英語教師・真穂、上達を実感できない英語学習教材に呆然とする

もしも高校四年生があったとしたら、そのぶん英語は上達するのでしょうか? 個人レッスン、オンライン英会話…どれをやっても英会話ができなかった英語教師・桜木真穂が、風変わりな英会話教室で、新しい英語学習法を学びます。本連載は、金沢 優氏の小説『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか』から一部を抜粋し、これからの英会話学習法をご紹介します。

 

 (物語の主な登場人物は、ここをクリック) 

 

ハウツー本、リスニング教材…それでも英語が話せない

もちろん、英会話スクールは他にも沢山ある。単にあのスクールが私に合わなかっただけなのかもしれない。私の英語力を開花させてくれる、素晴らしいネイティブ講師やスクールがあるはずだ。私はその後、体験授業を受け続けた。短期間だが、通ったスクールもいくつかあった。

 

しかし、私はどこに通っても、全く同じ問題に出くわした。それは、『上達を実感しない』ということだ。

 

確かにネイティブとのレッスンは為にはなる。英語に慣れていくような気もした。しかし、やはり私の思い描いていた『ペラペラ』には程遠く、『国内にいては話せるようにはならない』という気持ちの落ち込みが定期的に、まるでつむじ風の如く、丘の上からふっと襲ってきては、ものすごい勢いで私のやる気や自信を、根っこから吹き飛ばしていくのだった。

 

こうして私は留学を真剣に考え始めたのだが、結局母には相談すらできなかった。スクールの失敗もあるし、何より母を家で一人にさせたくなかったからだ。

 

また、留学したところで英語がペラペラになる保証が一つもない、ということを周りからも聞いていた。結果を出すのであれば最低でも一年は必要で、しかもその場合は日本人が周りに一人もおらず、日常生活から学業まで、すべてのやり取りを英語でこなさなくてはならないような厳しい環境に身を置かないといけない、と学科の教授にもアドバイスを受けた。実際、留学をして失敗した人が周りにも沢山いた。そんな人たちを見ると、スクールの二の舞になりそうで、私は怖くて留学など考えられなくなってしまった。

 

それから私はハウツー本から表現集まで、何十冊もの市販のスピーキング教材を買い続けてきた。しかし、どれを使っても『自然と英語が口から飛び出す』ことなどなかった。

 

また、それと同時にリスニング教材も沢山試した。というのも、大学生の時にTOEICで九三〇点も取り(九九〇点満点)、英検だって準一級まで取得したにもかかわらず、ネイティブ同士のナチュラルな会話になると、絶望的に聞き取れなくなってしまうからだ。もちろん、洋画や海外ドラマも字幕なしでは全く理解できない。恐らく資格試験と違って、対策が取れないからだろう。自分でも張りぼてのリスニング能力だと思う。

 

『発音がよくなれば、リスニング力も上がる』という理論から、発音教材だって数多く試した。しかし残念ながら、私の耳に『英語が飛び込んでくる』ような奇跡体験は、やはり一度として起きた試しがなかった。

 

こうして私は英語を話せないまま、教師になってしまった。それでも学校でALTと毎日話していれば、いつかはペラペラになれるとも考えてはいたが、彼らは授業が終わるとすぐに帰ってしまい、驚くほど接点がなかった。結局最後の望みも潰えてしまった。

 

一体私はどこでどうすればよかったのだろう。思い描いていたのは、リスニングやスピーキングもネイティブ並の英語教師だった。こんな教師になったことを、父は今、天国からどう思っているのだろう。きっとガッカリしていると思う。私が再び英会話スクールをズル休みしていたことを知った時の母と同じ顔だ。せめて教師になるまでは、父に生きていて欲しかった。そうしたら、今まで怠惰だった私を叱り飛ばしてくれていたはずだ。

 

英語を話せるようになりたい。だって、カッコいいもの。素敵だもの。カッコよく、素敵になりたい。生徒から憧れられるような英語教師になりたい。この生き方を選んで正解だった、と父に胸を張って言いたい。そしてまた褒められたい。年を重ねたって、肌の張りを失ったってその気持ちは全く色褪せない。二十八歳になっても、私は夢を見続けている。

日本の英語教育に感じる不安…このままでいいのか?

