経営者の「焦り」「怒り」をモロに受ける営業マンたち
「営業のノルマ増」について考えてみます。「一刻も早く経営を立て直さなければ」と経営者が焦ると、その矛先は営業マンに向かってしまいがちです。
長く営業畑でやってきた経験から実感としてわかるのですが、業績不振に陥る要因は本来は複合的にあるはずですから、いろいろな観点から原因を究明しなければなりません。しかし、直接売上に直結する営業が悪いと手っ取り早く判断されがちです。簡単に言えば「売上が上がらないのは、営業が仕事を取ってこないからだ」となるわけです。
営業は外回りの仕事がほとんどで仕事の実態が見えにくく、「あいつ、本当に真面目に営業回りをしているのか」と疑われやすいこともあります。営業成績の数字が悪いと、それだけで「サボっているんだろう」と決めつける上司もいました。この上司の気持ちもわかります。以前の私もそうでした。
確かにサボっていて成績が上がらない営業マンは多くいると思います。この疑わしく重い感情をコントロールするために私が自分に言い聞かす意味で決めたことは、「真面目に仕事をしていて売れないのは会社の責任」「サボりたい気持ちに打ち勝てるように、仕事の魅力を伝えるのは私の責任」と。
今は真面目に営業をやっていても売れにくい時代です。気合と根性で押し切れた、大量生産・大量消費時代とは違うからです。営業職は専門職に比べ補充が利きやすい職種でもあるので、多くの会社で売れない営業マンのリストラや成果給制度の見直しが始まります。
成績のいい営業社員だけを残して、あまり芳しくない社員はサヨウナラ。その結果カツカツの人数で営業をすることになります。そして、「売上を上げてこい!」と檄が飛ぶのです。それでもデキる営業マンたちが頑張れば少ない人員でもそこそこの成績は維持できるのですが、やはり無理は長続きしません。営業マンたちは次第に精神的にも肉体的にも追い詰められ、目先の結果ばかりに目が行き雑な仕事や強引な仕事をするケースが増えていきます。
営業マンはノルマに追われ、使い古されて疲弊していく
雑な営業にありがちなパターンとしては、「契約を取ったら終わり」で顧客のフォローをしなくなることです。営業マンたちはどんどん新しい仕事を取らなければいけませんから、お客様との契約が済んだ時点で「目的達成」となり、次の営業先へと意識が移ってしまうのです。
これは、お客様側としては大変面白くありません。極端に言えば「契約したら、ハイ終わり」で投げ出されたような気持ちになります。そのうちお客様の心が離れ、本来であればいただける次の契約の機会を喪失することになるのです。
また、ノルマのプレッシャーに負けてしまうと、受注を取りたい気持ちが先走り、お客様に強引に契約を結ばせてしまうということがあります。こうした不信感や不安感は後々、大きな不満となり残りますから、営業マンはおろか会社全体の評判も落とすことになってしまいます。
それでも、営業マンたちは会社から「ノルマ、ノルマ」と言われ続けます。馬車馬のように走り続けた先に彼らが見るのは、〝限界〞です。体力の限界から辞めていく人、もうこの地域でこれ以上の受注は無理と判断して辞めていく人、ノルマの重さに耐えかねて辞めていく人……いずれにしても、企業の最前線で働く営業マンは消費されて終わるという、悲しい結末が日常的に起きているのです。
「どうしてもこの仕事をやりたい」営業マンは少ない
世の営業マンの多くが実際に転職したり、転職を考えたりしています。株式会社キャリアデザインセンターCDC総合研究室の「営業職のキャリア意識調査」で、営業職を対象に「転職の意向」を聞いたところ、次のような結果が出たそうです。
●具体的に転職先を探している 43.0%
●すぐに転職したいが、行きたい会社・仕事がない 21.2%
●なんとなく転職を考えているが、具体的ではない 19.9%
●あまり転職は考えていないが、いい会社・仕事があれば考えてもいい 11.6%
●今のところ転職する気はない 4.3%
実に、84.1%もの営業マンたちが転職を考えているということです。
営業という仕事は、お客様から「受注」を取ってくる仕事です。その営業職が長続きせず、すぐに辞めていくとなると、企業の将来は非常に暗いものになってしまうでしょう。「営業」という職業は、世間一般には「ノルマがあって大変そう」「お客様に煙たがられたり、受注を取るのに頭を下げたりして辛そう」というイメージがあるようです。
営業をやってみたいかと聞かれたら、「どちらかというとやりたくない」というのが、多くの人の意見ではないでしょうか。私の周りを見てみても、「どうしても営業をやりたくて入社しました!」「営業が大好き」という人は、残念ながらほとんどいませんでした。
