争いが絶えないことから「争族」と揶揄される「相続トラブル」。当事者にならないために、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、遺言書の有効性が問われたトラブル事例を、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

子供たちを想い、遺言書を残した母だったが……

相続は、トラブルに発展しやすいパターンがありますが、その1つが「認知症の方が残した遺言書」です。今回ご紹介する家族も、それが原因となり相続トラブルに発展していきました。

 

登場するのは、長男、長女、次女、次男という4人兄弟。父はすでに他界し、高齢の母は長女の家に身を寄せていました。

 

ある日のことです。母が長女に「遺言書を書いたの」と打ち明けてきました。

 

「お父さんからの遺産もあるでしょ。私も、そう長くないだろうから、何かあってからじゃ遅いし」

 

「そんなお母さん、縁起でもない。もっと長生きしてもらわないと、困るわ」

 

「ふふっ。遺言書はお父さんの仏壇のところにあるから、もしもの時はよろしく頼むわよ」

 

そんなやり取りがあって、十年ほど経ったある日。長寿をまっとうした母は、静かに息を引き取りました。葬儀が終わったあと、久しぶりに兄妹4人が揃いました。そして話は自然と母の遺産のことに。

 

「お母さんの遺産だけど、どうやって分けるか、きちんと決めておきたいのだが」と長男が切り出しました。その話を受けて「そうそう、実はお母さん、遺言書を書いたって。確か、仏壇のところにあるって……」と母の話の通り、長女が仏壇の引き出しを開けていきます。

 

大事な遺言書は、仏壇の引き出しに…
大事な遺言書は、仏壇の引き出しに…

 

「あった。これよ、お母さんの遺言書」と長女が、おもむろに開けようとしたところ、次男がストップをかけました。

 

「ちょっと待って! 遺言書を勝手に開けてはダメだ! きちんと、然るべきところで開けてもらおう」

 

「そうなの? よかった、危なく開けてしまうところだった」

 

亡くなった人が自筆証書遺言を残しておいた場合には、その遺言書をすぐに開封してはいけません。家庭裁判所で、相続人立会いのもと、検認(けんにん)をしなければいけないことを、次男は知っていたのです。

 

後日、兄妹4人は家庭裁判所に出向き、検認の手続きを行いました。そして、母が残した遺言の内容が明らかになったのです。

 

そこに書かれていたのは、「長女に遺産の半分を、残りの半分を長男、次男、長女で等分すること」という内容でした。父の死後、長女家族と同居を始め、色々と世話になったことを配慮したものでした。しかし、そこで次女が異を唱えました。

 

「この遺言書自体、おかしくない? だってお母さん認知症だったのよ。遺言書なんて書けるもの?」

 

そうなのです。母は、長女と遺言書の話をした後、認知症と診断されていたのです。

 

「確かに。お袋が認知症って診断されたのは、10年くらい前だよな。そう考えると、この遺言書の内容自体、疑わしいな」と長男。

 

「姉さんが無理やり書かせたんじゃないのか」と次男。

 

「ちょっと待って。お母さんが遺言書の話をしてくれたのは、認知症と診断される前のことよ」と長女が反論します。

 

「その証拠ってある?」と次女。

 

「証拠って……ないわよ、そんなの」と長女。

 

「じゃあ、この遺言書は無効だな。一から話し合おう」と長男。長女以外の兄妹も首を縦に振ります。

 

「ちょっと待ってよ。お母さんの遺志を、簡単に無効だなんて言わないでよ!」

 

「自分に有利な遺言だから、ムキになっているんじゃないの」と次女が意地悪そうに言いました。結局、母が残してくれた遺言書をめぐり、兄妹は争うことになったのです。

遺言書を残す前後1ヵ月に、医師から診断書をもらう

医師の診断書が、相続トラブルを回避する
医師の診断書が、相続トラブルを回避する

 

事例のように、認知症の方が残した遺言が有効か、無効かの争いは、よくあります。厚生労働省のデータによれば、なんと65歳以上の28%は、すでに認知症であるかその疑いがあるといいます。相続対策よりも、認知症対策のほうが緊急度、重要度が高いと言える状況です。

 

トラブルにならないように、「公正証書遺言」を残すという手があります。公正証書遺言は、法的な効力が弱い「自筆証書遺言」に比べて、作るのに手間とお金はかかりますが、法的効力が強いものです。

 

しかし認知症の場合、公正証書遺言など作れないと思っている方は多いでしょう。しかし、そうではありません。たとえ認知症を患ったとしても、特に初期段階では判断能力がないとはいいきれませんし、進行してからも常に判断能力が低い状態であるとは限りません。2名の医師から判断能力があるという診断書をもらい、公証人に提出すれば、公正証書遺言の作成が可能になることがあります。

 

また、公正証書遺言を作成する際には、証人が二人必要です。「遺言を書く人の相続人」「相続人の配偶者や直系血族」は証人にはなれません。証人が集められない場合には、公証役場で証人になる方を紹介してもらうことも可能です。

 

ところが公正証書遺言を残したからといって、100%安心できるかといえば、そうではありません。過去には裁判で公正証書遺言の有効性が争われ、「遺言者は遺言能力に欠け、公証人の証言も信用性に欠ける」などと、無効になったような判例もあります。

 

より認知症対策も完璧にした遺言を残すには、認知症ではない=意思決定能力がある、という医師の診断書を、遺言書を残す前後1ヵ月にそれぞれもらい、遺言書と一緒に添えるのが、ひとつ、効果的な方法だといえます。

 

【動画/筆者が「遺言書の保管サービス」についてわかりやすく解説】

 

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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