作業効率を悪化させる「自称」熟練パートスタッフ
ものづくりの世界には熟練の技が求められるといわれます。近年は加工過程の自動化も進んでいますが、それでも5年や10年もかけてようやく一人前と呼ばれる職人の世界は健在です。
同じく経験とノウハウが求められる倉庫業の現場にも、熟練者が必要だと思われがちですが、実はその逆です。むしろパートスタッフに熟練されてしまうと誤出荷や在庫差異などのミスが頻発し、せっかく築き上げた社風まで乱れてしまうこともあるのです。
例えば、コンビニやファストフード店をイメージしてください。人材の入れ替わりが激しい業種であるにもかかわらず、いつも滞りなく業務が流れているのはなぜでしょうか。新しく入ったスタッフでも即仕事ができるよう、よく考えられたマニュアルと業務フローがあるからです。
当社が運営する物流倉庫でも同様です。「このとおりに作業すれば誤出荷ゼロが実現できる」と確信できるまで業務フローを磨き上げ、マニュアルを作り込んでいます。そして、そのマニュアルを現場に落とし込み、手順どおりに作業を進めてもらうことでミスなく品質は維持されているのです。ですから現場のパートスタッフには「マニュアルどおりに作業してもらうこと」が非常に重要です。
そこで厄介になるのが、一部の熟練パートスタッフの存在です。業務に慣れてくると自らの技量を過信しはじめ、次第に自分流のやり方で作業をするようになるのです。
倉庫マニュアルを作成する際、起こしやすいヒューマンエラーを過去の事故経験などから事前に予測し、それを徹底的に回避するための手順を導き出しています。その手順を守る限り、誤出荷は絶対に起こり得ません。にもかかわらず、パートスタッフが自分の頭で考え、手順から外れた行動をすると、ヒューマンエラーのパターンに引っかかってしまうのです。ルールを無視すれば必ずミスが発生します。これは間違いありません。
具体例を挙げましょう。例えばAという商品名のペットボトル飲料の出荷指示が10件続いていたとします。熟練パートスタッフは出荷指示書をパラパラとめくり、同じ商品だと理解して10本のペットボトルを同時にピッキングしました。本来は1件ごとにロケーションを確認し、品番と数量を見たうえで棚から商品を取り出さなくてはなりません。しかし熟練パートスタッフは1件ごとに確認するのが面倒なので、「どうせ同じ商品なのだから」と自己判断で行動したとします。
この場合、同じAという商品名ですから、間違いは起きるはずがないと思われるかもしれません。しかし、ここに誤出荷のリスクがあります。10本すべてが同じ商品名であっても、例えば地域限定商品が混ざっていればどうでしょうか。
その場合は品番の最後に個別の数字やアルファベットが追加されているなど、なんらかの違いがあります。10本まとめてピッキングしてしまうと、その僅かなサインを見逃してしまうのです。
「おしゃべりパートスタッフ」は社風を乱す元凶
熟練パートスタッフとともに、現場を乱す人がもう一人います。それはリーダー気質のある〝おしゃべりパートスタッフ〟です。私語の多い人がたった一人現場に入るだけで、これまで積み上げてきた現場の良い雰囲気や意識は乱れてしまいます。せっかく引き締まっていた現場の雰囲気が緩くなり、次第に少々のミスは許される……といった意識が蔓延していきます。
このようにお伝えすると、パートスタッフの存在を否定しているように受け取られるかもしれませんが、決してそんなことはありません。確かにスタッフの皆さん全員にしっかり活躍してもらうのは難しい面もありますが、うまくモチベーションを引き上げて現場の一体感を醸成することができれば、それはそれは非常に大きな力となり、ロボットとの比較にはならないほどの生産性が向上するのも事実です。
何より「人」であれば柔軟な配置転換が可能です。ロボットのように複雑なプログラミング言語を駆使し、行動を促す必要もありません。当たり前のように思うかもしれませんが、「人」がどれほど優秀であるかは、倉庫管理を追求すればするほど実感できるものです。
マテハン機器やロボットを導入するより、パートスタッフの方々に活躍してもらうためにはどうすればいいか。倉庫業にとっては組織運営の在り方について頭を使うほうがよほど重要であると考えています。
「在庫は合わなくて当たり前」が倉庫管理の甘さを生む
長く倉庫業に携わってきたなかで、データ上の在庫と実在庫の数が合っていた企業は1件もありませんでした。30年以上の経験則がベースになっているので、おそらく間違ってはいません。なぜ在庫はそこまで合わないのでしょうか。
原因を突き詰めると、結局は〝社員の意識〟に行き着くのではないかと考えています。「在庫が合うはずがない」「人間のやることなので、多少の誤出荷は出るに決まっている」──そんな意識が現場に定着してしまっている限り、ミスは絶対になくなりません。
例えば、銀行ではその日の業務終了後、お金の計算が1円でも合わなければ帰れないと聞きます。金額の問題ではなく、計算が合わない理由を突き止める意識が徹底しているのです。
仮に支店長が「1円くらいどうってことはない。俺の財布から1円出しておこう」と言い始めたとすると、資金管理はめちゃくちゃになるでしょう。倉庫管理も同じです。「誤出荷の1件や2件は仕方ない」「在庫が1や2合わないくらいどうってことはない」──そのような意識では誤出荷や在庫差異がなくならないのも当然でしょう。
最大の問題は、目の前の1件の誤出荷、目の前の数量「1」の在庫差異を放置し続けると、いつしか「どの商品がどこにあるのか」「正しい在庫数量はいくつなのか」とわけが分からなくなってしまうことです。
一旦そういう状態に陥ってしまうと、元に戻すことは不可能です。一週間程度は出荷をストップし、倉庫内のすべての在庫を洗い出して数え直し、レイアウトを刷新して保管し直す抜本的な倉庫改革が必要になるでしょう。そうなると業務を停止することになりますから、業績へのダメージは計り知れません。そのような事態を避けるためにも、誤出荷を未然に防ぎ、仮にミスが生じてもその場で解決し続ける地道な努力が大切なのです。
もちろん、在庫が一つ足りない原因を究明し、突き止めるのはものすごく大変です。仮にA商品が一つ多い代わりにB商品が一つ足りないとなった場合、B商品がどこにあるのかを見つけだすまで探さなければなりません。
倉庫のどこかに存在していれば見つかる可能性はありますが、もしかすると入荷の時点ですでにB商品が一つ足りていなかったかもしれません。あるいは出荷の際にB商品を一つ多く出してしまった可能性もあります。
たった一つの商品の在庫が違うだけであらゆるパターンが想定されるため、在庫差異の原因を突き止めるのは至難の業なのです。まして、月末や期末の棚卸しの時期に膨大な在庫差異が生じた場合、すべての原因を把握するのは不可能です。
だからといって在庫差異を簡単に解消するような魔法の杖は存在しません。「1円の違いを見過ごしては絶対にいけない」という共通認識で日々、原因究明に当たる銀行と同じように、「誤出荷ゼロを達成する」「在庫差異を出さない」という強い意識を現場で共有し、その都度ミスの原因を突き止めて、解決し続けていくしかないのです。