最低限の相続を受ける権利「遺留分」
夫、妻、子供2人の家族がいたとします。ある日、夫が亡くなりました。悲しみに暮れる中、ご主人の遺品を整理していると、金庫の中から遺言書がでてきました。家族全員で、その遺言書を開けてみると、中にはとんでもない内容が書かれていました。
なんと「私の遺産はすべて愛人にあげます」と書いてあったのです。はたしてすべての遺産は愛人のものになってしまうのでしょうか……。
答えは「NO」。残された家族、特に奥様は生活ができなくなり、困ってしまいます。このようなシチュエーションで出てくるのが「遺留分(いりゅうぶん)」という考え方です。これは、残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利のことをいいます。
「遺留分」はあくまでも権利なので、行使するかは本人の自由です。「遺産がもらえないなんて困る!」という場合には、愛人に対して「遺留分までの遺産は返せ!」といえば、愛人はその人たちに対して、遺産を返さなければいけないことになります。
では、遺留分はどれくらいの金額を保証されているのでしょうか。順を追って説明しましょう。まず、法定相続分という考え方があります。これは遺産の分け方の目安として法律で定めているもので、「この通り分けなくてはいけません」という割合ではありません。
では遺留分は、というと、法定相続分の半分になります。先ほどの例では
相続人の妻「私、4分の1もないじゃない!」
相続人の子供「俺たち、8分の1もないぞ!」
ということであれば、愛人に対して、その金額に達するまでの遺産を取り返すことができるというわけです。
実際にこのようなケースが発生した場合、間に弁護士を入れることが一般的です。そしてその弁護士が話をまとめながら、遺留分に達するまでの遺産の受け渡しなどを行います。
※この手続きを、遺留分の減殺請求(げんさいせいきゅう)といいます
また、遺留分を請求できるのは、遺留分が侵害されていることを知った日から1年です。それを過ぎると、遺留分の減殺請求ができなくなってしまうので、早めに手続きをするようにしましょう。
※法定相続人が父母だけの場合等には法定相続分の3分の1が遺留分の割合となります。
遺留分を考えずに作成した遺言書で生じた不公平感
先ほどは「愛人にすべての財産をあげます」という極端な話でしたが、実際は兄弟姉妹の間で遺留分の侵害が発生するケースが最も多いです。ある家族のケースを見ていきましょう。
Aさんは、妻、長男、長女の4人家族。子ども達はすでに独立し、それぞれ幸せな家庭を築いていました。そんなAさん家族は、お正月とお盆は、それぞれの家族が集まるというのが恒例となっていました。
ある正月休みのことです。孫たちは遊び疲れ、リビングには家族4人だけに。長女は古いアルバムを引っ張り出してきました。
「見て見て、お母さん若い!」
「あなたがまだ小学生の頃の写真ね。私だって30代だもの、若いのは当然でしょ」
思い出話に花を咲かせていたところ、ふとAさんが一枚の封筒を出してきて言いました。
「みんな聞いてくれ。私もいつ何があってもおかしくない年齢だ。そこで遺言書をつくった。もしもの場合は、遺言書通りに財産を分けるんだよ」
「お父さん……。僕たちのことを思ってくれていたんだね、うれしいよ」
突然の話にしんみりとした雰囲気になりましたが、遺言書は大切な家族を思って作られたもの。父の家族への愛情に、子供たちは胸がいっぱいになりました。
そして3年後——。Aさんは亡くなりました。あの遺言書を開けるときがきたのです。そこに書かれていた内容は、自宅は妻に、自宅の他に持っていた一棟建てのマンションは長男に、貯金はすべて長女に渡すというものでした。
「これは、お父さんの遺志だ。遺言書の通りに分けるでいいね」と長男。そこに待ったをかけたのが長女でした。
「ちょっと待って、これはあまりに不公平じゃない?」
「なんで不公平なんだよ」
「だってマンションはお兄さんにって、もらいすぎでしょ」
自宅は妻に相続しそのまま住んでもらおう、マンションは経営センスがあると見込んだ長男にまかせよう、子供の教育に何かとお金がかかるだろうから長女には貯金を渡そう——。Aさんは、それぞれの性格や事情を考慮して、分けやすい形で遺言書を作成したつもりでした。
「お父さんが遺言書を作ったと言ったあと、私、調べてみたの。そしたらあのマンション、3億円もするんだって。それに対し貯金は2,000万円。私はもっともらう権利があるわ」
「おい、お父さんの思いを踏みにじるのかよ。どんな思いで遺言書を作ったと思っているんだよ」
「お兄さんはいいわよ。毎月、家賃は入ってくるし、売ったっていいんだから」
「ちょっと二人とも、そんな喧嘩をしていたら、お父さんがビックリしちゃうわ」と母が仲裁に入っても、言い争いが終わることはありませんでした。
事例の場合、自宅の評価額を1億円と仮定すると、遺留分として主張できるのは3000万円程度と想定でき、長女の言い分は納得できるところではあります。
ちなみに遺産の金額は、相続が発生した時の時価とされています。相続税を計算する際に使う不動産の評価額は、相続税評価額というものを採用しますが、遺留分を計算する際に使う不動産の評価額は、実際の売買価格を基準とします。相続税評価額ベースでは遺留分を侵害していなくても、実際の売買価格ベースにすると遺留分を侵害しているケースがあるので、この点についても注意が必要です。
残される家族のことを思って遺言書を用意するのは、大変いいことです。しかし、遺言書が原因となり、相続トラブルに発展することはよくあります。遺留分のことも考慮し、相続を受ける全員が不公平感を抱かないような遺言書を作成することが、相続トラブル防止にもつながります。
【動画/筆者が「遺留分」について分かりやすく解説】