中国共産党・政府が発表した「粤港澳大湾区発展規画綱要」は、香港ビジネス業界からは前向きに受け止められているものの、香港の民主派と呼ばれるグループや海外からは警戒の声も上がる。成否のカギとなるのは、やはり香港との関係だ。果たしてその着地点はどうなるか。本記事では、「粤港澳大湾区発展規画綱要」における香港での反応と、綱要が孕む矛盾について詳しく解説する。なお、本稿は筆者自身の個人的見解、分析である。

香港からの警戒感と不信感は大きい

香港ビジネス業界は総じて計画を前向きに受け止めているようだが、綱要が医療分野の協力推進として、「緊急でない重病患者を陸路で越境輸送し、患者の転院を協力して行う試験拠点(試点)を指定公立病院内に設けることを検討」としたことに対し、香港一般居民は直ちに、メインランドからの患者が香港の病院に押し寄せ、香港医療事情がさらに悪化するのではないかと敏感に反応した。香港一般居民の計画に対する懸念を象徴するものだ。林鄭月娥香港特別行政区行政長官は議会で、「この重病患者とはメインランド在住の香港人のことだ」と答弁し、懸念払しょくに躍起になった(2月21日付星島環球網)。

 

綱要は第2章「総体要求」第1節「指導思想」の中で、「〝一国両制(二制度)〟を全面的かつ正確に貫徹」「〝一国両制〟の制度的メリットを充分認識・利用する」とし、さらに第2節「基本原則」で、「〝一国〟の原則堅持と〝両制〟の差異尊重を有機的に結合させる」とうたっている。しかし未確認情報ながら、計画は当初メインランド主導で策定され〝一国両制〟への言及もなかったが、策定過程で香港内部の反発を抑えるため同文言が挿入されたとの噂もある。

 

習政権下で香港への関与が強まっている中で、予想された通り、香港の民主派と呼ばれるグループや海外から、計画は香港を利用し、またその本土化を早めることをねらったものと警戒する声が挙がっている。

 

例えば、計画は国際規則を遵守するとの評価が定着している香港を利用して、先進国の「先端技術を盗む」「マネーロンダリングをする」ことを企図しており、香港が計画で果たす役割は中国の「白手套」、つまり、自らは手を汚さず目的を達成するための白手袋のようなもの、また、一時メインランドで流行った「被○○」、意図に反して、あるいは知らないうちに「○○させられている」との表現を用い、香港は「被規画」、計画に取り込まれたとの声が挙がっている(2月20日付大紀元他)。(参照:『熱詞――「流行語」から見る現代中国の世相』

 

これに対し、計画発表直後、林鄭行政長官は綱要策定過程で①特別行政区は意見を聞かれ、それが綱要に反映された、②金融論壇、科技論壇など各界の意見聴取もあり、自分(林鄭)自身10回以上もそうした場に出席していることから、「被規画」といった言い回しには同意しないと発言(2月20日付新聞資訊)。さらに4月、香港、マカオ、広東の3省区政府が東京で開催した大湾区シンポジウムで(参照:「広東・香港・澳門大湾区シンポジウム」、林鄭行政長官が冒頭スピーチで真っ先に強調したのも、計画は一国両制を前提にしていることだった。

 

さらに6月以降、「逃亡犯条例」修正問題に端を発し、香港で続いている混乱、緊張状態は、本計画を別にしても、そもそも香港のメインランドに対する警戒感、不信感が根深いものであることを図らずも示しており(参照:『事情通の財務省OBが解説!緊張続く香港…中国政府の対応は?』『香港情勢の行方…中国は「譲歩も介入もしない」可能性が高い』)、現実的にも、混乱の長期化で、計画の円滑な実施に何らかの影響を及ぼすことが懸念される事態になっている。

 

また、香港で混乱がなお続くさなかの8月、中国政府は2018年にGDP規模で初めて香港を上回った深圳を、2期目習政権が17年党大会以降掲げている看板「中国特色社会主義」(参照:『2期目を迎えた習政権 当局が誇示する1期目の成果とは?』の先行モデル地区にするという「意見」を発表(注)。また、深圳前海蛇口自由貿易区を試点として、資本規制の緩和、外貨から人民元への交換など諸手続きの簡素化を行うことも発表した。

 

(注)もともと7月24日に党全面深化改革委員会(以前の小組、つまり小チームを習政権になって格上げしたもの)が発表していたものを、8月18日、国務院(したがって中国政府)として発表。

 

深圳を発展させる「3つの発展段階(三歩走)」として、①2025年までにその経済的実力と発展の質を国内都市の最高水準にすること、研究開発費の投入強度(対GDP比)を高め、産業の創新能力を世界一流にすること、文化などソフト面の実力を大幅に高めること、公共サービスや環境を世界の先進水準にすること、②35年までにその発展の高い質が国内のモデルとなり、都市の総合的な経済競争力が世界の先頭を走り、創新都市として世界的影響力を有し、国内で社会主義現代化のモデル都市となる、③21世紀中葉までに、競争力、創新力、影響力の面で、世界の中で卓越したモデル都市になる、という構想を示している。

 

総じて、産業の創新を強調しており、その意味では、深圳を創新都市の中核として位置付ける大湾区計画と、少なくとも表面的には整合性がとれている。

 

