「田の字型の間取り」がお父さんの苛立ちを招く
日曜日の昼下がり。お父さんはリビング隣の和室に横になり、のんびりと新聞の紙面を追っています。大きく開け放されたバルコニーの窓から、心地よい風がそよそよと入ってくる。
そこへ、来客。妻の友人たちが遊びに来たのです。気を利かせ、お父さんは襖を閉めます。そのとたんに和室の風が止まってしまいました。風の出口を失った無風の空間はじわじわと暑く感じられるようになってきます。
襖の向こうでは、何人かが入ってくる気配。妻はエアコンをつけ、光熱費のためからか、同時にカーテンを閉めます。エアコンの送風の音が微かに聞こえてきます。しかし、締め切られた和室ではエアコンの涼しさを享受することができません。ひとり、和室に残されたお父さんは、何だか、閉じ込められたような気分です。もちろん、ここを出てエアコンのある寝室に戻ればよいのですが、談笑している妻たちの前を甚平姿で横切るのも気が引けます。
隣では次第に話が盛り上がり、笑い声が大きくなる。襖一枚、温度差はどのくらいになるのでしょうか。お父さんの額にはうっすら汗が浮かび、その笑い声にいつしか苛立ちを覚えます。着た時にはぱりっと肌に心地よかった綿の甚平が汗で湿っぽい。むっとしたまま、お父さんは新聞を読むのもやめ、やるせない気持ちで畳の上に大の字に。
「俺ののんびりとした休日を返せ!」
●通風の問題は間取りの作り方、住戸の工夫で解決する
日本のマンションの主流となっている田の字型の間取りが生む問題点について、簡単に説明します。効率優先で作られた細長い住戸は窓の位置から、ほぼ自動的に、リビングを含めた各居室が田の字に配置されます。そして、窓の開け閉めは各居室を使っている人間が勝手に行います。
通風は各居室に配された窓と窓の関係性で成立しているのですが、誰もそんなことを考えずに、自由気ままに窓を開閉しますから、誰かひとりの都合で住戸全体に風を通すことができなくなるのです。もし、窓が開いていたとしても、田の字型の間取りの中央にある框扉が閉まれば、家中の風が一瞬で止まるようになっているのです。
上記例のように、リビングに面した和室の襖を閉めれば、和室に吹いていたバルコニーからの風の抜け道はなくなり、風は止まります。お父さんが暑い思いをするのは当然なのです。また、来客に配慮してリビングの框扉が閉められると、今度はリビングの風も止まります。
人間が感じる温度(体感温度)は気温だけで決まるものではなく、風や湿度などにも強く影響されます。風があれば同じ気温でも涼しく過ごせますが、無風になると急に暑く感じるようになるのです。風通しのよい住まいはイコール涼しい住まいでもあり、作り手には部屋の使い方を想定した上で通風のよい家を作る工夫が求められます。具体的にはコストが上がっても、できるだけ窓の数が多い間取りを作り、窓と窓の関係性のシミュレーションを重ねることです。
間取りは角部屋や間口の広いワイドスパン、あるいは両面にバルコニーが作れるプランをベースにしたいところです。また、各居室の窓や扉を閉めても、風が流れるように各居室の使用状況とは関係なく開閉できる窓を設計したり、各所に引き戸を使いプライバシーを守りつつ通風を確保する設計も有効です。
一般的には4カ所しか窓が取れない中住戸でも、住戸の配置とこうした通風窓を作り、家族内の人間関係を間取りで考慮することを怠らなければ、住宅の基礎的な条件としての風通しが得られるようになるのです。そのような各種の工夫のある間取りを購入していれば、襖の閉まった和室でもお父さんは暑くてイライラする思いをすることはなかったはずです。
「開けられない窓」が招く不快な食卓
月曜日の朝のことです。中学生になった娘は、自分の部屋で学校に行くための準備をしています。風に揺れるレースのカーテンの合間からは、共用廊下越しに駐車場が見えます。窓に背を向け、パジャマを脱ごうとした時、ふと視線を感じます。振り返るとスーツ姿の男性が、窓の外を通りすぎていく……。
娘の部屋が面した共用廊下は、いろんな人が通ります。まして朝の通勤時間のこと。誰もが忙しく行き来する時間です。通りすぎたと思っているところに、また誰かが。そこで、娘はカーテンを閉じ、窓も閉めます。でも、暑くなるからとエアコンを入れ、ドアを閉めます。これでひと安心です。
一方、リビングではお母さんが朝食をテーブルに並べているところ。テーブルについて新聞を読んでいるお父さんが一言つぶやきます。「なんか、蒸し暑くないか?」
言うまでもなく娘の部屋から流れていた心地よい風が止まったのです。もうひとつの共用廊下に面した夫婦の寝室は、外から見られたくないため、窓は閉められたまま。朝食の支度で忙しいお母さんは、座っているお父さんより早くから暑さは感じていましたが、エアコンが苦手なため我慢をしていたのです。「そう、じゃあ、仕方ないわね」お母さんは窓とカーテンを閉め、エアコンをつけます。
「これじゃあ、朝の爽やかな雰囲気が台無しじゃない」
●窓が開けられる住まいは共用廊下周辺の作り方で解決する
人が通る共用廊下に面した居室では、通る側に見る意識がなかったとしても視線が気になるのは当然と言えば当然。まして、女性であれば、気になってカーテンや窓を閉めてしまうことも考慮に入れ設計されなければなりません。
ちなみに、この中学生の女の子が着替える居室前の通行量は計算できます。全員がエレベータを使用すると仮定した場合、その住戸の右隣にエレベータがあるとして、左に10軒の住戸があったとします。ファミリータイプのマンションでしたら、3人家族として朝6時30分~8時30分までの2時間に通勤通学やごみ捨てに行くと仮定します。
ごみ捨てだけは往復しますので、1世帯4人換算で40人がエレベータを利用することになります。120分に40人が通るのですから、約3分に1人の割合で居室前を人が通る計算になります。きっと3分では終わらないであろう中学生の女の子の着替えには、商品企画者として配慮したいものです。
田の字型の間取りでは、各居室の窓は住戸全体の通風のために大きな役割を担わされています。子どもが窓を閉めると、家全体の風が止まり、リビングにいる家族も含め、全員が不快な思いをします。つまり、デベロッパーは通風とプライバシーを両立するような住まい作りを考えなければなりません。
その具体策は間取りそのもの、通風専用の窓を設けるという工夫とも重なります。田の字型の間取りでは住戸は共用廊下とバルコニーの間に細長く取られますが、そもそも、これを前提として間取りを考えることをやめれば、共用廊下と居室が接しないように作ることもできるのです。
また、敷地の形状、法令上の制限などから、共用廊下と居室が接した配置にせざるを得ない場合にも、視線を遮るためのルーバー面格子を付ける、袖壁や花台や草花などを利用して、共用廊下からの視線が居室内に向かないようにするなどの工夫がなされて然るべきです。
共用廊下と居室、バルコニーとリビングのように、専有部分が外界と接する空間を中間領域と呼びますが、ここをどう設計するかで住み心地は大きく変わります。そこに配慮があれば、マンションでも通風に優れた、プライバシーを守る住まいは作れるのです。もちろん家族が心地よく過ごす朝も守られます。