金融庁による「老後資金2000万円必要」とも読める報告書の騒動は、麻生太郎金融担当相が受取を拒否。政府は7月1日、遠藤俊英金融庁長官を続投させる方針を固めたが、本報告を行った金融審議会を担当する三井秀範企画市場局長は定年に伴い勇退。何の解決策も見出せない続報に、老後資金への不安ばかりが煽られるなか、資産運用の手段として注目が集まっているのが「投資信託」だ。しかし、その販売実態には課題も多いようである。本記事では、元ヘッジファンドマネジャーで、欧米での豊富な運用経験を持つ森敦仁氏が、日本の投資信託が抱える課題について解説する。

「手数料主義」の販売会社が多くなった結果…

令和元年(2019年)5月22日に開催された金融審議会市場「ワーキング・グループ」において、「『高齢社会における資産形成・管理』報告書(案)」が提示された。少子高齢化による年金制度改革のために、国民に資産形成の自助努力を求めたかたちになっている。

 

 

本報告書について何かと話題になっているようであるが、資産形成にしぼっていえば、その基本は「長期・分散・積立」の3つである。投資信託にも大きな役割を期待されているが、事はそう簡単ではない。今回は、なぜ「投信信託は変われないのか」について考察したいと思う。

 

まず、投資信託を販売する証券会社・銀行等の販売会社における問題がある。

 

販売会社の大きな収益源として、投資信託を売ったときに投資家から受け取る「販売手数料」がある。ゆえに販売会社は、できるだけ新規で投資信託を買ってもらい、手数料を稼ぎたいのだ。そのため、ちょっと利益がでると乗り換えを勧め、販売手数料を積み重ねることで収益を上げるという構造が根底にできあがっている(これを「回転売買」という)。

 

これは、日本で「テーマ型」の投資信託が売れていることと密接に関係している。というのも「テーマ型」は、そのとき流行している魅力的なテーマを選んで投資信託を新規設定するケースが多いため、営業もバラ色の未来を語りやすく、結果、売れ筋となる場合も多い。こうして新規設定された投資信託は、テーマへの集中投資であり、運用実績もないため長期投資としての適正は不透明な面もあるのだが、そのとき旬の魅力的なテーマは新規購入を勧めるには適しており、販売手数料を稼ぐには非常に好都合な商品といえるのだ。

 

また、最近では「ファンドラップ」や「ラップ口座」など、投資家が証券会社等と投資一任契約を結び、運用方針を示したうえで、実際の資産の運用・管理を専門家(証券会社等)に任せる金融サービスも人気がある。

 

しかし、こちらも従来のファンドの信託報酬にプラスしてラップ手数料がかかるなかで、それに見合ったサービス、すなわち対象ファンドの優位性や顧客に応じたポートフォリオ提案などがあまり見られない。低金利下でこの手数料は割高であるという指摘もあり、せっかく収益をあげても費用を差し引くと利益がどれだけ残るのか、十分注意が必要だ。 こうした対価の曖昧な「高い手数料」という観点において販売会社が変われないため、投資信託も変われないという構造的な問題があるのだ。

 

また販売会社には、収益構造という問題だけでなく、投資家に対する課題もある。

 

株や投資信託の主たる購入者の高齢化は進み、いまや投資家の平均年齢は70歳を超えるともいわれる。いわゆる高度経済成長期に、インフレ、資産・証券バブルを経験してきた世代であり、投資信託に長期投資や分散投資を求めるというより、投機的なファンドを好む人も多い。その一方で、バブル崩壊後の長いデフレを経験している若年層の多くは、資金に余裕がなく成功体験も少ないため、本格的な投資からは遠ざかっている。

 

こうした背景を受け、販売会社としては、資産をもっていない若年層に月々1万円を投資してもらうより、余裕資産を豊富にもつ高齢層にアプローチするほうが圧倒的に収益につながるため、長期の資産形成に適した投資信託より、短期的・投機的な投資信託を中心としたラインナップを多くそろえている状況もうかがえる。

 

こうした、投資家の新規開拓、世代の広がり、投資リテラシーの向上が進まないことも、投資信託が変われないという問題につながるように思う。

「本来の役割」を果たせていない運用会社

また、運用会社(投資信託委託会社)にも大きな問題がある。本来、運用会社は安定した資産をもって長期運用を行いたいと思うのが常だ(※1)。そのほうがいいパフォーマンスをだせるし、それにより信託報酬の金額も増えるからだ(※2)。

 

※1 運用会社はポートフォリオを組んで運用するため、運用資産額が短期で増減すると、その分短期で個別銘柄を売買し、リスクを調整しなければならない。よって、コスト負担が大きくなり、安定したポートフォリオを組めなくなる。

 

※2 販売手数料は、運用会社の収益にはならないため、運用会社の収益源はあくまでも「信託報酬」であるということ。

 

しかしながら、日本の運用会社の多くは販売会社の子会社であるため、運用会社が長期の資産形成に適した運用をしようとしても、親会社(販売会社)から「販売手数料」が稼げる流行の「テーマ型」投資信託の開発や仕入れを求められるといった実態があり、「投資家にリターンを還元する」という運用会社本来の役割に集中できていないという問題がある。

 

さらに、日本の運用会社では、毎日公募投信の基準価額を算出しなければならず(※3)、基準価額の算出のために専用のシステムが必要になる。当該システムの導入・メンテナンス費用を信託報酬でまかなわなければならないことから、相当の運用資産が必要となる。そのため、長期運用が期待できないのであれば、短期間で残高が積みあがるような親会社が売りやすい投資信託を次々つくらなければならないという点にも問題がある。日本の運用会社の立ち位置として、こうした親会社優位の構造がある以上、投資信託はなかなか変われないように思う。

 

※3 海外では、毎日の基準価額の算出は受託銀行だけが行えばよく、投信会社がダブルで行う必要はない。

 

最後に、日本経済の問題がある。米国で投資信託が増加した大きな要因は、米国経済の好調と株式市場の上昇であるといわれている。一方、日本の場合、日経平均株価を例にとれば、バブル期の過去の最高値を30年上回れず、それどころか2019年5月末時点で40%あまりも下回っている。

 

また、2019年3月末時点で約28兆円、東証1部の時価総額の実に5%近くにあたる日本株式を、日銀が買い支えているというのが事実である。少子高齢化が進み、デフレ下で低成長の日本経済に長期投資しても、資産形成につながるのかという根本的な問題もある。

 

販売会社、投資家、運用会社、そして日本経済、この4つが変わる、変えていかないと「長期・分散・積立」で国民が資産形成をするのは、かけ声だけで終わってしまう気がする。

 

 

筆者が認識している限り、まだ少数ではあるが、こうした国民の資産形成を後押しするような運用会社・販売会社も確かに存在している。国に頼るのではなく、読者の皆さまの目で信じられる運用・販売会社を見つけ、投資信託が「長期資産形成」のための商品となっていくことを期待したい。

 

 

※本連載に記載された情報に関しては万全を期していますが、内容を保証するものではありません。また、本連載の内容は筆者の個人的な見解を示したものであり、筆者が所属する機関、組織、グループ等の意見を反映したものではありません。本連載の情報を利用した結果による損害、損失についても、著者ならびに本連載制作関係者は一切の責任を負いません。投資の判断はご自身の責任でお願いいたします。

 

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