難しい表現になりがちな「相続税の税率」
突然ですが、相続税の税率は何パーセントでしょうか? ずばり最低10%から最高55%です。[図表1]が国税庁から公表されている相続税の税率表です。
この表を見た人のほとんどが「遺産の10~55%も払うのってひどすぎない?」と、感じることでしょう。では早速、先ほどの税率表を見ながら、相続税を計算してみます。
たとえば、財産1億円を持っている人が亡くなったとします。相続人は子ども1人です。そうすると、1億円以下の税率は30%で、控除額というのが700万円あるから……
1億円×30%-700万円=2300万円
「これが相続税か、たけぇー‼」と思いきや、正解は、1220万円です。実は、相続税は、遺産の金額にダイレクトに税率をかけて計算するわけではありません。税率をかけるまでには様々なプロセスがあるので、みなさんが考えているより相続税はだいぶ少なくなります。
国税庁のホームページに、相続税の税率の解説がありますが、これを読んで一発で理解できる人は天才です[図表2]。普通の人は理解不能でしょう。チャレンジ精神旺盛な人は試しに読んでみることをおすすめします(旺盛じゃない人は読み飛ばしましょう)。
そこで本記事では、正しいけど難しい表現になりがちな相続税の税率をわかりやすく解説していきます。
■相続税の税率をかけるまでの流れ
相続税の税率をかけるまでには、3つのステップがあります。
1.亡くなった人の遺産の時価を集計します
2.そこから、「基礎控除」という誰でも一律に引ける金額を引きます
3.基礎控除を引いて余った部分を、各相続人が、「仮に法定相続分で相続したもの」とみなして、各相続人に配分します
以上のように進めていき[図表3]、そのうえで、配分された金額に相続税の税率をかけて、相続税を計算します[図表4]。
そして、各相続人で計算された相続税を合計して、家族全体での相続税を計算します[図表5]。
そして家族全体での相続税を計算し終わったあとに、今度は、各相続人が実際に相続した割合に基づいて、相続税を分配し、この金額をそれぞれの相続人が納税することになります[図表6]。
と、このような非常にまどろっこしいプロセスを経て相続税は計算されます。
相続税の計算を簡単にする「控除額」
ところで、税率表に書いてある「控除額」とは、一体どういう意味があるのでしょうか?
実はこれは、ただの便利機能です。深い意味はありません。素早く相続税を計算するために作られたものです。本来、相続税の計算は、財産額の段階ごとに税率をかけていき、その合計額を集計して計算するという、非常に面倒くさい方法によって計算されます。
たとえば、財産1億円、相続人1人というようなケースであれば、遺産1億円から基礎控除3600万円を引いた6400万円に、各段階に応じた税率をかけていきます。
① 3600万円からプラス1000万円までの部分は相続税が10%(1000万円×10%=100万円)
② ①からプラス2000万円までの部分は相続税が15%(2000万円×15%=300万円)
③ ②からプラス2000万円までの部分は相続税が20%(2000万円×20%=400万円)
④ ③最後の1億円までの部分には相続税が30%かかります。(1400万円×30%=420万円)
これをすべて合計すると、100万円+300万円+400万円+420万円=1220万円となります。図にすると[図表8]のような感じです。
これだと、計算するのが大変です。そこで相続税の計算を簡単にするための便利機能、控除額を使います。まずは[図表9]をご覧ください。
小学校のころの算数の時間を思い出してほしいのですが、最終的に計算したいのは、ピンク色の相続税の金額です。この相続税の金額を計算するために、まず、赤い枠で囲まれた部分の金額を計算します。
6400万円×30%=1920万円です。
そして、赤い枠から、水色のボックスを引いた金額が相続税となります。この水色のボックスこそが、控除額です。30%の税率まで財産がある場合には、控除額は700万円となります。1920万円から控除額700万円を引くと1220万円となり、先ほど計算した相続税と一致します。このように、控除額を使うと、相続税の計算が非常に楽になります。
6400万円×30%-700万円=1220万円です。電卓を一回叩けば計算できますね。
昭和末期、相続税率は「最高75%」もあった
平成27年1月1日より、相続税の税率が引き上げられました。平成26年までは40%とされていた、2億円から3億円までの財産に対する税率が45%に引き上げられました。また、最高税率が50%から55%に引き上げられました。改正前と改正後を比べると次のとおりです[図表10]。
2億円までの財産にかかる税率は変わっていないので、影響を受けたのは、かなりの富裕層だけということになりますが、「増税するなんて最低」と考える人も多いことでしょう。
しかし、過去の歴史を振り返ると、昭和62年までの相続税の最高税率は75%、平成14年までも最高税率は70%でした。過去の相続税改正の歴史をご覧ください[図表11]、[図表12]。
実は、相続税の歴史を見ていくと、今後、どのように改正されていくかを予想できます。注目すべきは、昭和63年と平成4年と平成6年の改正です。この時、立て続けに相続税が改正されていますが、いずれも基礎控除の引き上げ、相続税率の引き下げと、納税者にとって有利な改正がされています。
この時代にどのような背景があったのでしょうか? 答えは……バブルです。
バブル景気によって、不動産の地価が高騰し続け、相続税が払えない人が続出したのです。さらに追い打ちをかけるようにバブルが崩壊し、相続税が払えない人がより一層増えてしまったのです。
「このままじゃいかん!」ということで、当時の政府は立て続けに相続税を引き下げて、当時の国民の負担を軽くしようとしたのです。と、ここまではいいのですが、近年はアベノミクスにより景気が回復してきました。失われた20年……長かったですね。
この景気回復をうけ、政府からは相続税の水準を戻す動きが見られるようになり、平成27年に基礎控除の引き下げ、相続税率の引き上げが行われました。しかし、いつの時代であっても増税というのは国民から非常に大きな反発を買います。そこで、政府の考えることは、いつも同じ。増税するなら、ちょっとずつ。
消費税でも、タバコ税でもそう。いきなり大幅にあげるのは大変なので、増税を行う時は、ちょっとずつ行います。この流れを考えると、昭和62年並みの相続税に戻したいのであれば、今後もちょっとずつ増税していく流れが予想できます。
まとめ
相続税の税率は、亡くなった人の遺産に直接かけるわけではありません。「法定相続分で仮に相続したもの」として配分された金額に税率をかけていく、というややこしい使い方をします。また、税率表に書かれている控除額は、何かの特典で控除してくれるというわけではなくて、ただの便利機能です。控除額を使うと簡単に相続税が計算できるので便利なのです。
現在の相続税の最高税率は55%で、すごく高いと感じるかもしれませんが、過去の歴史からするとまだまだ低いです。今後も上がっていく可能性は十分にあります。
ただ、一方であまり知られていないのは、現在、贈与税については、減税のトレンドで改正が行われています。生前贈与を活発化させて景気を促進したいという狙いがあるわけです。相続税は増税、贈与税は減税。この流れにうまく乗り、みなさんの大切な財産を守っていきましょう。
橘 慶太
円満相続税理士法人 代表