「大したとことはない。そのうち治るさ」で手遅れも…
【心得その1】
胃がんの手術、早期発見なら内視鏡でラクラク
胃がんの手術というと、腹部を開く外科手術を思い浮かべる人が多くいますが、ほかにも方法があります。それが内視鏡手術です。がんが粘膜内にとどまっている状態の早期胃がんなら、ほとんどは内視鏡でがん細胞を取り除くことができるのです。
内視鏡を使った場合、体にメスを入れることがないので、体への負担がグッと少なく済みます。胃の粘膜には神経がないので、切るときに痛みを感じることもありません。それを知ると、なおさら早期胃がん、しかもがんが粘膜にとどまっているうちに対応をしておきたいことになります。
胃がんは早期発見が大原則ですが、厄介なことが一つあります。それは、早期がんのときには自覚症状がほとんどないことです。
胃の不快感や胸焼け、吐き気、食欲不振といった症状が出ることもあるのですが、これらはすでにお話ししたように機能性ディスペプシアや胃潰瘍でも見られる症状です。
ここで「大したとことはない。そのうち治るさ」と軽くとらえてしまうことが何より怖いのです。放置は、もし胃がんであればみすみす進行を許すようなもの。胃薬で対処しようとするのも考えものです。
私の知っている患者さんでは、胃の調子が悪いからと胃薬を飲んでいたら一時的に症状が改善し、胃カメラの予約をキャンセル。1年半ほどあとに再受診したときには肝臓に転移のある進行がん。残念ながら手遅れで亡くなったという例もあります。
当院の患者さんを対象に統計を取ったところ、胃がんの方とそうでない方が胃薬を飲んだときに感じた改善度に大きな差はありませんでした。これは、実際には胃がんがあるにも関わらず、下手に胃薬を飲んだおかげで発見が遅れる可能性があることを意味します。
胃がんを早期発見するために何をすべきかは、別の項目で改めてお話ししますが、その前に、まずは「ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)」について知ってほしいと思います。
なぜ「ピロリ菌」は胃の中で生きていけるのか?
【心得その2】
ピロリ菌を知ることは胃がんを防ぐ大前提
私は、胃がんに対しては三段構えで立ち向かう必要があると考えています。
第一に「がんの発生そのものを防ぐこと」
第二に「がんを早期に発見すること」
第三に「適切な治療をし、再発を防止すること」
この三段構えの最初が「ピロリ菌の除菌」です。
ピロリ菌の歴史は、1982年、オーストラリアの2人の医学研究者が胃の粘膜に細菌が棲んでいることを発見したことに始まります。この発見は医学界に大きな驚きをもたらしました。なぜなら、強力な殺菌作用を持つ胃の中で生きていられる細菌がいるとは、それまで誰も考えたことがなかったからです。
外部から侵入する細菌を軒並みやっつけてしまう過酷な環境でなぜ生息していられるのかは、研究者ならずとも興味をひかれるところでしょう。そして、何をしているのかも…。
世界中で研究が進められた結果、さらに驚くべきことが分かりました。それが、これまで再三にわたって触れてきた「胃炎・胃潰瘍・胃がんを引き起こすのはピロリ菌だった」という事実です。さらに、十二指腸潰瘍もピロリ菌が引き起こす病気と指摘されています。
これらの病気は昔から人類を悩ませてきました。それでいて原因は特定できず「恐らくは胃酸に何らかの影響があるのだろう」といった程度の捉え方がされていたのです。
しかし、実際には「犯人」は別にいました。しかも意外な姿で。長年人類を苦しめてきた病気の原因が特定できたということで、ピロリ菌発見者の2人はノーベル賞を受賞しています。それだけ大きな功績だったのです。
では、なぜピロリ菌は胃の中で生きていけるのでしょうか? それはこの菌が持つ「ウレアーゼ」という酵素に関係があります。のちに、ピロリ菌はウレアーゼによって自分の周りをアルカリ性に保つことが分かりました。これを使って胃酸を中和させ、生き延びているというわけです。強力な殺菌作用を持つ胃酸ですが、中和されるとさすがにその働きを失ってしまいます。
ピロリ菌に感染した胃粘膜は刺激を受け続け、炎症(胃炎)を起こします。この胃炎は徐々に広がり、胃粘膜全体を傷つけ、慢性胃炎へと進展します。さらに環境因子などの要因が加わると胃潰瘍や十二指腸潰瘍、腸上皮化生(胃の表面が腸の表面に似たものに変化すること)などを引き起こし、胃がんができやすい状態へと変化していくわけです。
広島大学病院のデータですが、胃がんになった患者さん2532例のうち、ピロリ菌に感染していなかった人は、わずか14人(全体の0.5%)でした。また、国連の専門機関であるWHO(世界保健機関)の国際がん研究機関は「ピロリ菌除菌には胃がん予防の効果がある」ことを正式に認めています。