「白内障」は以前よりも簡単な手術で治せる病気に
白内障は、80歳を超えると誰もがかかる目の病気です。図表は、年齢層による白内障の罹患率を示しています。これを見ると、60代では半数以上の人が初期の水晶体混濁を発症し、70代で84~97%、80歳以上は100%発症することが分かります。
初期に混濁が起きる場所は、人によって異なります。中心部(核)に濁りがあると「目がかすむ」「以前よりまぶしい」などの違和感を抱きやすいのですが、中心部が透明のままであれば視力は低下しません。したがって本人も支障を感じないまま、白内障が始まっているケースもあります。
混濁がひどくなると、一様に視力が低下して日常生活に困難をきたします。図表の「進行した水晶体混濁」の項は、そうした症状の人の割合を指すものです。
70代で半数以上の人が、80歳以上では67~83%の人が、白内障手術を必要とする状態にまで進行しています。
昔の白内障手術は手術時間も長く、合併症も多かったため、多くの人は手術を受けずに、日常の不自由さを我慢して過ごしていました。しかし、現在では「白内障は以前よりも簡単な手術で治せる病気」という評価が定着しつつあります。
日本国内で行われている白内障手術の件数は現在、年間約140万件にのぼります。1992年当時は年間30万件弱だったので、数十年前と比較すると4倍以上も増加しているのです。
その背景にはもちろん高齢者数の増加がありますが、大きな要因としては、今日の白内障手術の技術が飛躍的に進歩したことが挙げられます。
白内障手術は、濁った水晶体を取り除き、その部分に人工のレンズを入れる手術です。この水晶体の役割を果たす人工のレンズは時代とともに、「単焦点眼内レンズ」「多焦点眼内レンズ」など、さまざまなタイプのものが作られるようになりました。
連載第4回で詳しく説明しますが、「超音波乳化吸引装置」という手術機器が発達し、それに伴い「超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術」という手術方法が開発されました。患者さんの目の状態によって異なりますが、現在、日本で行われている白内障手術のほとんどがこの「超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術」といわれています。
需要の拡大とともに症例数が増え、広く浸透した白内障手術により、日本全国、どの病院・クリニックへ行っても、一定の質を担保した白内障手術を日帰りで受けられる状態になりました。
ところが近年、白内障手術に関する不満や後悔の声を見聞きします。学会の報告で取り上げられることもありますし、新聞や雑誌、ニュースなどでも話題になっているようです。私自身、外来患者さんから家族や友人・知人の体験談を打ち明けられることも少なくありません。
白内障手術への不満や後悔の声がだんだん募ってきたのはどうしてでしょうか?
「眼内レンズ」のメリット・デメリットとは?
「白内障手術は一定の質を担保したものになってきた」と前述しましたが、併せて知っていただきたいのは、「白内障手術は患者さんの希望に応じて結果が変わる」ということです。
例えばAさんが白内障手術を受けるとします。「手術後は近くがはっきり見えるようになりたい」と希望すれば、近くが見やすくなる眼内レンズを使用しますし、「遠くの景色をはっきり見たい」と希望すれば、遠くが見やすくなる眼内レンズを使用します。「遠くも近くも見えるようにしたい」と希望する場合は、遠近両用の眼内レンズを選ぶことも可能です。
このようにAさんは、手術後に手に入れたい〝見え方〟を自分の意思で選ぶことができます。患者さんが明確な希望を提示し、医師がそれを実現するための手術を行う。言い換えれば白内障手術は、患者さんと医師、両者の協力があってこそ成功するものなのです。
こう書くと、問題はすぐにでも解決できそうですが、実際はさまざまな要素が影響を及ぼします。
まず、現在の白内障手術に使用している眼内レンズには、それぞれメリットとデメリットがあります。
Aさんが「近くをはっきり見たい」場合には、近くにピントが合う眼内レンズを使うので、遠くはメガネなしでは見えにくくなります。そのため遠くを見るときは、メガネで視力を補います。
「遠くをはっきり見たい」場合には、反対に手元を見るときにメガネが必要になります。また、遠くも近くも見えるようになる眼内レンズは、実はどちらも「はっきりと」「鮮明に」といえるほどの見え方ではありません。遠近両用のコンタクトレンズを使ったことのある人は想像できると思いますが、遠くのみ、あるいは近くのみに特化した眼内レンズよりピントが甘く、その効果は「遠くも近くも、まずまず見える」といった程度にとどまります。
前述したように白内障手術は、濁った水晶体を取り除き、人工の眼内レンズに置き換える手術です。眼内レンズは目のピントを固定させますので、遠くにピントを合わせるレンズは近くが、近くにピントを合わせるレンズは遠くが、どうしても見えにくく感じ、メガネで補う必要が出てくるのです。
医師はこうしたメリット・デメリットを患者さんに説明します。患者さんはそれを比較、検討し、不明点や疑問点があれば医師に聞いて相談を重ねます。そして、最終的に患者さん自身が使用する眼内レンズの種類、それによって手術後に得たい見え方を決めていきます。
また、先ほどは分かりやすく「遠く」か「近く」かの2種類で説明しましたが、実際にはさらに細かく分類できます。
例えば「近くをはっきり」「手元が見えるように」といっても「針仕事がしやすいように」と「店の棚で商品を見つけやすいように」では、目から見る対象までの距離が異なります。「携帯電話を見やすく」と「パソコンを見やすく」でも、実は大きな差があります。そのため問診や診察では、できるだけ患者さんに具体的な場面に合った、希望する見え方について話してもらうようにします。
「テレビが見えるように」と望む患者さんに「テレビは部屋のどこに置いていますか?」と聞いたり、「スポーツをするときメガネをかけたくない」と望む患者さんに「ゴルフはされますか?」と質問したりすることもあります。
中には「そんなに詳しく話さなくてはいけないのですか?」と不思議そうに聞き返す患者さんもいますが、その質問に対する答えで、最適な眼内レンズの種類や度数が大きく変わってきます。手術後に「私の生活にそぐわない目になってしまった」と後悔しないためには、詳細な問診や相談の繰り返しはどうしても疎かにすることはできません。
藤本雅彦
医療法人敬生会フジモト眼科 理事長兼院長