「それじゃあ、この英文を誰か訳してみて下さい」

 

私は黒板の『I have been to Kyoto twice.』を指さして、生徒たちに問いかけた。しかし、反応は全くなかった。全く分からないわけではないはずだ。何故ならこの文は先週軽く触れたからだ。それに既に塾で習っている子だって絶対にいるはずだ。

 

彼らと付き合ってきて、はや二カ月。私はまだまだ彼らとの距離を感じる。それは生徒たち同士も同じようで、見ていてまとまりがない。もちろん、仲のよいグループはいくつか存在はしているが、それらに繋がりがない。小さな輪がポツポツとあるような印象だ。ちなみに以前、休み時間のクラスの様子をチラリと見たことがあったが、それぞれが机で寝ていたり、自習をしていたりと、シーンと静まり返っていた。また、他のクラスに遊びに行っている者も多く、教室自体もスカスカだった。賑やかだった両隣の教室と比べると、活気のなさが一際目立った。

 

その時、ふと誰かの手がスッと挙がった。前の席に座る、月島葵(つきしまあおい)さんだった。

 

「・・・『私は京都に二回行ったことがあります』という意味だと思います」

 

着席したまま、月島さんは遠慮がちに答えた。

 

「正解です。ありがとう、月島さん」

 

ニコッと照れ笑いをしたその顔がなんとも可愛らしかった。月島さんは決して積極的に人前に出るタイプではない。体格も小柄で、スポーツは余り得意ではないが、学校の成績は抜群で、特に英語の成績は学年トップの常連である。彼氏はいないようだが、男子の中には隠れ月島さんファンは少なからずいそうだ。

 

「それじゃあ今日は、この現在完了形の経験用法から学んでいきます」

 

私はカツカツと黒板に英文を書きながら、授業を始めた。背後から、気怠そうにノートを取り出す気配がした。

 

そして、授業も中盤に差しかかった時だ。私は黒板に書いた『I’ve been there.』という英文の、『there』という単語の日本語訳を再び問いかけた。しかし、やはり反応がなかったので、私はちょうど目が合った小山佑士(こやまゆうじ)君を指名した。

 

「えええ・・・マジ俺っスか?」

 

当てられた小山君は渋々と立ち上がった。大きい。身長は一七五センチはあるだろう。野球部のエースとしては十分な体格だ。去年、秋の大会でチームを優勝に導いた実績もあり、その時の勝利投手として、マウンドで左手の人差し指を天に向かって突き上げている彼の写真を見たことがあるが、本当にキラキラと輝いて見えた。

 

実際、甲子園の常連校でもある星心学園からもスカウトの声がかかっているらしい。甲子園でプレーすることが彼の夢であるため、なんとかそのスポーツ推薦枠を勝ち取ることが今の彼の目標なのだが、そのためには夏の大会で最低でもベスト8に残ることが絶対条件らしい。先週、一回戦をコールド勝ちで突破したと、野球部の顧問でもある山形先生が話していた。

 

そのため、彼の勉強意欲は極めて低い。いや、全くないと言っても過言ではない。彼にとって学校の授業は、部活が始まるまでの休息時間でしかないのだ。

 

「この単語、何度も見たことはあるでしょう?」

「見慣れぬ奴です」

 

嘘ばっかり。クラスから、クスクスと失笑が聞こえてきた。

 

「えっと・・・『彼らは、彼らが』」

「それは『they』だよね?」

 

「そっか・・・うーんと、『その時』」

「それは『then』でしょ?」

 

「マジッスか?」

私がマジッスか、だわ。本当にもう、このノーコンピッチャー。

 

それからも的外れな回答を繰り返した挙句、小山君は「じゃあ、分かんないッス」と言って、勝手に席に座った。私はふと、山形先生が「小山はあの雑な性格さえ直れば、もっと伸びるのになぁ」と嘆いていたのを思い出した。そうなのだ。彼にはきっと、正確さや慎重さが足りないのだ。行き当たりバッタリで計画性もない。マウンドの上でも恐らくそうなのだろう。

 

