相続トラブルの回避につながる「遺言書」
いきなりですが問題です。現在、日本人の何人に1人が遺言書を作っているでしょうか?
正解は、約10人に1人です。
遺言書には、大きく分けると2種類あります。作るのに手間とお金がかかりますが、法的な効力が強い、公正証書遺言(こうせいしょうしょゆいごん)という遺言。誰でも簡単に無料で作れますが、法的な効力が弱い、自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)という遺言。
※ちなみに遺言は「ゆいごん」とも「いごん」とも読みますが、どちらかが正しいということはありません。どちらも正しいそうです。一般的には「ゆいごん」を使うと思いますが、弁護士などは「いごん」を使うことが多いです。筆者は「ゆいごん」派です。
平成28年度に作成された公正証書遺言の件数は、約10万5千件です。余談ですが、近年、公正証書遺言を作る人が急増しています。9年間で1.4倍に増えています(図表1)。相続対策への関心の高さがうかがえます。
一方で、簡単に作れる自筆証書遺言は、相続が発生した後に、家庭裁判所で検認(けんにん)という手続きをしなければいけません。平成28年に行われた検認手続きは約1万7千件です(図表2)。
そして、現在、日本では毎年どのくらいの人が亡くなっているのかというと、その数は約130万人です(図表3)。
公正証書遺言作成者10万5千人+自筆証書検認1万7千件=遺言書を作った人12万人(厳密にいうと作成数と検認数を合わせるのは正しくないですが)、そして、1年間に亡くなった人が約130万人なので、約10人に1人ということになります。10人に1人ということは、裏を返すと、遺言書を作らずに亡くなった人が10人中9人ということになります。
「遺言書は必ずなくちゃいけない!」というものではありません。なくてもなんとかなります。しかし「遺言書があって本当によかったですね!」ということや、「遺言書さえ残しておいてくれれば…」というシチュエーションはたくさんあるのも事実です。特に家族仲がよくない場合は遺言書があった方が絶対にいいです。
■遺産の分け方には基本ルールがあります
亡くなった人の遺産の分け方には法律で定められたルールがあります。そのルールは非常にシンプル。遺言書がある場合には、遺言書の通りに遺産を分けます。遺言書がない場合には、相続人全員で話し合いをして遺産を分けます(図表4)。
■相続発生後、遺言書の内容は変更できる?
ここで、遺言書にまつわる○×クイズをだします。
【クイズ】
とあるお父さんが遺言書を残してお亡くなりになりました。残された家族全員で遺言書を見てみると、家族全員で同じことを感じました。
「お父さん。せっかく遺言書を残してくれたのはありがたいんだけど…。これ、もうちょっと違う分け方に変えることはできないかしら!」
ここで問題です。相続人全員が同意した場合、遺言書に書かれた分け方を変更することができる。〇か×か
いかがでしょう? 正解は「〇」です。そうなんです。遺言書は法的に非常に強い効力をもっていますが、相続人全員が同意をした場合には、その内容を変更することが可能です。しかし裏を返すと、相続人全員が同意をすれば変更できるということは、一人でも「私はお父さんの遺言書の通りに遺産を分けたい‼」という人が現れた場合には、遺言書の通りに遺産を分けなければいけないということです。
※ちなみに、遺言書を残される人が、「家族全員が反対しても、絶対この形でわけてほしいんだ!」という場合には、あらかじめ遺言執行者という人を決めておき、その遺言執行者に「家族からどんなに反対されても、絶対にこの形で分けてくれ!」と強くお願いをしておけば、相続人全員が反対しても遺言書の内容通りに遺産分けが行われます。
相続人全員が同意をすれば遺言の内容を変更できる、という話をすると、
「それだったら、『愛人に遺産を残します』のような遺言は、相続人全員で同意すればなかったことにできるの?」
というような質問をいただきます。答えはどうなると思いますか? 正解は「NO」です。遺言書で「相続人以外の人にも遺産を残します」と書かれている場合には、その人(つまり愛人)の同意も必要になります。
遺言書がなければ「法定相続人」以外への相続は不可
■遺言書がないとできないこと
遺産の分け方の基本ルールは、「遺言書があればそれに従う、遺言書がなければ遺産分割協議(話し合い)で決める」でした。しかしながら、実は、遺言書を使わないとできないこともあります。
