争いが絶えないことから「争族」と揶揄される「相続トラブル」。当事者にならないために、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、相続発生時に実家の扱いで意見が分かれたある兄弟の話を、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

父の治療方針で意見対立…兄弟間に確執が生まれて

今回ご紹介するのは奥様と、二人のお子さんのいるAさん家族。Aさんは高校を卒業の数年後、印刷工場を立ち上げ独立。結婚し、長男、そして次男が生まれたころには、地方にも支店を出すほど会社の業績は右肩上がりでした。

 

雲行きが怪しくなってきたのは、子供たちが大学を卒業したあたりから。業界そのものが縮小しはじめ、Aさんの会社でも支店を閉鎖。従業員も去り、Aさんと奥さんだけで仕事を続けていました。Aさんはすでに60代後半。「もう会社をたたんだらどうだい?」と長男からすすめられたこともありました。しかし「せめて会社の借金くらい返してからにしないとな」と、仕事を続けていたのです。

 

そんなある日。Aさんは病に倒れました。病院に救急搬送され一命は取りとめましたが、いつ何が起こるかわからないような危険な状況です。病院に家族全員が集まったとき、家族は延命処置を望むかどうか、医師に聞かれました。そこで家族の意見はわかれました。母と次男は延命処置を望みましたが、長男は望まなかったのです。

 

「俺は父さんから聞いたことがあるんだ。もしこのようなことが起きたら、自分は延命処置を望まないって」

 

長男は、Aさんと二人きりで飲みに行ったときに、たまたま延命処置はありか、なしかという話題になったといいます。そのときAさんは「家族の負担になりたくないから」と答えたのです。

 

長男の言葉に、次男は激しく非難します。

 

「そんなこと、俺は聞いていない。兄貴は、父さんに死んでほしいの?」

 

このあとも兄弟の言い争いは続きましたが、最終的にはAさんは延命処置を続けることに。そして奇跡的にAさんは意識を取り戻したのです。

 

しかしこの一件で、兄弟仲は最悪に。次男はことあるごとに「あいつは、父さんに死んでほしいと思っていたんだよ」と、長男を責めたてました。そんなふたりに対して、母は何も言うことができません。発端となった言い争いも、二人とも父を思ってのことだったからです。ただ時が解決してくれると考えていました。

 

それから5年。Aさんが急死しました。心臓発作で、家族が駆けつける前には息を引き取っていました。兄弟が顔を合わせるのは5年ぶり。お互い顔も合わせません。そして通を終えた時、また兄弟喧嘩が始まりました。それは今後のことを家族で話し合っているときのこと。

 

「相続のことなんだけど、家以外、何も残っていないのよ」と母。会社の借金の返済、父の高額の治療費……これらを工面していくうちに、財産はほとんどなくなってしまったというのです。

 

「ふたりともごめんね。それで家を売ろうと思うの。それも合わせて、遺産を分けましょう」と母。

 

「母さんが謝ることじゃないよ。でも家を売ったら、母さんはどこに住むの?」と次男が聞くと、「あの家を一人で維持するの、大変じゃない。だから施設に入ろうと思って。大丈夫、ふたりの世話にはならないわ」と母。

 

「母さんが言うなら、そうしようか」と次男が言うと、長男が「とんでもない!」と言い出したのです。

 

「父さんは、そんなこと望んでいない!」

 

「なんでそんなこと、お前が知っているんだよ」

 

「父さんと二人で飲みに行ったときに、言っていたんだよ。あの家は爺さんから継いだものだから、何としても守っていくんだって」

 

「父さんがそう言っていた証拠、あるのかよ。何かあれば『父さんが言っていた』って。自分の意見を通したくて、言っているだけだろう!」

 

「ちょっと二人とも、お父さんの前でやめて!」と母。大きな声を聞き、ほかの部屋で食事をしていた親族が集まってきました。しかし二人の言い争いは終わりませんでした。

 

家族のほうが、一度糸がもつれると、なかなか解くことはできない
家族のほうが、一度糸がもつれると、なかなか解くことはできない

日本人の10人に1人は「遺言書」を書いている

事例の家族は親族からのアドバイスもあり、自宅を売ることはやめて、そのまま母が住み続けることになったそうです。ただ兄弟仲は悪いままで、顔を合わせる機会もないのだとか。「私が生きているうちに、仲直りしてくれたらいいのですが……」と母は言っているものの、なかなか確執の解消には至っていないようです。

 

今回の事例、元々兄弟間に確執はあったものの、遺言書があれば、さらに悪化する事態は避けられたかもしれません。ところで現在、日本で遺言はどれくらいの人が作っているか、ご存知でしょうか。

 

正解は、10人に1人。遺言書には、作るのに手間とお金がかかりますが、法的な効力が強い、公正証書遺言(こうせいしょうしょゆいごん)という遺言と、誰でも簡単に無料で作れますが、法的な効力が弱い、自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)という遺言があります。

 

平成28年度に作成された公正証書遺言の件数は、約105,000件です。一方で、簡単に作れる自筆証書遺言は、相続が発生した後に、家庭裁判所で検認(けんにん)という手続きをしなければいけません。平成28年に行われた検認手続きは約17,000件です。そして、現在、日本では毎年どのくらいの人が亡くなっているのかというと、その数は約130万人です。

 

出所:日本公証人連合会
[図表1]公正証書遺言の件数推移 出所:日本公証人連合会
出所:司法統計
[図表2]自筆証書遺言の検認件数の推移 出所:司法統計
出所:厚生労働省
[図表3]死亡者数の推移 出所:厚生労働省

遺言を作った人が約12万人、1年間に亡くなった人が約130万人というわけで、10人に1人は、遺言を作っている、という計算になるというわけです。

 

遺言書は必ずなくちゃいけない!というものではありません。なくてもなんとかなります。しかし「遺言書があって本当によかったですね」ということや、「遺言書さえ残しておいてくれれば……」というシチュエーションはたくさんあるのも事実です。

 

特に家族仲が良くない場合は遺言書があった方が絶対にいいです。

 

また遺言書の作成は、手間とお金が掛かっても、公正証書で作ることを強くお勧めします。というのも自筆証書遺言は、非常によくトラブルが起きてしまうからです。これは大袈裟にいっているわけではありません。本当に、多いのです。

 

 

【動画/筆者が「遺言書の基本」をわかりやすく解説】

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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