年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、父と疎遠になっていた兄弟と知らぬ間に父と結婚していた後妻との相続トラブルについて、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

遊びが過ぎる父と疎遠に…葬儀で驚愕の事実が判明

ある地方都市に住むAさん。地元の名士として、代々、町の中心部にある古いお屋敷に住んでいました。子供は男ばかりの4人。全員独立して実家を出ていました。

 

Aさんは20年前、妻に先立たれていました。この時、Aさんはまだ50代でしたが、すでに子供は独立していたので、男親だけになって、子育てに苦労する……ということはありませんでした。また古くから身の回りの世話をしてくれる家政婦がいて、普段の生活で苦労することはなく、寡夫の立場を楽しんでいる様子さえありました。その姿は子供たちが嫌悪感を覚えるほど。そのため、子供たちは必要以上に実家には寄り付かなくなっていました。

 

しかしAさんはもうすぐ80歳。毛嫌いしているとはいえ、肉親です。子供たちは高齢の父を心配していました。一方Aさんの口癖は「100まで生きるぞ」。大病知らずで相変わらず元気で、夜には行きつけの飲み屋に行っては、女性とお酒を楽しむのが日課でした。

 

そんな調子だったので、Aさんと子供たちは深い話ができることなく、月日だけが過ぎていきました。

 

そして、そのときは突然やってきました。Aさんが亡くなったのです。ついこの間まで元気にお酒を楽しんでいる様子は見られたので、まさしく急死でした。

 

それよりも子供たちが驚いたことがありました。それは父が知らない間に再婚していたのです。

 

「Aさんとは、ずいぶん前に籍を入れていまして……」

 

あのふたりが20年来の夫婦!?
あのふたりが20年来の夫婦!?

 

そう言ったのは、長年、Aさんの身の回りの世話をしていた家政婦のBさん。20年以上前に籍を入れていたというのです。そのため、葬儀の喪主はAさんの妻であるBさんが務めました。その姿に何も知らされてこなかった子供たちは、ただただ不信感しかありませんでした。

 

さらに争いの火種がもう一つ。

 

「Aさん、遺言を残していまして……」

 

Aさんが遺族に残した遺言書。しかるべき手続きのうえ開封すると、そこに衝撃の言葉が綴られていました。

 

――すべての財産を妻のBに渡す

 

「えっ!」

 

子供たちは絶句し、しばらくは言葉ができませんでした。我に帰ったとき、長男が言いました。

 

「この遺言書は認めない! そもそも、この遺言書は本当に父が書いたものなんですか?」

 

もしこの遺言書を認めれば、先祖代々の土地はBさんのものになる。さらにBさんに相続が発生した際には、子供たちとは血の繋がらないBさんの親族も相続人になる……。複雑な事態になる前に、Bさんに先祖代々の土地を渡すわけにはいかなかったのです。

 

「筆跡鑑定をしてもらってもいいです。これはAさんの字です。それにAさんは亡くなる直前まで元気でした。Aさんの意思で書かれたものです。私から遺言書を書いてほしいと頼んだこともありません」とBさん。

 

「しかし私たちは子供なのに、何も知らされなかったんですよ! それっておかしくないですか?」「あの土地は、何代も前の先祖から継いできた土地なんです。それをあなたに渡すわけにはいかないんですよ!」と兄弟たちは次々と畳み掛けていきます。それに対して、Bさんは大きな声で反論してきました。

 

「私だって、ずっとAさんに尽くしてきたんですよ! 結婚してもAさんの女遊びはとまらず、それでも我慢してきたんです。それがAさんなんだと、納得して結婚したのは自分なんだと。この遺言書は、私への、せめてもの償いなんですよ!」

 

そのような告白を聞いて、子供たちは「この人も父に苦労をさせられたんだな……」と同情するしかありませんでした。しかし先祖代々の土地は、なんとしても守らなければなりません。

 

その後、兄弟とBさんとの長い話し合いの末、先祖代々の土地・建物は長男が、それ以外の財産はBさんが相続することに。そのうえで、自宅にはそのままBさんが住み続けることになったといいます。

相続争い対策に有効な遺言書は、遺留分の侵害に注意

相続トラブルの防ぐためにも、遺言書は有効です。しかしあまりに不公平な遺言書は、争いの原因になるので気をつけないといけません。

 

遺言書は、相続人全員が同意した場合、遺言書に書かれた分け方を変更することができます。事例の場合は、相続人全員が同意したので、解決を図ることができました。一人でも「私は遺言書の通りに遺産を分けたい」という人がいる場合には、遺言書の内容が優先されます。やはり遺言書の効力って大きいですよね。

 

また事例では正式な配偶者でしたが、遺言書ではこんなことも珍しくありません。

 

「遺産のすべてを愛人に残します」

 

こういったシチュエーションででてくるのが、遺留分です。遺留分はひと言でいうと「残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利」のことをいいます。

 

ここでのポイントは、あくまで遺留分は権利であるということです。もし、遺言書に「あなたに遺産はまったくあげません」と書かれていたとしても、当の本人が、「それでも構わないですよ」ということであれば、問題ありません。あくまで権利ですので、権利を行使するかどうかは本人の自由です。

 

しかし、「遺産がもらえないなんて困る!」という場合には、愛人に対して「遺留分までの遺産は返せ!」と言えば、愛人はその人たちに対して、遺産を返さなければいけないことになります。

 

事例の場合も、兄弟は遺留分を焦点に争うことができたというわけです。遺留分は、法定相続分の半分が認められます。事例の場合、Bさんに1/2、兄弟4人で1/2が法定相続分なので、遺留分は兄弟4人で遺産の1/4は認められる、というわけです。

 

相続争い防止のために有効な遺言書ですが、作成の際は、相続人の遺留分を侵害していないか、注意したいものです。

 

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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