私は再び誰かを指名しようとクラスを見回したが、みんな一斉に下を向いた。何だか私、石化を恐れられているメデューサみたい。月島さんは挙手するかどうか悩んでいるように見えた。何度も答えて、優等生っぽく目立つのを恐れているのだろう。気持ちはよく分かる。それに、特定の生徒に頼りすぎもよくない。私は黒板の隅に書かれた日付を見て、

 

「えっと今日は六月一日だから、六引く一で、出席番号五番の人」

「えっ・・・ぼ、僕ですか?」

 

幼い声を上げ、ビクビクしながら立ち上がったのは、阿部祐助(あべゆうすけ)君だった。しまった、彼が五番だったか。引き算以外にするべきだった。

 

阿部君は声変わりすらまだで、身長は一五〇センチもない。体重だって四〇キロくらいだろう。体も弱く、去年は不良からお金をまき上げられるというトラブルもあったらしい。ただ、一番の問題は成績で、いつも三組では最下位の常連だ。先日の保護者面談では、「うちの息子が行ける高校はありますか?」と母親から重い相談も受けた。

 

「分かる?阿部君。『there』の意味」

 

阿部君は少し悩んでから、ボソリと、

「・・・『熊』、ですか?」

 

私は思わず、「はい?」と素の声で聞き返してしまった。

 

周りからクスクスと失笑と、「ウソー」や「マジやばーい」などの女子グループからの悲鳴に近いものも聞こえてきた。

 

「阿部君、もしかしてなんだけど・・・『there』と『bear』を勘違いしていない?」

クラスのクスクス笑いが大爆笑に変わった。

 

「ありがとう、阿部君。あとでしっかりとスペルを見ておいてね」

 

私はさりげなくフォローをして、泣きそうになっていた阿部君を座らせた。

その時、また月島さんの手がスッと挙がった。

 

「『there』は『そこに』って意味だと思います」

「ありがとう、月島さん」

 

ふー、助かった。絶妙なタイミングだった。きっと彼女は私の気持ちを読んでいる。情けないけど、クラスの中で彼女だけが私の味方のような気がする。

 

「それでは教科書の本文に入ります。三十一ページを開いて下さい」

 

気怠そうに生徒たちが教科書を開き始めた。それと同時に、「せんせー、教科書忘れました」、「せんせー、トイレに行ってもいいですか」、「せんせー、うちの猫が昨日いなくなりました」などの私語や笑いが挟まった。

 

ふと私は千賀子の先程の発言を思い出した。確かにその通りだ。この子たちに英語で授業をしても、分かってくれるわけがない。無理だ。そして、もしもそのレベルにまで持っていきたいというのであれば、それなりの英語力を小学生の段階でしっかりとつけておいてもらわないと、私たち中学校の教師が困る。

 

と、そこまで考えて、私はハッとした。こうやって、責任をたらい回ししているだけじゃないのだろうか、日本の英語教育って。だとしたら、大変なのはいきなり重大責任を押し付けられた小学校の先生たちだ。英語なんて大昔のことで、チンプンカンプンな人もいるだろう。現場では大混乱になっているかもしれない。私だって嫌だ。もし、「今後、スワヒリ語の指導をお願いします。子供たちの将来はあなたにかかっているんです」なんていきなり言われたら。

 

一体、この国の英語教育は正しい方向に進んでいるのだろうか。私はため息を吐きながら、CDをかけた。ネイティブが発音する教科書の本文が流れ始めた。スピードがめちゃくちゃ速い。ところどころ聞き取れなかった。馬鹿じゃないだろうか、私。誰か私を救って。英語のない世界に連れて行って。無理ならもう一度鎖国をして。東京オリンピックなんて、いらない。

 

(次回に続く)

 

英会話講師・脚本家

石川県出身。上智大学法学部国際関係法学科卒業。第13回、31回シナリオSIグランプリ入賞。第31回入賞作を大幅に加筆修正し、『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか』を出版。

著者紹介

連載英語教師が立ち向かう新しい英会話学習~『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか』より

もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか

もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか

金沢 優

幻冬舎

英会話スクール、オンライン英会話、ハウツー本・・・。すべてに挫折してきて、教育指導要領改定に戦々恐々とする英語教師・桜木真穂。ネイティブスピーカーの同僚を羨み自分に自信を失う中、偶然であった英会話教室で「今まで…

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