2017年版中小企業白書では、日本にある421万企業のうち、中小企業の割合は99.7%に上ると報告しています。一方で、中小企業経営者の子どもを対象としたアンケート調査によると、親の会社を承継することに消極的な子の割合は、なんと約65%。つまり、3人に2人は会社を継ぐ意志がないのです。このような状況のなかで注目を集めているのが、「M&A」と呼ばれる「会社の合併と買収」です。本記事では、個人・法人の事業承継対策を行う山田知広氏が「M&A」について解説します。

 

事業に将来性がなく、経営が続けていけないために廃業するというのは、ある意味、企業の寿命みたいなもので仕方のない部分もあるでしょう。ただ、本来なら存続できたのに、後継者がいないために廃業していくというのは非常に惜しいことです。「初めから一代限りで廃業する予定だった」や「後継者不在で続けられない」と回答した企業の中には、将来性の有望な会社も少なくありません。

 

その証左となるのは、同じ調査報告の中の次のようなデータです。廃業予定企業の業績をアンケートしたところ、約3割の経営者が「同業他社よりもよい業績を上げている」と回答しています。そして、今後10年間の将来性についても4割の経営者が「成長できる」「現状維持は可能」と回答しています。

 

このように、企業業績が必ずしも悪くない企業であっても、後継者が決まっていない、または廃業予定である企業が今、日本には数十万社あると予想されています。事業承継を選択しないということは、そこで雇用や技術、ノウハウが失われてしまうということを意味します。これは日本にとって大きな損失です。

事業承継せず廃業するとしても「コスト」という問題が

会社を廃業するとひと言でいっても、そこにはお金も労力もいります。廃業は経営者の意思で会社の事業運営をやめてしまうことをいいます。会社としてはまだ事業を行っていけるけれども、経営者にやる気がなくなってしまったとか、人手不足で会社が回らない、後継者がいないなどの理由で会社を自主的にたたんでしまう場合です。

 

それに対して倒産は、借入金や売掛金などの債務が返せなくなり、資金繰りに行き詰って経営が破たんすることをいいます。経営者が会社を続けたくても、お金の面で続けられない状態です。経営者の自主性による廃業と、自主性によらない倒産ではまったく意味合いが違ってきます。

 

ちなみに、どのようにして廃業するかというと、廃業届を役所に提出して「ハイ、終わり」とはなりません。たとえば、製造業の場合では、次のような手続きや費用が必要になります。

 

●解散・清算の登記手続

●設備の処分費用

 

使用していた機械や設備などは廃棄したり、売却したりすることになりますが、老朽化していると高値では売れませんし、使い道が限られる特殊な機械などは買い手がつきにくいです。リースが残っている場合は、残額を一括で支払う必要があります。

 

●工場などの建物の取り壊しや原状復帰の費用

 

薬品工場などでは土壌汚染の心配があり、土壌の検査費用や洗浄費用を負担するケースもあります。契約書で定めがある場合は、解約金や違約金が生じる可能性もあります。

 

●従業員の退職金の支払い

●銀行借入金の残債の返済

 

借入金が返済できない場合、廃業できず倒産、経営者は自己破産となってしまうケースもあります。

 

[図表1]廃業時の従業員規模別廃業費用総額 出所:中小企業総合事業団「小規模企業経営者の引退に関する実態調査」(2003年12月) (注)他の人に事業を譲らずに「廃業・清算した」回答者のみを集計した。
[図表1]廃業時の従業員規模別廃業費用総額
出所:中小企業総合事業団「小規模企業経営者の引退に関する実態調査」(2003年12月)
(注)他の人に事業を譲らずに「廃業・清算した」回答者のみを集計した。

廃業するくらいならM&Aで会社を売ったほうがいい

そこで考えたいのが第三者への譲渡、M&Aです。M&Aは「Merger and Acquisition」の略で、日本では「合併と買収」といいます。会社を廃業してしまうくらいなら、第三者に自社株を売って事業を引き継いでもらうほうが、ずっと前向きな選択です。なぜなら、廃業するよりも、金銭的に多く残せるかもしれないからです。

 

また、従業員にとっても新しい社長のもとで会社の存続に不安がない環境になります。取引先にとっても、安心して継続した取引ができるようになります。子どもにとっても「親の会社を継がなければいけない」というプレッシャーから解放されます。「代々やってきた家業だから、子どもにバトンタッチしなければ」という固定観念は取り払ってしまいましょう。会社は続けることが目的ではありません。家族や社員が幸せになるために存在するのです。

 

しかし、「うちのような小さな会社なんか売れない」と思うかもしれません。昔はM&Aというと大企業だけのもので、譲渡価格は数十億円、手数料も数千万円から数億円でした。しかし、今やインターネットの普及で手数料もリーズナブルになり、どんな小さな会社でも売れる可能性が出てきています。あなたの会社も決して「よそ事」ではありません。

 

これは私のクライアントの例ですが、自動車の整備販売をしている小さな会社があります。社長は高齢ですが、子どもは女の子2人で遠方に嫁いでしまい、後継者がいません。私が「今後、会社をどうして行きますか」と尋ねると、「廃業する」との答えでした。「こんな会社、誰も欲しがらんだろう」と言うのです。