これらも発表のタイミングもあって、中国政府の意図について様々な憶測が飛び交っている(深圳を香港の代替にしようと考えているという香港に対する警告ではないか、いや、メインランドに残る諸規制を考えると、代替はすぐにできるような話ではまったくない等々。8月19日付万維読者網、18日付多維新聞他)。大湾区計画の実施に「意見」が何らかの影響を及ぼすことになるのか、今後注意していく必要がある。

 

他方、香港で緊張状態が続く中でマカオは平穏を保っており、8月中旬には親中派の新たな行政長官が選出され、新長官は「一国両制、マカオ居民によるマカオの統治(澳人治澳)」「高度自治」を全力で推進すると述べている。行政長官選出方式は香港と同様だが、香港の雨傘運動の時のような反対はなかった。

 

現在、香港の混乱が続く中で、反体制派と見られる人物の香港からの入境を規制しているとの情報もある。マカオが平穏を保っている背景として、以下のような点が指摘されている(8月26日付徳国之声中文網)。

 

①香港では国家安全保障関係の法整備(基本法23条)は大きな抵抗があり棚上げになっているが、マカオはすでに2009年に国安法を制定、反体制派が結集し難い状況になっている。

 

②マカオでは中国返還後、大規模な抗議運動が勃発したのは14年の一度だけ。この時は、離補法(行政長官など政府高官が離職する際、高額の離職補助金を受けとることができるようにする法案)に対し、不透明だとの大反対が起こり、同法案が撤回に追い込まれたが、これは、マカオでは自らの経済的利益に直接関わってくる話の時だけ大規模抗議運動が起こることを示している。

 

③マカオ経済の大半はカジノおよびその関連産業が占めており、その成長はメインランドからの旅行客の増加および彼らの消費に大きく依存。メインランドでの腐敗汚職摘発強化を受け、カジノ産業は14~15年停滞したが、16年以降再び成長。18年、カジノ産業があげた利益は380億米ドル、これに課している直接税収入(税率35%)は133億米ドル(何れも前年比14%増)で、財政収入の8割を占めている。このため一般に、香港と異なり、マカオ居民のメインランドとの一体意識は強い。

 

大湾区計画推進にあたり、マカオでは香港のような問題が生じる可能性は低い。ただ、マカオの人口、GDPは各々香港の10分の一、5分の一にすぎず、いずれ大湾区計画全体に及ぼす影響は小さい。

成否の鍵は「内在する矛盾の克服」

計画発表に先立つ2019年1月、中国社会科学院財経戦略研究院が孫文(孙中山)研究院の協力を得てまとめた「4大湾区影響力報告2018」を発表し、計画が意識するサンフランシスコ、ニューヨーク、東京のベイエリアとの比較を行っている。

 

それによると、様々な面での影響力を指数化した結果、粤港澳の総合的影響力はサンフランシスコ、ニューヨークに次いで第3位、中でも経済的影響力は1位、創新影響力は2位で、その「影響力は悪くない(不俗)」と結論付けている(その他はイメージ2位、文化・観光3位、生活・ビジネス環境4位、図表)。

 

同時に報告は、粤港澳の1人当たり平均GDP、大湾区各地区を平均したGDP、3次産業比率、ビジネス環境は他の3つの大湾区に比べ大きく後れをとっており、また創新指数も、これを細分化した創新基礎指数や創新能力指数は最下位で、これらは粤港澳の弱点を示しているが、同時に発展の可能性が大きいことを示唆するものでもあると結論付けている。

 

モルガンスタンレー予測でも、向こう10年で大湾区の人口は7600~8800万人、経済規模が3.2~4.1兆米ドルと2倍以上に増加し、英国を抜いて世界第5位の経済体となり、中国経済の2割を占めることになる見込みで、大湾区は大きな潜在成長性を持つ。

 

[図表]4大ベイエリア影響力指数比較(2017〜18年) (注)社会科学院は報告について、「定量・定性指標を結合する研究方法を採用し、国内での系統的な議論を経た研究成果」としている。 (出所)2019年1月23日付中国産業信息(情報)サイトが社会科学院報告を基に作成・掲載
[図表]4大ベイエリア影響力指数比較(2017〜18年)
(注)社会科学院は報告について、「定量・定性指標を結合する研究方法を採用し、国内での系統的な議論を経た研究成果」としている。
(出所)2019年1月23日付中国産業信息(情報)サイトが社会科学院報告を基に作成・掲載

 

しかし、綱要で示されている中心的役割を担う4つの都市の位置付けは、すでに各都市が目指している方向と比較してなんら新味のあるものではない。また、空港や港湾などの各種公共インフラ、金融サービスセンターや製造拠点としての機能といったハード面では、大湾区はすでに他の3つのベイエリアとさほど遜色ない。

 

綱要の最大の意義、ねらいは、ヒト、資金、情報の流れなどの面でいかに各都市間の一体化、協調体制を構築していくかというソフト面にあり、これが大湾区の潜在成長性を実現していく上での最大の鍵となる。他方、計画はこうしたソフト面での取り組みを強化すればするほど、上記のような香港のステータスに対する内外の懸念を増幅させかねないというジレンマを抱えている。

 

綱要は基本的にアイデアを述べるに止まり、3月全人代で広東省党委書記が述べたように、今後、中国でよく言われる「1+N政策体系」、つまり総論的な計画の下に様々な具体策が配置される。具体策「N」はこれからだが(広東省党委・省政府は7月、省としてのより詳細な実施意見と3年行動計画を発表)、このジレンマをどう克服していくかが計画成否の鍵を握る。

 

 

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