「自分のほうが理事長にふさわしい」息子2人のどちらを後継者とするか、決め切れないまま亡くなってしまった開業医のBさん。病院の承継を巡り、医療法人ならではの壮絶なバトルが始まってしまった…。本記事では、井元章二著『相続破産を防ぐ医師一家の生前対策』から一部を抜粋し、開業医の相続の難しさを取り上げます。

病院スタッフたちも長男派と二男派に分かれ…

Bさんには医師の子が2人います。2人とも勤務医をしていましたが、いずれは開業を希望しており、できればBさんの病院を継ぎたいと考えていました。Bさんも2人の息子の考えは知っていたのですが、結局どちらを後継者にするか決め切れないまま亡くなってしまいました。

 

この2人の息子は、年子ということもあってか昔からライバル心が強く、しょっちゅうケンカをしていました。病院の承継にあたっても、お互い負けてはいられないと「自分のほうが理事長に相応しい」と主張し始めました。長男が「自分は長子として継ぐ権利がある」といえば、二男は「自分のほうが父親に可愛がられていた」と言って譲りません。

 

長子だろうと親から愛されていようと、そんなことは病院経営をうまくやっていけるかどうかとはまったく関係ないのですが、当の本人たちには分かりません。困ったBさんの妻が私に相談をしにきました。

 

間に弁護士も入れて何度も話し合いの場を持ちましたが、最後まで両者とも折れることはなく、出資持分を50%ずつ相続することになりました。私も弁護士も持分を分散させることには大いに不安がありましたが、当人たちがどうしてもというのではしかたがありません。

 

理事長を決めないわけにはいかないので、肩書だけという約束で長男を理事長とすることになりました。私と2人とのお付き合いは、この段階で切れてしまったのですが……。

 

ここから先は、人づてに聞いた話です。

 

2人はその後、何かにつけて意見の対立をしていたようです。

 

株式会社であれば、保有している株の割合に応じて会社に対する議決権を持つので、たくさんの株を持っている人の発言権や決定権が強くなりますが、医療法人の場合は、1社員1票の議決権を持っており、その1票の重さは出資持分の多寡には左右されません。ここでは、どちらが過半数を持つかが問題なのではなく、「議決権を持つ人が複数いる」ことが問題です。

 

長男が「白」といえば、二男は「黒」と言うものですから、大切なことが何ひとつ決まっていかないのです。これでは経営が前を向いて進んでいくはずがありません。私の不安は残念ながら的中してしまいました。

 

そのうち、病院スタッフたちも長男派と二男派に分かれてしまい、病院の雰囲気は最悪です。その空気は患者さんたちにも伝わり、徐々に患者数も減ってきてしまいました。それでも兄弟たちはお互いに「病院がうまくいかないのはお前のせいだ」と相手のせいにするばかりで、自省することもありません。

 

今はまだ、いがみ合いながらも2人でやっているようですが、分裂するのは時間の問題でしょう。いつ一方が「やっぱりあいつとはやっていられない!」と言って出ていっても不思議ではありません。

 

出ていくほうが払戻請求を起こせば、病院に残る側は多額の買取資金が必要になります。私が関わっていたときより病院の収益は落ちているとはいえ、出資持分評価は今でもかなりの額になるはずですから、支払いきれない可能性もあるのです。

 

2人が心を入れ替えて仲良くやってくれることを、Bさんは草葉の陰から祈っているに違いありません。

持分あり法人と持分なし法人の違い

医療法人の制度についておさらいしておきます。

 

医療法人には平成19年の医療法改正前に成立した法人と、改正後に成立した法人の2つが存在します。改正前に成立した法人(旧法人)は「持分あり」法人と呼ばれます。改正後に成立した法人(現法人)は「持分なし」法人と呼ばれ、今後は後者しかつくることができません。

 

さて、両者の違いは、医療法人の財産権を持っているか、持っていないかにあります。もっと分かりやすく言うと、医療法人の余剰金が法人のオーナーに帰属するか、帰属しないかです。

 

持分あり法人の場合は、法人の余剰金が出資者の財産になるため、相続のときにはこれを相続財産として扱わなければなりません。Bさんのように利益をたくさん上げている病院では余剰金が億単位に膨らんでいることも珍しくなく、結果的に相続税を巨額にしてしまいます。これは、出資持分には「配当が出せない」「換金性がない」という特性があるからです。

 

これに対して持分なし法人では、法人がいくら利益を上げようと出資者の財産には反映されず、当然のことながら相続税にも影響はありません。

 

それならば、今の「持分あり」から「持分なし」へ移行すればいいと考えるかもしれません。しかしこれにもメリットとデメリットがあり、移行するとデメリットのほうが大きくなってしまうケースもありますので注意が必要です。

 

出資持分の承継のしかたには、

 

① 相続による承継

② 生前贈与による承継

③ 売買による承継

 

の3つがあります。

 

それぞれに長所と短所があり、どれを選んだから正解で、どれを選んだから間違いというものではありません。しかし、選択する方法によって支払う税金額は変わってきます。また、承継する相手や承継したい時期などによっても、選択すべき方法は異なります。

 

承継計画や資産状況、後継者との関係、周囲の環境などさまざまな要素を考慮して、〝わが家に合ったベストな一つ〟を選び取っていくことが肝要です。

 

① 相続による承継

 

現理事長が亡くなった際に、出資持分を相続財産として後継者に承継する方法です。

 