それは、法定相続人ではない人に遺産を残す場合です。法定相続人ではない人に遺産を残してあげたいケースとは、一体どういったケースかというと、たとえば次のようなケースがあります。
父、母、長男、次男という4人家族がいたとします。悲しいことに、父母より早く長男が先に亡くなってしまいました。その後、父に相続が発生した場合、法定相続人となるのは、母、次男、そして長男の子どもである孫です(図表5)。
※子どもが先に亡くなり、相続権が孫の代に継がれることを代襲相続(だいしゅうそうぞく)といいます。
この場合、相続権が継がれるのは、孫達だけであって、長男の妻には引き継がれません。長男の死後、献身的にお世話をしてくれていたとしても、長男の妻は法定相続人にはなれないのです。こういったときには、遺言書に「長男の妻にも遺産を残します」と書き残してくれれば、長男の妻にも遺産を分けてあげることができます。
その他の場合でも、法定相続人ではない人に遺産を残したいケースは次のようなものがあります。
・子どもの代を飛ばして孫の代に遺産を残したい場合
・まったく血のつながりのない友人、知人(または愛人)に遺産を残したい場合
・自分の育った学校や、お世話になった老人ホームに遺産を寄附したい場合
このような場合には、遺言書がないと想いを実現させることはできません。
なお、相続税の観点からは、配偶者と子ども(代襲相続の孫を含む)と両親以外に遺産を残した場合には、相続税の2割加算という制度の対象になってしまいます。つまり、相続税を1.2倍で支払わなければいけないのです。
また自分の好きな団体に遺産を寄附することは、必ずしも遺言書が必要になるわけではありません。相続人に前もって、「私が死んだら、学校に寄付しておくれ」と口頭で伝えておけば、想いが実現できます。
しかしながら、相続税の取扱いは、遺言書による寄付の場合と口頭による寄付の場合には、まったく異なります。これについては、またの機会に説明します。
「遺留分」を侵害している遺言書でトラブル多数
■遺留分(いりゅうぶん)は絶対知っておくべき
遺言書をこれから作ろうと考えている方に質問です。「遺留分」という制度があるのを知っていますか? もし、知らないのであれば、それは大変危険です。遺言書を作る際には、必ず遺留分のことは知っておかなければいけません。
遺留分というのは、ひと言でいうと、残された相続人の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利のことをいいます。この最低保障されている権利があるため、たとえば、子どものなかに「この子とは、もう絶縁よ! 遺産も1円も残したくないから、遺言書に0円と書いておきましょう!」と書いていたとしても、いざ相続が起きた時に、下記のような事態に発展します(図表6)。このようなことが起こさないためにも、作成した遺言書が遺留分を侵害していないか、確認が必要です。
「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」作成のポイント
■自分で作る自筆証書遺言
まずは自筆証書遺言。これは名前の通り、自分の手で書き上げる遺言書です。15歳以上の人であれば、誰でも紙とペンだけで簡単に作ることが可能です(ちなみに15歳未満の人が作った遺言書は無効です)。
一番の注意点は、すべて自分の手で書き上げなければ無効になる点です。パソコンを使ったり、代筆をお願いした場合には、その遺言書は無効になります。
※2019年1月13日より、自筆証書遺言の財産目録をパソコンや代筆、通帳のコピーなどで作成できるようになりました。しかし、それに伴う注意点も多くあります。詳しくは記事下の動画をご覧ください。
他にも細かい条件がたくさんあります。すべては書ききれないので、重要なものだけ箇条書きにします。
・日付がないと無効(○月○日だけではなく、平成○年〇月〇日のように、日付が特定できないと無効です)
・夫婦共同の遺言は作れない
・訂正の際は、二重線を引いて、訂正印を押すだけではなく、訂正内容を書き加えないといけない
・署名押印は必ず必要。書き終わったら封筒に入れ、封印をしておくと偽造変造の疑いがなくなります
自筆証書遺言には細かい条件が盛りだくさんなので「絶対に自筆証書で遺言書を作るんだ!」という人は、専用の本を一冊買ってもいいかもしれません。
■検認(けんにん)は必ずやらないといけないのか?
