ピロリ菌感染者が全て胃がんになるわけではないが…
【心得その1】
ピロリ菌感染、恐れるに足らず
いざ検査をしてピロリ菌に感染していることが分かってもショックを受ける必要はありません。ピロリ菌感染者が全て胃がんになるわけではないことはすでにお話したとおり。胃に症状がある方は、除菌することで症状が改善することもありますし、若い人ほど、除菌することで将来胃がんになる危険性を減らすことができます。しかし、将来がんができる可能性があるといっても今日、明日という話ではありません。その際に除菌するかどうかは、医師にアドバイスを求めるといいでしょう。
除菌療法では、胃酸の分泌を抑える薬を1種類、抗菌薬を2種類、合計3つの薬を1日2回、7日間にわたって服用します。要は薬を毎日飲むだけ。とても簡単な治療です。手術を受ける必要がなければ、通院の必要もありませんから、負担はとても少ないといえます。
ただし、注意点はいくつかあります。まず、服用はよほどのことがない限り中止しないこと。自分の判断で服用をやめてしまうと、ピロリ菌が耐性を持つ(薬に対して抵抗力を付ける)ことがあります。これでは元も子もありません。
自分の判断で服用を中止するケースとしては、副作用に驚くことが多いようです。便が軟らかくなったり、下痢気味になったり、味覚異常になったり。こうした症状にビックリするわけです。また、服用をやめないまでも薬の量や飲む回数を減らす人もいます。しかし、ここは初志貫徹でお願いしたいところです。当院では、現在までに1万人以上の方に除菌治療を行っていますが、後遺症を残すような副作用が出た人は一人もいません。
ただ、症状がひどくなったときは医師に相談してください。発熱・腹痛を伴う下痢になったとき、下痢に血液が混じっているとき、そして発疹があったときなどは、薬を中止することがあります。
「本当にピロリ菌が除菌できたのか」を確認する
【心得その2】
ピロリ菌除菌と検査で胃がんを99%防ぐ
ピロリ菌の除菌療法を全て終えたからといって安心はできません。今度は「本当にピロリ菌が除菌できたのか」をしっかり確認してもらう必要があります。ここは何度でも強調しておきたいポイントです。
なぜこの部分を強調するのかといえば「薬を全部飲んだからもう大丈夫」と早飲み込みする患者さんが多いからです。「除菌=安心」と思いたい気持ちは分かりますが、最後の詰めを甘くすれば、それでつらい目に遭うのは本人(とそのご家族)です。
除菌療法をしてもピロリ菌を全滅できないことに驚くかもしれませんが、何事も100%は難しいものです。一次除菌療法の成功率は75~90%。かなり高い成功率ですが、それでも除菌しきれないケースがあることは知っておくべきでしょう。
実際に、ピロリ菌の除菌療法を受けたにもかかわらず、最終的な検査をしなかったがために、5年後に胃がんで亡くなった患者さんもいます。もし最終的な検査を受けていたら、ピロリ菌が完全に除菌できていなかったことが分かり、次の手を打てたはずです。
除菌が残念ながら失敗に終わったときには、二次除菌療法が用意されています。一次除菌療法と同様の薬を飲むだけですが、2種類使っていた抗菌薬のうち一つを別のものに変更します。毎日3つの薬(胃酸の分泌を抑える薬1種類・抗菌薬2種類)を2回、7日間にわたって飲み続け、その後4週間以上経ってから再び検査を行います。
二次除菌療法を行えば、一次と併せ99%の人が除菌に成功するといわれていますから、ここまでくれば、第一段階終了。先ほどの「がんの発生そのものを防ぐこと」の一部はクリアできるわけです。
しかし、残念ながら、除菌に成功した方にもがんができる可能性は十分残されています。この時期のがん細胞は顕微鏡でしか見えず、胃カメラで見ても分かりません。除菌により慢性胃炎の活動性を抑えることはできたとしても、細胞レベルで発生しているがんを殺すことはできないのです。
そこで「胃がんは早く見つければ助かる病気」と私が強調していたことを思い出してください。胃がんは早期のうちに適切な処置を行えば、5年生存率は94.9%でした。となれば、早期のうちに見つければいいだけのこと。すなわち「検診」(定期検査)です。
当病院で発見された胃がん患者を対象としたデータがあります。発見時からさかのぼって、いつ内視鏡検査を受けたかを調べたものです。それによると、胃がん発見の1年および2年以内に胃カメラ検査を受けた記録のある方では100%近く「早期がん」の状態で見つかっています。3~4年で85%が「早期がん」でした。
ところが、これが5年以上検査をしていなかった場合となると、半数近くの方が「進行がん」の状態で見つかっています。つまり、1年または2年ごとに内視鏡検査を受けておけば早期の段階でがんを発見できるということです。
参考までに最近5年間の当院の数字を挙げると、内視鏡検査から1年以内に胃がんが見つかった30例のうち外科手術に至ったケースはわずか2例。内視鏡切除率は約97%となっています。
また、内視鏡検査から2年以内に見つかった87例に関しては外科手術に至ったケースが22例。内視鏡切除率は約75%です。早期がんが見つかったとき、体への負担が少ない内視鏡で切除したいのであれば「1年に1回の胃カメラ」がベストということです。
早期胃がんは恐れるような存在ではありませんので、適切な処置をすれば、命を落とす可能性はほぼゼロといえます。ピロリ菌の除菌と定期的な内視鏡検査。このコンビネーションはまさに「鬼に金棒」なのです。
ですから、特にピロリ菌感染の疑いのある中高年の方には、早急に検査を受けていただきたいのですが、一方で私が推奨するピロリ菌検査の「適齢期」は20歳まで。全体に徹底しやすいのは中学生のころです。免疫力も大人と同じくらい発達していますし、検査や治療も正しく行える年齢です。10代のピロリ菌保持者は5%(以下)程度ですから、このタイミングで除菌できれば、この世代の胃がん検診は必要でなくなり、胃がんを撲滅できる日も遠くはないと考えています。
「胃がん対策先進都市」として行政ぐるみで取り組む
<高槻市は「胃がん対策先進都市」>
当院のある大阪府高槻市では市民に提供する胃がん対策として、中学2年生を対象としたピロリ菌検査と成人を対象としたピロリ菌検査、さらに内視鏡検診の3つを用意しています。これは全国の自治体でも高槻市だけで、胃がん対策では先進的な取り組みを行っていると言えます。
しかし、実はそれも最近のこと。かつての高槻市は「後進国」だったのです。2005年の数字ですが、胃がん検診の受診率は全国平均で12.4%。大阪府全体では6.8%でした。高槻市単体で見ると、わずか3.4%。大阪府の43市町村のうちで39位という状況でした。
この状況を何とかしようと市内の医療関係者が連携を取り、2007年から個別検診の導入やがん検診精度管理委員会の発足および行政への働きかけ等をスタート。これには濱田市長をはじめ行政の協力が必要でしたが、私もその働きかけに中心的に関わりました。その後、行政や大阪医科大学の理解・協力のもと、今の充実した胃がん対策の確立に至りました。私自身もそのメンバーの一人として微力を尽くしたつもりです。
胃がんによる死亡者数は2010年以降、全国的に減ってはいるものの、40代以下の若年層に限っては横ばい状態が続いています。若年層に対しては早い時期のピロリ除菌が効果的ですが、2018年時点では、中高生を対象としたピロリ除菌を実施している市町村は35にしか過ぎません。この数をさらに増やしていくことが重要です。
高槻市の取り組みが着実な実績を積み上げることで、同じような取り組みが全国に広がっていくと確信しています。