出資持分の評価額によっては、相続税が課税される可能性があります。出資持分の評価を下げるなどして節税を図ったり、後継者が納税資金に困らないように準備をしたりといった対策を、理事長の生前にしておく必要があります。

 

出資持分は後継者に100%を持たせるのが理想ですが、相続による承継ではBさんの例のように分散してしまう可能性もゼロではありません。

 

ですから、相続で承継をしようとする際には、①事前に後継者を決定しておく、②確実に後継者に出資持分がいくように対策をしておく、といったことが必要です。②の対策としては、生前にトラブルが起きないように言い含めておくとか、遺言書に書いておくなどの方法があります。

 

② 生前贈与による承継

 

現理事長が生前に自分の意思で、贈与によって出資持分を後継者に承継する方法です。

 

生前贈与による承継では、現理事長の思う相手に、贈与したい分だけ出資持分を移転させることができます。つまり、後継者に100%の出資持分を引き継がせることが可能です。

 

贈与をする際には、法人の利益を圧縮するなどして持分評価を下げてから後継者に贈与すると、贈与税を節約できます。

 

毎年少しずつ後継者候補の息子に持分を贈与している人がいます。これは2つのメリットを狙っています。1つは、コツコツと贈与したほうが税負担を抑えられることで、贈与の暦年課税(暦年贈与)を使うと毎年110万円までは非課税で贈与できます。

 

もう1つは、少しずつ持分が増えていくことで、息子さんの「後継者としての自覚」が促されていくことです。贈与するにも時間がかかりますが、これはとても賢いやり方です。

 

ある方は、毎年息子さんの誕生日に贈与を行うのですが、そのとき必ず息子本人に「将来どういう医者になってほしいか」や「病院をどうしていってほしいか」などを伝えています。また、息子のほうも「自分はこういう医者になりたい」「後を継いだら、こういうこともやってみたい」などのビジョンを話したり、父の意見に対して「ここは賛成だけれど、この点については納得がいかない」などと意見を返したりしています。

 

そういう話し合いの場が持てることも、贈与のとても素晴らしい使い方といえます。

 

ただし、一度贈与してしまうと撤回はできないので、その点には注意しなくてはなりません。たとえば、長男を後継者にするつもりで持分を贈与してきたものの、よくよく考えると二男に継がせたいとなったとき、長男に贈与した持分をなかったことにはできないため、持分は分散してしまうことになります。生前贈与は後継者を確定してから行う必要があるのです。

 

③ 売買による承継

 

現理事長が所有する持分を、後継者が買い取ることで承継する方法です。

 

現理事長と後継者の間で合意があれば、いつでも売買はできます。後継者に100%の持分を買い取らせれば分散もなく、払戻請求の危険もありません。

 

ただし、持分を買い取るためのキャッシュを用意しなければならない点が課題になります。持分評価が高いほど、後継者がそれだけ多くのキャッシュを用意する必要があります。

 

別の言い方をすると、買い取れるだけの資金力のある後継者がいるのであれば、出資持分対策は必要ないかもしれません。それならそれで、争族対策や相続税対策に力を入れていくといいでしょう。

儲かっている病院は注意…出資持分の評価のしかた

医療法人の持分の評価は、基本的には株式会社の株式の評価と同じです。

 

非上場企業の株価の評価法には「類似業種比準価額方式」「純資産価額方式」「配当還元方式」の3つがありますが、医療法人は配当を出せないので配当還元方式は適用されません。どの評価法を適用するかは、医療法人の規模によります。

 

まず、縦の「純資産価額および従業員数」のなかから、法人の該当する枠を探します。次に、横の「取引金額」のなかから、該当するところを探します。2つで規模が異なる場合は、大きいほうの規模を選んでください。

[図表1]業種別会社規模判定「小売」「サービス業」
[図表1]業種別会社規模判定「小売」「サービス業」

 

[図表2]会社規模別「自社株式の評価方式」
[図表2]会社規模別「自社株式の評価方式」

 

たとえば「中会社の小」の法人を持分評価するときは、「純資産価額方式」か「類似業種比準価額方式と純資産価額方式の併用方式」のいずれかのうち、低い価額のほうを採用できます。

 

類似業種比準価額方式は、サンプル企業の利益、純資産と、医療法人のそれとを引き合わせて計算します。

 

純資産価額方式は、課税時期(相続や贈与を行った時点)の、1株当たり純資産額によって相続税評価額を算定する手法です。

 

併用方式はこの2つを一定の比率で合わせる方法で、「中会社の小」の場合は類似業種比準価額方式が6割、純資産価額方式が4割となります。

[図表3]類似業種比準価額方式の計算式
[図表3]類似業種比準価額方式の計算式

 

[図表4]純資産価額方式の計算式
[図表4]純資産価額方式の計算式

 

開業医の相続、医業承継ではこの出資持分の評価は必ず出さなければならないもので、絶対に避けては通れません。計算してみると5億や10億になっていることも普通にあります。

 

対策を取るためにも早めに試算しておきたいですが、実際の計算は非常に煩雑で、素人がミスなくやり通すのには相当の根気と細心の注意が必要になります。自分でやるのは荷が重いと諦めて、最初からプロに任せるのが近道だと思います。ただ、プロでも気を使う試算なので、黙っていても自ら進んでやってくれる顧問税理士は少ないかもしれません。こちらから「出資持分の評価をしてください」とお願いしない限り、まずやってはもらえないと思っておいたほうが無難です。

 

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    本記事は、2016年5月27日刊行の書籍『相続破産を防ぐ医師一家の生前対策』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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