「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」に
遺言書は遺言者が自由に書くことができますが、民法上は、兄弟姉妹以外の相続人に最低限度の相続分として、遺留分制度を設けています。遺留分とは、被相続人の一定の相続人のために、法律上必ず留保されなければならない相続財産のうち、一定割合をいいます。
民法の改正により、「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」に改められ、遺留分が侵害された場合の遺留分権利者の権利の内容が大きく変わることとなりました。
この改正は、既に平成31年(2019年)7月1日から施行されています。なお、経過措置において、施行日前に開始した相続については従前の例によることとされています。
改正後「共有物分割訴訟」は起きなくなる
遺留分制度が改正されると、以下のような問題点が解消することが期待されます。
(1)共有状態に係る問題
従前の制度では、遺留分減殺請求が申し立てられると、すべての財産が相続人による共有状態になってしまい、すぐに分けられなくなります。最悪の場合、共有状態の財産を分割するための訴訟(共有物分割訴訟)に至ることもあります。未分割の株式は準共有状態となり、その株式の議決権の行使を行うことができなくなることも起こり得ます。
⇒改正後は、遺留分請求によって生ずる権利(遺留分侵害額請求権)は金銭債権とされたことから、共有物分割訴訟は起きなくなることが期待されます。
(2)生前贈与に係る問題
従前の制度では、相当以前の贈与でも、相続人に対するものは原則として遺留分の算定基礎財産とされることから、相続人に対する生前贈与が受贈者にとって無意味なものになることが危惧されます。
⇒改正後は、相続人に対する贈与については、相続開始前の10年間にされたものに限り、原則として算入することとされ、時間の経過とともに法的安定性は高まることが期待されます。
なお、遺留分減殺請求に係る改正であることから、遺言書が残されていない場合には、相続人に対する特別受益の計算は、相続開始前に行われたものについては、すべてみなし相続財産として計算することになります。
(3)遺言執行に係る問題
従前の制度では、遺留分権利者から減殺請求が行われた場合、遺言執行者は遺留分権利者の承諾を得ない限り、遺言執行を強行することはできませんでした。これは、「遺留分権利者の権利は遺言者の意思に優越する」とされていたからです。
⇒改正後は、「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権(金銭債権)」とされたことから、遺留分侵害額の請求の意思表示がされても、遺言執行者は遺言執行を行うことは差し支えないことになります。
「生命保険金」は原則、遺留分算定基礎財産の対象外
遺留分の侵害があった場合に、遺留分権利者が遺留分侵害額請求権に基づき、遺留分権利者から遺留分侵害額について請求があったときに、請求を受けた者にその金額に相当する金銭が確保されていることが実務対応におけるポイントです。
この場合、生命保険金でその原資を準備しておくことが望ましいと思われます。生命保険金は、受取人固有の財産とされ、原則として遺留分算定基礎財産の対象外財産となります。また、受取人が単独で生命保険金の支払いを請求することができることから、遺留分権利者からの遺留分請求に対してその生命保険金などを原資として、金銭で速やかな対応も可能となると思われます。
非上場株式等については、後継者に贈与税の納税猶予の適用を受けて早めに贈与しておくことや、相続時精算課税によって贈与すれば贈与税の負担を軽くして多額の財産を生前贈与することができます。贈与後10年を経過すれば、原則として遺留分算定の基礎財産に含まれません。
この改正は、遺留分の算定に係るもので、遺言書がない場合の相続人に対する特別受益の計算についてのものではないことに留意しておかなければなりません。
そのため、遺言書を残しておくことが肝要です。
山本和義
税理士法人ファミリィ代表社員/税理士