「条件つき情報・提案」という交渉テクニック
税務調査における「条件つき譲歩・提案」とは、意見が分かれている争点があれば、ある条件に応じてどのような結果になるかをあらかじめ合意するものです。たとえば、現時点で契約書がある収入について、貸付金か売上かで意見の相違がある場合、「金銭消費貸借があれば認めてください。もしなければ否認でいいですよ」など、「もし○○だったら〜してください」と条件を提示する方法です。
条件つき譲歩・提案には次のようなメリットがあります。
① 現状のお互いの認識だけで合意することができる=お互いの労力が少ない
② 納税者・税理士・税務調査官のよりよい結果に対するモチベーションになる
③ 結果に対する「納得感」がある
交渉が膠着状態になってしまうと、税務調査を長引かせてしまいます。ある程度、インセンティブを与えてモチベーションを上げる効果があるわけです。前述の例であれば、契約書を探すという具体的な作業をするうちに、物事が進んで行きますので、膠着状態から抜け出すことができます。
ただし、注意点もあります。
◎前提としてお互いの条件の結果が異なっていること
「あってもなくても、結果は否認」であれば、交渉が成り立ちません。
◎条件が明確であること
「もし○○なら××」と条件を明確にすることが大切です。「もし○○なら××かもしれない」といったあいまいなものでは成り立ちません。
実際、税理士の立ち会いのない税務調査では、調査官が「この資料を作ってきてください」などと指示することがあります。たとえば架空の外注先をチェックするため、仕入れ先と、それぞれの仕入れ額のリストアップを命じられるようなケースです。もちろん、指示された資料は提出しなければいけませんが、その前に税務調査官の目的をきちんと把握して、条件を提示する必要があります。
「仕入れ先はすべてきちんと提示しますから、すべて認めてくださいね」と、あらかじめ言質を取っておきます。資料を提出した後で、「まあ、それはそれで」などとあいまいにされ、外注先として認められなければ、交渉が進みません。
そのため、何か行動するとき、交渉が膠着している場合には、明確な条件を提示して、約束を取り付けることが大切です。
◎情報が一方に偏っている場合には、もう一方が不利になる可能性がある
たとえば納税者は、契約書があることがわかっていて、「もし契約書があれば是認させてください」と条件を出したとします。税務調査官は契約書があることを知りませんから、出来レースのようになってしまうわけです。このような場合、税務調査官は納得できなくなりますので、誠実な対応をしてください。
納税者と税理士の事前ミーティングで決めておくこと
税務調査では、納税者・経営者が妥協できる部分とできない部分があります。当然、税務調査官にも妥協できる部分とできない部分があります。この2者の「合意できる」が重なった部分が「合意可能領域」です。この合意可能領域のポイントについては、納税者と税理士の事前ミーティングであらかじめ決めておくことが大切です。
納税者と税理士の認識がずれてしまっていると、経営者は「これは妥協できない」と感じていても、税理士が勝手に「それでいいですよ」などと認めてしまう可能性もあります。もちろんその逆の可能性もあり、いずれにしろ関係にヒビが入ってしまいます。
具体的には、事前ミーティングの「争点の洗い出し」の際に、納税者の希望を伝えておきます。税務調査中には、税務調査官の妥協できる範囲、できない範囲を見定めることがとても大切です。これは税理士や経営者が誘導して聞き出すようにしましょう。
そのうえで、税務調査官が妥協できるギリギリのところにアンカーを打ちます。つまり、先に条件提示するわけです。アンカーを打つと、人間の判断をその数値に引き寄せることができます。
アンカーは、交渉相手の関心や期待のよりどころになり、たとえ専門家でも影響されると言われています。
アンカーについての実験データは多くあります。たとえば、中古車の買い取りをする会社に、「適正価格を提示する」とあらかじめ条件をつけ、同程度の車2台の買い取り価格を提示してもらう実験をしました。
1台はピカピカに磨いて、売り手Aが「これは最高の車」という趣旨のプレゼンをし、「○円で買ってほしい」と高価格を告げました。もう1台は汚れていて、売り手Bが「この車はたいしたことなくて」と言いながら「×円くらいですかね」と低価格でアンカーを打ちます。
繰り返しますが、車の性能や状態は同程度です。にもかかわらず、買い取り会社、つまり車の査定の専門家が提示した金額は1.5倍以上の開きがあったそうです。これは、売り手AとBが最初に告げた価格(=アンカー)によって、専門家の心理が影響されていたと言えます。つまり、アンカーは最強の武器になるわけです
問題は、「アンカーをどこに打つのか」です。納税者と税務調査官の合意可能領域(ゾーン②)のうち、税務調査官側の端っこに打つのがベストでしょう。「ギリギリOK」にアンカーを打つことができれば、納税者にとっては一番よい結果になります。
逆に、納税者側の端っこ(ゾーン①)にアンカーを打ってしまうと、納税者にとっては合意可能領域を狭めてしまう可能性もあるということ。また、税務調査官が到底合意できないところ(ゾーン③)にアンカーを打つと、信頼関係を壊しかねません。だからこそ、税務調査官がどこまで合意可能なのかを探ることが大切なのです。
先に税務調査官に「アンカー」を打たれた場合の対処法
税務調査官に先にアンカーを打たれてしまうこともあります。そのアンカーが十分に満足できるものであればよいのですが、たいていの場合はそうではありません。このようなケースでは次のような対策が考えられます。
❶情報と影響力を分離する
当初の妥協点と、合意可能領域を再度、確認して、自分の心理に与える影響を最小限に抑えます。同時に、相手が打ったアンカーを「情報」として受け取り、相手の妥協点を知る手がかりに利用します。
❷税務調査官のアンカーを検討しない
税務調査官にアンカーの根拠を求めたり、議論をしてしまうと、影響力を強めてしまう結果になってしまいがちです。根拠などについて質問することは避けましょう。
❸無視する
話題を変えたり、自分たちの妥協点との隔たりがあることのみ伝えて、アンカーの話題からそらします。
❹時間を空ける
税務調査官にもメンツがあります。高いアンカーを打ち込んですぐに下げることはしません。そのため、「時間を置いて話しましょう」と、別の日程を提示し、メンツを保たせてあげることも必要です。税務調査官も、一度持ち帰って、統括や上席と打ち合わせするなどで冷静になる部分もあります。
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