役員が「絶対に広告営業に行ったほうがいいよ」と…
当時、サイバーエージェントはインターネット広告代理事業の営業がメインの仕事でした。僕はキーエンスでの営業力を見込まれて入社する予定でしたが、入社初日、副社長に呼ばれてびっくりするようなことを言われたのです。
「日紫喜君は営業で採用したんだけど、今、自社で『サイバークリック』というメディアをつくり始めていて、この事業が熱いから、日紫喜君にはメディアのほうに行ってもらっても良いかな」
いきなり違う部門に異動をお願いされてしまったのです。しかも、初日から。それこそ今では「ベンチャーあるある」として笑って済ませてしまう人もいるかもしれませんが、当時の僕は仰天しました。「そんなの聞いてない」と。
しかも、座席に行ったらパソコンもない。部署の人たちは、僕が来ることを知らされていなかったようでした。だから、準備ができていなかったのです。パソコンもなく、ひとまず本を読んで過ごしたのが、僕のサイバーエージェント1日目でした。妻になんて言おうか、と思ったのを覚えています。
ところが、何週間かして、たまたま電話をしてお客さまとコミュニケーションを取る機会がありました。電話はキーエンスで鍛えられていましたから、得意なのです。そうすると、隣の席にいた別の役員から、こう言われました。
「日紫喜君、営業力あるね。絶対に広告営業に行ったほうがいいよ」
もともと営業として入社した経緯を話すと、役員会で話を出してくれ、営業に異動することができました。
「マネージャーをやらせてほしい」との沸き立つ想い
広告営業はサイバーエージェントの当時のメイン事業。ここでようやく、僕は学びたかった藤田社長の近くで仕事をすることができました。営業同行してもらったり、後に昇進してからは、毎週のようにミーティングに一緒に出ました。
こうして藤田社長がどんな雰囲気を持っていて、どんなことを話し、社員とどんな距離感を取っているか、ということも垣間見ることができました。そこで僕が感じたのは、ある意味カルチャーショックのようなものでした。
僕は経営者が書いた本をたくさん読んでいて、松下幸之助さんなど、神様のような社長像が頭に刷り込まれていました。その意味で、藤田社長の姿は、なるほどこういう社長像があるのか、と思わせるものでした。当時は社員のみんなが年齢も近かったし、社長も自然体。だめなものはできない、と自ら言うことを含めて肩肘も張らない。
でも、僕が本で感じたような経営者としての魅力は十分に感じられました。社長の魅力は、自然体でもちゃんと出せるのだ、と思いました。
実際、みんなも「この人を支えていこう」「まとまっていこう」という空気になっていました。内面的には熱いけれど、表面的にはフランク。そして、話す言葉に強い力がある。まわりが怖がるようなリーダーシップというよりは、一緒にやっていきたいと思わせるような雰囲気。こういう藤田社長の魅力を近くで感じられたことは、とても貴重なことでした。
ただ、当時のサイバーエージェントは、毎月のように30人くらい人が入ってくるけれど、同じくらい人が辞めていく状況でした。上場はしていたものの、組織が固まっていなかったのです。しかも、当時はインターネット広告に対して、世の中の理解はまだまだ低かった。僕はナショナルクライアントを担当していました。営業スタイルは、「さわやかに厚かましく」。そして、「決裁者にいかに会うか」。キーエンス時代、高額商品でしたから決裁者に会わないと決定してもらえませんでした。ナショナルクライアントは、そういう営業が必要だと考えたのです。
インターネット広告への理解がなかなか深まらない中で、僕はこれからのビジョンを語り、僕という人間を信用してもらおうと考えました。時には、インターネット業界で有名だった藤田社長を連れて行きました。これは喜ばれました。こうして僕も、新しい領域で新しいクライアントを獲得し、実績を出していくことができました。
社員をどんどん増やしていった時代。上司たるマネージャーは、25歳前後でした。僕と同年代でもあり、やがて僕の中で次第にこんな思いが沸き立っていくことになります。
「自分にマネージャーをやらせてほしい」
いつか社長になりたいと思っていましたし、せっかくベンチャーに来たのだから、マネジメントを早く経験したいと思っていました。抜擢を待っていたら、何年かかるか分かりません。これは今もそうですが、サイバーエージェントには「自分で手を挙げなさい」「宣言しなさい」という風土があります。
そこで、当時の営業統括に夜、時間をもらって、「自分がマネージャーになるべきだ」という資料をこっそりつくって説明したのです。彼は半分呆れていたと思います。僕も言い過ぎたかな、と思っていました。ところが、数カ月後に本当にマネージャーに抜擢されたのです。
日紫喜 誠吾
株式会社ウエディングパーク 代表取締役社長