 

社長は、知り合いの会社に自社の従業員と取引先との関係を引き取ってもらい、自社を空っぽの状態にして廃業させるつもりでいました。約7000万円ある借入金については、自分一人で被ると言い、「それが経営者としての覚悟だ」と仰いました。

 

しかし、私の目からすると、社長の会社は「悪くない」と思えました。社長が廃業を意識して数年前から事業を縮小させていただけで、もともとは業績の悪くない会社です。技術的にも優れたものがありますし、近所の大きな運送会社や大手自動車販売会社の取引口座も持っていました。従業員が古株ばかりで新人が育っていないのがやや残念でしたが、それでも欲しがる会社はあると思いました。

 

ちょうどその頃、偶然、私が友人の税理士と話をしている中で、隣の県で自動車関係の会社が事業拡大を目指しているという情報をキャッチしました。立地的にも遠くはないですし、よいマッチングができるのではないかと閃(ひらめ)き、社長に「こういう会社があるのですが、M&Aしてみませんか」と話を持ちかけました。

 

最初は「そんな大それたことしなくても」「知り合いの会社にも話はついているしなぁ」と乗り気でなかった社長ですが、M&Aすることのメリットを説明してくうちに、だんだん気が変わり、最終的には「相手方が欲しいと仰るなら、売ってもよい」と賛成してくれました。

 

私が社長の代理人となり、相手方の会社の代理人には私の友人の税理士がつきました。両者で話し合いを進めた結果、見事に交渉が成立しました。会社まるごと譲渡する「株式譲渡」を行い、株価は1円で売却しました。銀行借入7000万円とともに、従業員や取引先もそのまま引き継いでもらえることになりました。

 

社長の連帯保証も解除され、自宅の担保も抜くことができました。社長の手元にお金は残らないものの、多額の借金から解放されたことで、社長は晴れ晴れとした顔をしていました。「探せば買い手が見つかるものだね」と、笑った社長の顔が忘れられません。

 

この社長の場合、7000万円の借金がなくなっただけでなく、廃業していたら支払わなくてはならなかった廃業費用も回避できています。他の用途に転用しにくい本社兼工場も、そのまま譲渡できました。実質的にM&Aによって7000万円+αと考えてよいでしょう。

 

その後、その会社は新しい経営者のもと、順調に事業を行っています。元社長も「顧問」として週2日、取引先の引継ぎなどで新社長をサポートし、充実した生活を送っています。新社長は会社の若返りを目指して、新規雇用と人材育成に励んでいると聞きました。

株式譲渡による売却代金等、M&Aのメリットは多数

この事例のように、M&Aには様々なメリットがあります。ざっと挙げてみます。

 

●後継者問題が解決できる

●従業員の雇用が確保できる

●事業継続によって社会に貢献し続けられる

●廃業コストがかからない

●株式譲渡の場合、株主に会社の売却代金が入ってくる

 

経営者の個人保証や担保提供が外れるメリットが大きいわりに、デメリットはそれほど大きくはありません。売り手のデメリットを挙げるとしたら、次のようなことです。

 

●買い手とのマッチングを考えなくてはならない

●望み通りの条件や価格で売れないこともある

●会社が高く売れた場合は譲渡所得税がかかる

 

買い手とのマッチングや売買に当たっての条件交渉については、仲介者の手腕によって左右されます。仲介者は主にM&A仲介会社やM&Aコンサルタント、会計士や税理士などがなります。よい仲介者に頼めばマッチングの成功率も高くなります。

 

「よいM&A仲介者」というのは具体的にいえば、①広い情報網を持っている、②自社のことをよく理解してくれている、③M&Aや事業承継の実績が多い、④税制面や法的な分野に強い、⑤人として誠実であるといったことです。

M&Aでメリットを得るためのポイントは「仲介者」

M&Aでは買い手の側にもメリットがあります。私が買い手側の担当についてお手伝いしたケースでは、こんな成功例がありました。

 

今から15年ほど前のことです。古くからのクライアントで金属加工をしているA社は、事業拡大に向けて多角化を模索していました。ちょうどそのとき、日本M&Aセンターからの紹介案件の1つに、自動車系の電機部品を製造するBという会社がありました。

 

当時はまだインターネットで仲介する仕組みはなく、M&Aセンターの担当者と案件情報交換をメールでしていました。B社社長には子どもがいないうえに、もう1つ手がけている別事業を本格的にやってみたいという夢がありました。ただし、以前からの事業は夫婦二人三脚で育て上げたもので、従業員たちは我が子同然の存在です。従業員たちが路頭に迷わない形で、この事業を引き継いでくれる相手がいないかと、M&A先を探し始めたところでした。

 

B社の事業内容は、A社の事業とは畑違いの電気部品製造業です。直接的な相乗効果は薄く、「A社の社長が求めている相手とは、ちょっと違うな」とは思ったのですが、念のためと思い、一応B社のことを話してみました。そうしたところ、A社の社長が「まずは話を聞いてみたい」ということで、B社との間を取り次ぐことになりました。その後、交渉が進む中で、買い手側のA社社長の度量の大きさもあり、半年ほどで最終契約が成立し、株式譲渡ができました。

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山田 知広

幻冬舎

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