特に、骨肉の争いに発展しやすい相続税・贈与税等について、一家の思いに寄り添った提案を行い円満相続に導いている。

著者紹介

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炎上する相続

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髙野 眞弓

幻冬舎メディアコンサルティング

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