亡くなった人が自筆証書遺言を残しておいた場合には、その遺言書をすぐに開封してはいけません。家庭裁判所に持っていき、相続人立会いのもと「せーの」で開封します。この手続きのことを、検認(けんにん)といいます。
自筆証書遺言は、作成が簡単にできる一方で、偽造や変造も簡単にできてしまいます。極論、自分に都合の悪い遺言書であれば、他の相続人に隠れて、遺言書をシュレッダーしてしまうこともあり得ます。
そういった事態にならないように、家庭裁判所で遺言の内容を明確にしておく必要があるのです。すべての相続人が家庭裁判所に行かなくてはいけないわけではありません(ちなみに行く裁判所は、亡くなった人の最後の住所地を管轄する裁判所です)。
遺言書の検認の話をすると、よく次の質問をいただきます
「検認って必ずしないとダメですか? うちは仲がよいので、誰も変造なんてしないのですが…」
正解は…「しないとダメ」です。理由は、法律でそう決まっているからです。検認をしなかった場合には、5万円以下の罰金です。と、いうのが教科書的な理由ですが、実務上の理由からも、やはり検認はしておかないとまずいのです。
その理由とは、「不動産の名義変更ができなくなってしまうから」です。不動産の名義変更をする際は、法務局に対して、「遺産分割協議書」か「遺言書」を提出しなければいけません。自筆証書遺言を提出する場合には、家庭裁判所から検認を受けたことを証明する、「検認証明書」をセットにして提出しなければいけないので、結局は検認は受けないといけないのです。
また、不動産だけでなく、銀行などでの名義変更でも検認証明書が求められることがあるので、面倒くさがらずに検認手続きはうけましょう。
■公正証書遺言とは
次に公正証書遺言を説明していきます。公正証書遺言とは、公証役場という所で、公証人という人が作ってくれる遺言書です。公証人とは、裁判官や検事を過去にしていた方が多く、ひと言でいえば法律のプロ中のプロです。そのような公証人が作ってくれる遺言書なので、安全性と確実性が非常に高い遺言書です。
公証役場とあるので、よく「市役所のなかにあるのですか?」と質問を受けますが、公証役場は市役所や区役所のなかにはありません。行政とは独立している組織なので、まったく別の所にあります。
公正証書遺言のメリットは2つあります。1つ目は、偽造変造のリスクが一切ないこと。公証人が遺言を作るので、悪意のある相続人に書き換えられたり、勝手に破棄されてしまうリスクは一切ありません。2つ目は、公証役場で預かってもらえること。自筆証書の場合には、遺言書を紛失してしまうケースが非常によく起こりますが、公正証書遺言であれば、そのようなリスクはありません。
また亡くなった人が生前中に、遺言書を作ったことを家族に伝えていないケースも存在します。この場合、自筆証書遺言であれば、運よく家族が見つけてくれなければ永久に見つかりません。その場合には、遺言書はないものとして取り扱われてしまいます。しかし、公正証書遺言の場合には、公証役場にいくと「遺言検索システム」というシステムがあります。このシステムを使えば、亡くなった人が生前中に公正証書遺言を作っていたかどうかがすぐにわかります。亡くなった人の戸籍謄本と、その人の相続人であることが確認できる書類(相続人の現在の戸籍謄本)と、本人確認書類(免許書など)があれば、どこの公証役場でもシステムを使うことができます。
なお、このシステムは、健在の人に対しては使えません。たとえば、母が健在のうちから、「うちの母が、私にとって不利な遺言を作ってるんじゃあるまいか、調べることはできないかしら?」と、公証役場に遺言の有無を聞くことはできない、ということです。
■公正証書遺言の作り方
「よし!公正証書遺言を作ろう」と思い立ったが吉日。実際に公正証書遺言を作る流れを解説します。
まず、いきなり公証役場に行って「あの、公正証書遺言を作りたいんですけど…」と伝えても、その日のその日に作れるわけではありません。初めに、公証役場に遺言書の原案を作ってもらう必要があります。最寄りの公証役場に電話をして、「公正証書遺言を作りたいのですが、どうすればいいですか?」と聞いてみましょう。作成までの流れを丁寧に教えてもらえます。
遺言書の原案作成までの流れは、
1.必要書類を揃えて、そのコピーをメール(PDF)かFAXで公証役場に送る
2.希望する遺言書の内容を、公証役場の担当者に伝える
3.公証役場の担当者が、遺言書の原案を作成する
4.できあがった原案がFAXで送られてくるので、内容を確認し、細かい微調整を加えていく
