子育ての悩みは色々ありますが、「食事」に関して頭を抱えてしまうことは珍しくありません。子供の成長には何が重要で、どのように食べさせたらいいのか…考えれば考えるほど行き詰まりを感じてしまう方も多いでしょう。本連載では都内のクリニックで年間1万人もの子どもを診察する工藤紀子小児科医が、赤ちゃんの発達に欠かせない栄養素と、その栄養素の与え方を説明していきます。

発達の鍵となる大事な栄養素「鉄」の3つの役割

私は離乳食の時期に必要な栄養をしっかりとって欲しいからこそ、市販の離乳食を使うとよいと考えています。それはもちろん、離乳食を手作りする場合でも同じです。そこで、これまで(関連記事『小児科ママが教える「離乳食を作らない」子育て術』)伝えきれなかった発達に必要な栄養のことを、しっかりと説明していきます。最初に取り上げるのは「鉄」。今回はどんな役割があるのか、どのような形で体に存在しているのか、説明していきます。

 

さて「とにかくこれだけでもいいからしっかり摂取してほしい」という大事な栄養素が「鉄」です。大げさなようですが、「鉄を制するもの、育児を制する」といってもよいくらい、成長に欠かせない大事な栄養素です。極めて重要な栄養素のため、順を追って説明します。きっと、知れば知るほど鉄の大切さがわかってきます。

 

鉄の大切な役割は3つあります。体中に酸素を運ぶこと、エネルギーを効率よく手に入れること、そして心のバランスを保つことです。

 

体中に酸素を運ぶために「鉄」が必要

私たちは、生きていくために呼吸をし、酸素を取り入れています。この酸素を体の隅々に運んでいるのが、血液のなかにある赤血球です。赤いから赤血球といいますが、赤血球を作っている「ヘモグロビン」というタンパク質に含まれる「鉄」が赤色の由来です。鉄は酸素と結合しやすい性質を持っていて、体中に酸素を運べるのは、赤血球のなかの鉄のおかげなのです。

 

もし鉄が足りなくなると「体中に酸素が運べない」という状態になります。この体中が酸欠になる状態を「貧血」と呼びます。鉄は「体中に酸素を運ぶ」という、生きていく上で大事な役割を果たしているのです。

 

参考までに、立ったときにクラっとするのは立ちくらみであり、脳の血流が一時的に少なくなるために起こるもので、「脳貧血」と表現されることがあります。しかし今ここで話をしている「貧血」とは違うものです。

 

エネルギーを効率よく得るのに「鉄」が必要

鉄は体の隅々に酸素を運んでいるだけではありません。食べたものから体を動かすためのエネルギーを効率よく手に入れているのです。

 

「効率よく」というのが実はとても大事で、これを理解するには、そもそも私たちはどうやって食べ物からエネルギーを手に入れているかを理解しないといけません。しかし、正確に、かつ詳しく話をすると、それだけで本が一冊できるくらい複雑になるので、とても簡略化してわかりやすく説明してみましょう。

 

「体を動かすエネルギーを手に入れる」ということを、「生活するためのモノを手に入れる」という行為にたとえてみます。私たちは生活するために色々と買い物しますよね。その「いろんなモノを買って生きていく」という行為が「エネルギーを手に入れる」ということであると考えてみてください。そして「酸素を運ぶ鉄」を「車」とたとえ、体のなかに、私たちの世界と同じように「コンビニ」と「ショッピングモール」があるとしましょう。

 

コンビニは歩いてすぐ行けて、いつでも買い物ができますよね。コンビニは、たくさんモノを買うというよりも、そのときに必要なものをとりあえず手に入れるところです(実際の生活ではコンビニだけで問題ない方もいますが)。車がないと、とりあえずのモノしか手に入らず、とても非効率です。

 

次にショッピングモールには車があれば簡単に行けます。ショッピングモールに行けば、色々なモノを一気に買えて、車に積んで持ち帰ることができます。車があれば、たくさんのものをいっぺんに効率よく手に入れることができるのです。

 

このコンビニに品物を供給しているのは糖質で、ショッピングモールに品物を供給しているのはたんぱく質や脂質です。だから「疲れると甘いものが欲しくなる」というのは、体のなかで「とりあえずコンビニ行って“糖質製”のものを手に入れたい」ということが起きているのです。

 