たいていが「資格も持っていないし特技もない。自分には他にできそうな仕事もないから」という消去法であったり、「最初に何となく営業になって、そのまま続けている」という理由で営業をやっている方が多かったと思います。
あとは、インセンティブの魅力でしょうか。営業職は基本給は低いものの、たくさん受注を取れば、その分インセンティブが多くもらえるという給与の仕組みになっている会社がほとんどです。私もインセンティブに惹かれたクチなのですが、実はこのインセンティブ制が営業マンの心を蝕む一因にもなり得ます。なぜインセンティブが危険なのか、ピンと来ない読者もおられるかもしれませんので、私の体験談を通して少し説明しましょう。
1週間で心が折れた「断られる」ばかりの飛び込み営業
私は学生の頃、あまり勉強が好きではなく、好き放題に遊んでいました。そのため、いざ社会に出て「働くぞ」と思ったはいいものの、就活するうえで自分には他の同年代と比べて学歴の面で大きなハンデがあることを思い知らされました。
過去を振り返っても取り戻せませんし、志望業界、職種にこだわりもなかったので、学歴面を考慮して採用してくれる会社ならどこでもいいと思っていたのです。そんな時期にあるリフォーム会社(のちに上場)の営業職募集広告を見ました。そこには学歴不問で、頑張ったら頑張っただけ歩合給がもらえるとの条件が明示されておりました。単純な私は、これなら自分にもチャンスがあると思い、即日面接に行きました。
これが、以降この業界でずっと仕事をすることになったきっかけであり、営業の道に進んだ動機でもありました。このように、私がリフォーム業界に入ったのは本当にたまたまなのです。
偶然目に留まった某リフォーム会社の募集広告に「頑張れば月に100万円稼げる」と書かれており、100万円という想像もできない大金を夢見てわくわくする気持ちで面接を受けました。
面接では、1点だけ質問をしました。「どうして未経験者が100万円も稼げるのですか」と。当時面接をして頂いたK支店長は「一日300軒訪問すれば稼げますよ」と簡単に言いました。少し拍子抜けしましたが、やはり単純な私は、それならできると思ってしまったのです。「ぜひ採用してください」とお願いして面接は終わりました。
面接結果は不採用でした。納得できなかった私はK支店長に頼み込んでもう一度会ってもらい、何とか入社が叶ったのです(後日聞いたところ、相当「生意気」な印象だったそうです)。
仕事は一般のご家庭への飛び込み営業でした。決められた地域の住まいを一軒一軒お伺いしてインターフォンを押し、出てもらえたらインターフォン越しに声をかけ、さらにリフォームに興味を持ってもらえたら玄関先まで入らせてもらい話をします。たいていは無視されるか居留守を使われるか、「今忙しいから」と一方的にインターフォンを切られておしまいです。邪険にされたり、いきなり怒られたりしたことも何度もあります。実際に営業をやってみて、「これはしんどい仕事だ」と初日に思いました。
自分の存在を全否定されているようで自尊心がズタズタになりましたが、たった一日で辞めるのではあまりにも情けないので、1カ月間ぐらいのうちに言い訳を考えて辞めようと思っていました。募集広告を見たときのわくわく感なんて、一瞬でなくなってしまったのです。
「将来に対する不安」が営業マンの心を蝕んでいる
それでもお願いして採用してもらった以上は「一日に300軒回れば稼げる」と言われたことを信じ、まず1カ月は全力でやろうと決心しました。そうやって諦めずに続けていると、一人二人と話を聞いてくれるお客様が現れ、なかには「貴方は雨の日でも一生懸命頑張っているね」と契約をしてくれる方も出てきて、初月から1000万円近くの契約を取ることができました。気づけば本当に2カ月目の給与が100万円を超えていました。
何のコツも裏技もなく、ただひたすら真面目に、玄関のベルを押すことをくり返していただけです。このときに「営業の仕事は辛いけれど、やればやっただけ稼げる」ことを実感し、少し自信がつきました。
それからも私は知識や技術面で劣る部分をカバーしようと真面目に一日300軒の訪問を続け、順調に売上を伸ばしていきました。しかし、それでも「これは一生やる仕事ではない」といつもどこかで感じていました。
次の給料もわからない…金銭的な不安に苛まれる
どうして一生続けられないと思ったかというと、その理由の一つがインセンティブの比率が高い給与形態による生活の不安定さでした。入社以来の好調は続いてはいたものの、月が替われば売上の保証なんてどこにもなく、もし売上が落ちれば売れない営業マンのように悲惨な状態になることが、とても他人事には思えませんでした。
ですからいくら数字を出しても、上司に褒められても、精神的な安らぎは手に入らないのです。それどころか将来に対する不安が大きくなっていく一方でした。