5.原案が完成
原案が完成したら、いよいよ公証役場に足を運んで、公証人から「この遺言書の内容で間違いありませんね?」と意思確認をして、公正証書遺言が完成します。ちなみに、公証役場に支払う手数料は下記の通りです。
この手数料の計算が大変ややこしく、遺言を作る人の財産額で手数料を計算するのではなく、遺言で財産をもらうそれぞれの人が取得する金額をもとに手数料を計算します。たとえば9,000万円の財産を、子ども3人で相続する場合だと、一人当たり3,000万円の財産を相続するので、一人23,000円、合計で69,000円の手数料となります。
また、公正証書遺言を作成するために必要な書類は次の通りです。
1.遺言書を作る人の戸籍謄本(現在のものだけでOKです)
2.遺言書を作る人の印鑑証明書(発行から3か月以内のもの)
3.相続人の現在の戸籍謄本
4.相続人ではない人に遺産を残す遺言を作る場合には、その人の住民票
5.不動産の固定資産税の納税通知書
6.不動産の登記簿謄本
7.預貯金の金融機関や支店名のわかる資料(残高証明書などでなくてもOK)
必要書類の数は、かなり多くなります。まずは一度、公証役場に電話して、「私が作ろうと思っている遺言書は、こんな感じなのですが、必要な書類を教えてください」と伝えれば確実です。
■公正証書遺言には証人2人が必要になる
実は、多くの人が公正証書遺言を作ろうとする時に、つまずいてしまうポイントがあります。それは「証人を2人、集められない」ということです。公正証書遺言を作るためには、証人とよばれる人を2人連れて行かなければいけません。そしてこの証人は、近い親族はなれないのです。
具体的には、次の人は証人になることはできません。
1.遺言を書く人の相続人
2.相続人の配偶者や直系血族
たとえば、父が遺言書を作ろうとする場合には、その相続人である妻や子どもは証人になれません。そして相続人の配偶者や直系血族もダメということは、子どもの妻や、子どもの子ども、つまり孫も証人にはなれないということです。
甥や姪であれば証人になることはできますが、関係が疎遠になっているため頼みづらいという人や、物理的な距離が遠いので、わざわざ来てもらうのも気が引けるという人も多いです。信頼できる友人や知人にお願いする手もありますが、信頼できるとはいえ、全財産を知られてしまうことになります。
どうしても証人が集められない場合には、公証役場で証人になる方を紹介してもらうことも可能です。しかし「まったく見ず知らずの人にお願いするのも何となく嫌だ!」という人は多いもの。この証人の問題は早い段階から検討しなければいけません。
まとめ
筆者はこれまで、3,000人以上の相続の相談に乗ってきました。その経験から話をすると、遺言書の作成は、手間とお金がかかっても、公正証書で作ることを強くおすすめします。というのも、自筆証書遺言は、非常によくトラブルが起きてしまうからです。これは大袈裟にいっているわけではありません。本当に多いです。
一番多いトラブルは、遺言書の紛失です。遺言書は、一番信頼できる人に管理をお願いすることが一般的ですが、管理を任された人も人間です。一緒に年をとるのです。相続が起きたときには、管理を任されていた人が先に亡くなっていたり、認知症になってしまっていたりするケースが多いです。
紛失以外のトラブルだと「この遺言書に記載がない財産が見つかった場合はこうしてね」という文言がないときもトラブルになります。他にも挙げるときりがないのですが、本当にトラブルが絶えないので、公正証書で作成することをいつもおすすめします。
遺言書の作成に自身のない人は、相続の専門家の監修を受けながら作成した方が確実です。
しかし、弁護士や司法書士などの法律家の場合には、確かに法的には確実な遺言書ができるのですが、相続税のことがまったく考慮されていない遺言書ができあがることが非常に多いです。「お金より気持ちの方が大切でしょ!」という法律家もいます。きちんと相続税がどれくらい変わるかを知ったうえで、「相続税が高くなっても、このような分け方でいきましょう」と決定するのであれば、それはとてもよい判断だと思います。しかし相続税の検討をまったくしないで遺言書を作ってしまうのは、そのことが原因で争いに発展することだって考えられます。
遺言書の作成は、相続税に強い税理士と相続問題に強い弁護士の両方に相談することをおすすめします。
【動画/筆者が「遺言書の種類について」を分かりやすく解説】
【動画/筆者が「パソコンや代筆も使えるようになった遺言書」を分かりやすく解説】