遊びが過ぎる父と疎遠に…葬儀で驚愕の事実が判明
ある地方都市に住むAさん。地元の名士として、代々、町の中心部にある古いお屋敷に住んでいました。子供は男ばかりの4人。全員独立して実家を出ていました。
Aさんは20年前、妻に先立たれていました。この時、Aさんはまだ50代でしたが、すでに子供は独立していたので、男親だけになって、子育てに苦労する……ということはありませんでした。また古くから身の回りの世話をしてくれる家政婦がいて、普段の生活で苦労することはなく、寡夫の立場を楽しんでいる様子さえありました。その姿は子供たちが嫌悪感を覚えるほど。そのため、子供たちは必要以上に実家には寄り付かなくなっていました。
しかしAさんはもうすぐ80歳。毛嫌いしているとはいえ、肉親です。子供たちは高齢の父を心配していました。一方Aさんの口癖は「100まで生きるぞ」。大病知らずで相変わらず元気で、夜には行きつけの飲み屋に行っては、女性とお酒を楽しむのが日課でした。
そんな調子だったので、Aさんと子供たちは深い話ができることなく、月日だけが過ぎていきました。
そして、そのときは突然やってきました。Aさんが亡くなったのです。ついこの間まで元気にお酒を楽しんでいる様子は見られたので、まさしく急死でした。
それよりも子供たちが驚いたことがありました。それは父が知らない間に再婚していたのです。
「Aさんとは、ずいぶん前に籍を入れていまして……」
そう言ったのは、長年、Aさんの身の回りの世話をしていた家政婦のBさん。20年以上前に籍を入れていたというのです。そのため、葬儀の喪主はAさんの妻であるBさんが務めました。その姿に何も知らされてこなかった子供たちは、ただただ不信感しかありませんでした。
さらに争いの火種がもう一つ。
「Aさん、遺言を残していまして……」
Aさんが遺族に残した遺言書。しかるべき手続きのうえ開封すると、そこに衝撃の言葉が綴られていました。
――すべての財産を妻のBに渡す
「えっ!」
子供たちは絶句し、しばらくは言葉ができませんでした。我に帰ったとき、長男が言いました。
「この遺言書は認めない! そもそも、この遺言書は本当に父が書いたものなんですか?」
もしこの遺言書を認めれば、先祖代々の土地はBさんのものになる。さらにBさんに相続が発生した際には、子供たちとは血の繋がらないBさんの親族も相続人になる……。複雑な事態になる前に、Bさんに先祖代々の土地を渡すわけにはいかなかったのです。
「筆跡鑑定をしてもらってもいいです。これはAさんの字です。それにAさんは亡くなる直前まで元気でした。Aさんの意思で書かれたものです。私から遺言書を書いてほしいと頼んだこともありません」とBさん。
「しかし私たちは子供なのに、何も知らされなかったんですよ! それっておかしくないですか?」「あの土地は、何代も前の先祖から継いできた土地なんです。それをあなたに渡すわけにはいかないんですよ!」と兄弟たちは次々と畳み掛けていきます。それに対して、Bさんは大きな声で反論してきました。
「私だって、ずっとAさんに尽くしてきたんですよ! 結婚してもAさんの女遊びはとまらず、それでも我慢してきたんです。それがAさんなんだと、納得して結婚したのは自分なんだと。この遺言書は、私への、せめてもの償いなんですよ!」
そのような告白を聞いて、子供たちは「この人も父に苦労をさせられたんだな……」と同情するしかありませんでした。しかし先祖代々の土地は、なんとしても守らなければなりません。
その後、兄弟とBさんとの長い話し合いの末、先祖代々の土地・建物は長男が、それ以外の財産はBさんが相続することに。そのうえで、自宅にはそのままBさんが住み続けることになったといいます。
相続争い対策に有効な遺言書は、遺留分の侵害に注意
相続トラブルの防ぐためにも、遺言書は有効です。しかしあまりに不公平な遺言書は、争いの原因になるので気をつけないといけません。
遺言書は、相続人全員が同意した場合、遺言書に書かれた分け方を変更することができます。事例の場合は、相続人全員が同意したので、解決を図ることができました。一人でも「私は遺言書の通りに遺産を分けたい」という人がいる場合には、遺言書の内容が優先されます。やはり遺言書の効力って大きいですよね。
また事例では正式な配偶者でしたが、遺言書ではこんなことも珍しくありません。
「遺産のすべてを愛人に残します」
こういったシチュエーションででてくるのが、遺留分です。遺留分はひと言でいうと「残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利」のことをいいます。
ここでのポイントは、あくまで遺留分は権利であるということです。もし、遺言書に「あなたに遺産はまったくあげません」と書かれていたとしても、当の本人が、「それでも構わないですよ」ということであれば、問題ありません。あくまで権利ですので、権利を行使するかどうかは本人の自由です。
しかし、「遺産がもらえないなんて困る!」という場合には、愛人に対して「遺留分までの遺産は返せ!」と言えば、愛人はその人たちに対して、遺産を返さなければいけないことになります。
事例の場合も、兄弟は遺留分を焦点に争うことができたというわけです。遺留分は、法定相続分の半分が認められます。事例の場合、Bさんに1/2、兄弟4人で1/2が法定相続分なので、遺留分は兄弟4人で遺産の1/4は認められる、というわけです。
相続争い防止のために有効な遺言書ですが、作成の際は、相続人の遺留分を侵害していないか、注意したいものです。
橘慶太
円満相続税理士法人