営業の給与形態は基本的に「固定の基本給+成績に応じたインセンティブ」です。受注を取れば取っただけ、手にする報酬も多くなります。逆に受注が少ないときは報酬も減りますが、この制度には大きな落とし穴があります。
一度、月に100万円の生活をすると、売上が落ちて収入が減っても生活レベルを下げられずに、借金をしてでもその生活を維持したい、来月その分頑張って稼げばいい――都合よく考えて、気がつけば100万円の給与を稼げる月があったとしても、借金が増えてしまうというケースは身近でも多々ありました。これが、営業はギャンブルに似た部分があると思われている所以です。
営業は、一日の定量の仕事を気分や結果次第で変えてしまうようでは、安定的に契約を見込むことが難しい仕事です。真面目に頑張っていても契約が取れないときもありますし、逆に、さほど頑張らなくても契約が取れてしまうときもあります。これでは何を信じて仕事をしていけばいいのか、精神的な支柱が常に揺らぎます。
この揺らぎを消すのは絶対量、どれだけ仕事をこなしたか、です。これができないと、いくら営業技術が優れていても大きく稼げる月と全然ダメな月との差ができて、生活そのものが不安定になってしまいます。
「今月はうまくいって100万円稼げたけれども、来月は基本給の20万円しかないかもしれない」「先々月、先月と多く稼いで、つい気が大きくなってローンを組んだけれど、ずっと払っていけるだろうか」「今は元気だからいいが、病気をして働けなくなったら……。基本給だけでは生活していけない」
来月の収入が保証されていないという不安は、とても大きなストレスです。
営業を続けても、将来的なキャリアビジョンが描けない
また、営業を続けにくいもう一つの理由として、先のキャリアが見えにくいという不安もあると思います。
「このまま営業職を続けていって、どんなキャリアアップが望めるのか」「転職ばかりくり返してきたが、もうこの歳では次の転職は無理かもしれない。転職できたところで、条件は厳しくなるだろうし……」「営業は体力勝負……年金がもらえる歳まで、今のまま働き続けられるだろうか」営業マンの多くがこんな不安を抱えながら生活しているのではないでしょうか。
営業を3年ほどやって、営業マンを指導していくリーダーとなり自分のチームを持たせてもらって出世していくとか、営業の腕を見込まれて他社からヘッドハンティングされるという道もないわけではありませんが、実際にそのようなキャリアアップができる人は一部です。
こうした〝収入の不安定さ〞〝キャリアの希望が見えない〞という要素が、営業マンたちの心を蝕んでいきます。その結果、生活が荒れて借金やギャンブルに手を出し、首が回らなくなる人や、精神的に病んでしまう人などが営業職では決して珍しくありません。
営業マンの不幸=会社の不幸?
営業マンが置かれている厳しい現状は、営業マン自身にとっても不幸ですが、会社にとっても不幸なことです。なぜなら、お客様の前に立つ最前線の営業マンが元気でないと、契約もなかなか取れないからです。
商品やサービスを買うお客様にしてみれば、覇気のない、何だか顔色も優れない不健康そうな営業マンからわざわざ買いたいと思うでしょうか。同じような商品やサービスがあるのなら、別のもっと元気のいい営業マンから買いたいと、私なら思います。お客様はあなたの会社から買おうが、別の会社から買おうが、商品やサービスや値段がさほど変わらないなら、どっちだっていいのですから。
もう一つ、離職率が高い会社が不幸なのは、ノウハウが蓄積されていかないことです。営業にもノウハウはあります。目標管理の仕方や、アポイントや商談のやり方といった事務的な仕事はもとより、会社にとって何よりも大事な〝顧客との繋がり〞が失われてしまいます。
営業とは人間関係です。これは簡単には構築できませんし、単に「顧客情報」といったような、文字で残せる性質のものでもありません。先輩の営業マンから後輩の営業マンへ、生の言葉や行動で伝えていかなければならないものです。
お客様の中には、「○○さんだから買う」という人が決して少なくありません。このような関係が構築されれば、相見積もりもなく契約をいただけるケースも増えて、時間的な効率も各段と上がっていきます。そして、お客様との関係構築においていい見本となる営業マンが増えていくので結果として会社の質は高まります。
反対に、この最前線の営業マンが辞めてしまうと、お客様の中に「今度の担当は大丈夫だろうか?」という不安が生まれてしまいます。どうせ一から営業マンとの関係を築かなくてはならないのであれば、せっかくだからこの機会に、他社の営業にも相談してみようかな、という心理になるのではないでしょうか。そうなってしまうと、また会社も新たな営業担当者も熾烈な競合争いの渦中に戻る羽目になり疲弊していくのです。