コンビニばっかり行っても、とりあえず必要なモノ(=糖質からの供給されたモノ)しか手に入らず非効率的であるのに対し、ショッピングモールに行けば必要なモノ(=たんぱく質や脂質から供給されたもの)を一度にたくさん買えて効率的です。車(=鉄)があれば、「効率的に生活するためのモノを手に入れられる」=「効率的に体を動かすエネルギーを手に入れられる」ということなのです。

 

もう少しだけ話を広げると、「低糖質ダイエット」と聞いたことがあるでしょう。あれは、糖質を少なくしてコンビニへの供給を減らし、棚をガラガラの状態にするというものです。簡単にコンビニ行くのをやめさせ、代わりにショッピングモールに行かせて、たんぱく質や脂質から供給されたモノを効率よく買わせようとしているのです。

 

しかしここで大事なのは、車(=鉄)がないとそもそもショッピングモールに行けないので、低糖質ダイエットを始める場合、まず鉄を十分に補充された状態で始めないといけないということです。その上で、ショッピングモールに品物を供給する(=たんぱく質と脂質を摂取する)のです。そうでないと、コンビニからもエネルギーがない、ショッピングモールからもエネルギーを手に入れることができない、という状況になり、痩せもしないし、ただ疲れるだけ、という状態に陥ります。

 

心のバランスを整えるのに「鉄」の働きが重要

最後にもう一つ、鉄には大事な役割があります。

 

鉄は神経伝達に関わるドーパミンセロトニンという物質の生成にも必要なものです。このドーパミンやセロトニンがどのような働きをするかというと、ドーパミンは「やる気」「集中」など精神的な元気さをつかさどり、セロトニンはハッピーホルモンともいわれ、「リラックス」させたり「ドーパミンの出過ぎをコントロール」させたりする作用があります。ドーパミンが出て元気なのはいいことですが、精神的に元気すぎるということは、すぐカッとして怒りっぽくなったり我慢ができなくなったりすることになるので、セロトニンでドーパミンをコントロールする必要があります。

 

「元気」と「リラックス」を上手く整える、つまり心のバランスを整えるために、ドーパミンやセロトニンが十分に作られる必要があるので、鉄が大事になってくるのです。

体内で様々な形で存在する「鉄」

次に鉄はどのような形で体のなかに存在しているのか説明します。

 

鉄は様々な形で体のなかに存在しています。血液中のヘモグロビン、肝臓のなかのフェリチン、筋肉のなかのミオグロビン、体のなかを行き来するトランスフェリン、大まかにいうとこの4つの形があります。

 

体内にはおよそ3gの鉄が存在していますが、70%は赤血球のなかのヘモグロビンに含まれています。残りの25%はフェリチンといって、主に肝臓に蓄えられています。このフェリチンは「鉄の貯蔵庫」みたいなもので、ヘモグロビンに存在する鉄は「お財布のなかのお金」、フェリチンは「銀行に預けられているお金」と、よくたとえられています。

  

残りの数パーセントはミオグロビンで、筋肉のなかに存在しています。ミオグロビンの鉄は、ヘモグロビンの鉄より酸素と結合する力が強く、体中を酸素を持って移動しているヘモグロビンは、酸素を必要としている筋肉の近くまでくると、酸素を手放しミオグロビンに受け渡します。ミオグロビンはより酸素と結合する力が強いので、酸素を蓄えておくこともできるのです。

 

そして、鉄の0.1%程度はトランスフェリンといって、鉄を運搬しています。鉄がヘモグロビン中に少なくなってきたとき、肝臓に貯蔵されている鉄(フェリチン)をトランスフェリンに形に変えて骨髄まで運び、新しいヘモグロビンを作る材料にします。

 

このように鉄は様々な形に姿を変えて体のなかに存在しているのです。

 

赤血球は日々古いものが壊され、新しいものが作られていますが、このとき古くなった赤血球のなかにあった鉄は体から排出されるのではなく、新しい赤血球を作るときに再利用されています。鉄はリサイクルして使われているエコな栄養素なんです。

 

しかし鉄は汗や剥がれた粘膜、尿や便などを通し、日々の生活のなかで少しずつ排出されています。その量は1日1mg程度であり、これは食べ物から補う必要があるのです。

 

ここまで、鉄にはどんな役割があるのか、鉄はどのような形で体に存在しているのかを説明してきました。次回は、人はどんな時に鉄が足りなくなるのか、さらに、乳幼児はいつから鉄を補うようにすればいいのかを説明していきます。

 

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