子供がいない場合、遺産は誰のものに?
人が亡くなった時、その人の遺産を分けなければいけませんが、この遺産の分け方には法律で定められたルールがあります。それは、そのルールは非常にシンプルで、遺言書がある場合には遺言書の通りに遺産を分けます。遺言書がない場合には、法定相続人全員での話し合いによって遺産の分け方を決めていくことになります。
配偶者は必ず、法定相続人になります。そして配偶者以外の法定相続人には、優先順位があります。まず、第1順位の法定相続人は子供です。子供がいない場合には、第2順位に進みます。第2順位の法定相続人は直系尊属である父母です。そして、子供も父母もいない場合には、第3順位に進みます。第3順位の法定相続人は兄弟姉妹です。
子供や親が相続する場合は、それほど揉めることはありませんが、相続人の兄弟が絡んでくると、付き合いが密にあるわけでもないので、やっかいなことが起こる場合があります。
今回は、子供がいないことで起きた、ある相続トラブルを紹介します。
先祖代々の土地…血筋を絶やすわけにはいかない
ある地方都市に住むAさん。三兄弟の長男で、奥さんのBさんとは結婚40年。両親とは先祖代々守ってきた土地に建つ大きな一軒家に同居していましたが、10年前に父が、2年前には母が亡くなりました。Bさんとは子宝には恵まれませんでしたが、定年後は夫婦水入らず、幸せな毎日を過ごしていました。
しかしAさんには、1つ、今後のことで気がかりなことが。先祖代々守ってきた土地をどうするか——。そこで、弟のCさんとDさんに相談をすることにしました。
「Cと、D。ちょっと相談があるんだけど」
「なんだい、兄さん」
「自宅の相続のことなのだが……今すぐに何かが起こるわけではないが、万が一のことを考えておきたいんだ」
「先祖代々守ってきた土地だからな。Bさんに、というワケにはいかないよな……」とDさん。
「そうなんだよ。私達に子供がいれば何の問題ないのだが、長年連れ添ってきたといえ、Bに血の繋がりはないからな」
「じゃあ、私かDが相続して、そのまま奥さんには住んでもらうというのはどうだい? 私もDも子供がいるから、どちらかに何かあっても、子供たちに相続できる。血を絶やすことはない」とCさん。
「そうしてくれるかい。私に何があっても、そのまま自宅に住めるならBも安心だ」
心配していたことがすべて解決したと、Aさんは足取り軽く自宅に帰り、兄弟の話し合いの結果をBさんに報告しました。すると
「何よそれ、血のつながりがないとはいえ、私はこの家に嫁いできたのよ。40年以上も、この家に住んでいるの。それなのに、この家がCさんか、Dさんのものになるなんて!」
「落ち着けよ、この家に住めなくなるというワケじゃないのだから」
「そういう問題じゃないのよ。なかなか子供ができなくて私が悩んでいる時に『子供はいなくてもいい』って、あなた言ってくれたじゃない。でも結局、子供がいないから、こんなことになるんじゃない!」
そう泣き叫ぶBさんを、Aさんはただ見つめることしかできませんでした。そしてしばらくは険悪な雰囲気が、自宅を包んでいました。
それから、数ヵ月後。公証役場にAさんだという人と、その証人だという2人が訪れました。
「遺言書を作りたいと思いまして。私にはご先祖様から受け継いでいる土地があるのですが、私達には子供がいないので、何かあった時にはすべてを妻にと」
「それは、いいお考えですね。ではこちらへ」
こうして、Aさんに何かあった際には、自宅を含めてすべての財産を妻であるBさんが相続をする、という遺言書が作成されました。
「これであなたに何かあっても安心ね~」
険悪な雰囲気に包まれていたAさんの自宅には、上機嫌で鼻歌を口ずさむBさんの姿がありました。
遺言書の偽造は、立派な犯罪行為
これは泣き叫ぶBさんをかわいそうに思い、Aさん兄弟は話し合いのうえ、奥さんにすべての財産を相続させることにした……、という物語ではありません。
みんさん、おわかりでしょう。公証役場に訪れたのは、Aさんと別人である赤の他人。Bさんが何とか自宅を相続するために連れてきた「替玉」だったのです。
先に言っておきますが、これは明らかな犯罪行為です。
遺言書には、大きく分けると2種類あります。作るのに手間とお金がかかりますが、法的な効力が強い「公正証書遺言」と、誰でも簡単に無料で作れますが法的な効力が弱い「自筆証書遺言」です。
公正証書遺言は公証役場で公証人という人が作ってくれる遺言書です。1つ目は、偽造変造のリスクが一切ないこと。公証人が遺言を作るので、悪意のある相続人に書き換えられたり、勝手に破棄されてしまったりするリスクはありません。
2つ目は、公正証書遺言は、公証役場で預かってもらえること。自筆証書の場合には、遺言書を紛失してしまうケースが非常によく起こりますが、公正証書遺言であれば、そのようなリスクはありません。
公正証書遺言を作るには、公証役場に遺言書の原案を作ってもらう必要があります。そして公証人から「この遺言書の内容で間違いありませんね?」と意思確認をして、公正証書遺言が完成します。
また、公正証書遺言を作成するのに必要な書類は次の通りです。
1.遺言書を作る人の戸籍謄本(現在のものだけでOK)
2.遺言書を作る人の印鑑証明書(発行から3ヵ月以内のもの)
3.相続人の現在の戸籍謄本
4.相続人ではない人に財産を残す遺言を作る場合には、その人の住民票
5.不動産の固定資産税の納税通知書
6.不動産の登記簿謄本
7.預貯金の金融機関や支店名のわかる資料(残高証明書などでなくてもOK)
など。一度、公証役場に電話して、「私が作ろうと思っている遺言書は、こんな感じなのですが、必要な書類を教えてください」と伝えれば確実です。
さらに公正証書遺言には、事例のように証人2人が必要です。証人は、「遺言を書く人の相続人」と「相続人の配偶者や直系血族等」はなれないので、注意が必要です。
ここで、なぜ遺言書の替玉が起きたかというと、注目は必要書類です。
実は運転免許所やパスポートなど、写真付きの証明書を必須とする公証役場が多いのですが、遺言書の作成を希望する高齢の方の場合、顔写真付きの証明書を持っていないケースがあります。そのため、保険証と年金手帳、公的証明書2点などを提出すればOKとされることがあるのです。今回の事例では、この点を悪用したのです。
もう一度言いますが、これは犯罪行為です。遺言書を偽造しても、幸せにはなれないでしょう。しかしAさんは兄弟だけで話し合うのではなく、奥様も交えて話し合うべきでした。奥様の気持ちに少しでも寄り添ってあげれば、このようなことは起きなかったかもしれません。
【動画/筆者が「小規模宅地等の特例について」を分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人