新卒の「辞表」を受け取らない社長の話
私たちがその工務店の社長と出会ったときは、社員が4人しかいませんでした。もともと大工出身で、「人を増やしたい」という想いはあるものの、それがなかなかうまくいかないということで、私たちとの付き合いが始まりました。
2013年から新卒採用を始める体制を整え、毎年それを行った結果、今では従業員総勢50名ほどになり、その間の新入社員は、だれ1人辞めていません。
ある日「社長、なんで新卒社員たちは辞めないんですか?」と尋ねたところ、「俺が辞表を受け取らないから」という衝撃の一言が!
これまで中途採用の社員は何人か辞めていたのですが、新卒は誰も辞めていません。そこに社長のこだわりがありました。「辞める」と言ってきた場合は、たいていが今の仕事に行き詰まっているとき。それならば、違うポジションの仕事をさせたら、その可能性が輝くこともある。そこで、「辞めたいんです」と言われたら「ごめん、ごめん。そこのポジションが合っていなかったんだな。じゃあ、次のポジションを増やすから、そっちでがんばってみてよ」と、その社員の役割をどんどん変えていっていたというのです。
その一方で、会社の仕組みはチーム制にし、すべての役割を分担させる形で仕事をさせています。そのため、Aチームが無理だったら今度はBチーム、そこがダメならCチームへ。営業が無理だったら、管理にまわすこともでき、その結果「ずっとポジションチェンジをしていくから、人が辞めてないんだよ」。そうやっているうちに、本人の強みを発揮できる場所に出合えるから、という考えを持っていました。
そうした環境で働いている新卒社員たちは、説明会などにやってきた学生たちに向けて「自分に合った仕事というのは、長年やってみないと見つからないよ」というアプローチができます。「仕事が合わなかったらすぐに会社を辞めてしまうのではなく、社内でポジションを変えてもらえる。うちの会社はそのくらい寛容な会社なんだよ」と。そんな風に先輩社員が言っていたら、学生たちにとっては、安心して入社できる会社です。
新卒社員たちはまだまだ視野が狭いので、「与えられた仕事ができない。会社を辞めなければ」と思ってしまいがちです。でも、入社前からそうしたアナウンスを聞いて、先輩たちから「私たちの中でも配属された部署が合わなくて違う部署に移り、今では活躍している人がいるんだよ」などと聞くと安心できますし、自分が配属された部署でまずは一生懸命取り組んでみようという意欲も湧いてきます。
新卒採用開始から3年目までは「社長」が徹底的に…
また、1つ上の先輩がいることで安心したり、「俺も入ってすぐはこんな思いやったぞ。わかるよ」と声をかけてもらって励まされたりします。こうしたよい循環が新卒採用の場でまわっていました。
ただ、よい循環をまわすため、新卒採用の3年目までは社長が思い切り新卒社員たちに関わってください、とお伝えしています。新卒3年目の社員がそろった頃になると、だんだん社長自身の新卒採用のモチベーションが下がってしまう企業が多いからです。
ここには、新卒採用ならではの理由があります。1年目の採用活動を始めて、目の前にいる人たちが入社する前に、もう2年目の採用活動がスタートしています。1年目の新卒採用者が入社する頃には、2年目の内定者が出ているわけです。そして、新卒採用活動が3年目になると、だいたい1年目の社員たちは入社したけれど、そんなにすぐに育つわけではないので、まだ仕事がそこまでできるほどにはなっていない。そのあたりから、3年目は「新卒採用、やめたほうがええかもな・・・」となってしまうのです[図表1]。
そこで、すでに入社している新卒社員たちが「辞めたい」と言い出したりすると、社長自身もパワーダウンしてしまい、それまで以上に関わろうとしなくなったりして、うまくいかなくなるケースが多いのです。
そのため、私たちは担当する企業が新卒採用を始める際には、「1年目の新入社員は誰1人、絶対に辞めさせたらダメです」とお伝えしています。そうでないと、2年目に入ってくる新卒社員たちが疑心を持って入社してくるので、新卒採用のサイクルがうまくまわらなくなってしまうからです。
逆に、3年目まで社長が新卒社員たちにしっかりと関わっていけば、この新卒社員の循環は必ずうまくまわるようになります。新卒入社で3年目に当たる社員たちが、1年目の社員たちに対して、「自分がこんなふうになったとき、社長が救ってくれたんだよ」などと、伝え始めてくれるからです。そのためにも、3年目までは徹底して社長が関わり、新卒社員たちを育てていくという姿勢がどうしても必要になってくるのです。