「役員退職金」3つのメリット
税務調査では、役員退職金も厳しくチェックされる項目です。退職金には税制上、多くのメリットがあります。
①退職所得控除がある
勤続年数が20年以下だと40万円×勤続年数、20年以上だと1年で月70万円の退職控除を差し引けます。
②退職所得控除の部分を2分の1にできる
退職所得控除をした後で2分の1にできるということは、単純にいうと2000万円の所得を1000万円にできるということです。かなりお得な制度だと言えます。ただし、これは勤続年数が5年以内の法人役員等の退職所得には適用されませんので注意が必要です。
③分離課税である
通常、所得は、他の給与や事業所得と通算した額に累進税率がかかります。これを総合課税といい、所得に応じて税率が高くなるため、通算すると税率も高くなる可能性が高いと言えます。しかし退職所得は分離課税といい、退職所得のみで分けて税率がかかります。そのため、通常の給与よりも税率が低くなるメリットがあります。
「分掌変更」による役員退職金計上の注意点とは
税制上、非常に大きなメリットがある退職金ですが、税務調査の際には「分掌変更による役員退職金」が大きな論点になります。分掌は「分けて職務や仕事を受け持つこと」という意味で、税務で分掌変更と表現するのは、代表取締役や取締役であった人が、一度退職して退職金をもらった後に身分を会長や監査役などに変えて、引き続き在職することを言います。
保険の営業に「一度、退職されて退職金を受け取ってから業務をすることができますよ」などと提案されたことがある人もいるのではないでしょうか。
この分掌変更による退職金は、原則として「未払い金は認められない」ことに注意が必要です。現金で支払う必要があります。
また、常勤していなくても代表権があったり、実績的にその法人の経営上、主要な地位にある場合には認められません。たとえば監査役という肩書きなのに、実質的にその法人の経営を担っている場合です。
これを確認するために、メールや社内の稟議書から、退職したとされる経営者が業務に関わっていないかどうかを見られる可能性があるので注意しましょう。さらに、分掌変更の後、役員の給与を50%以上減少する必要もあります。
つまり、経営上、主要な位置にいたり、大切な判断をしている場合には、役員退職金として認められないわけです。そういう意味では、否認された場合のデメリットが大きいのが分掌変更による退職金なのです。
特にオーナー社長の場合、辞めたといっても毎日のように出社し、意思決定するのが通常ではないでしょうか。軽い気持ちで分掌変更による役員退職金を計上するのは、避けるべきと言えます。
ここで改めて退職所得の3要件を紹介しましょう。
①勤務関係の収支によってはじめて給付されること
②継続的な勤務に対する報酬・労務の一部の後払いの性質を有すること
③一時金として支払われること
この3要件をふまえて、税務調査では次のようなことがポイントとなります。
・分掌変更後の職務内容……退職後、職務内容が変わっているか
・支給給与金額……職務内容にふさわしい金額(50%以上減額された)か
・金融機関の連帯保証……連帯保証がついたままだと実質的な経営者と判断されることが多い
・体調……体調が悪くて入院をするなど、実質的に業務を行えない状態なら認められる可能性がある
役員退職金の算入時期についても注意が必要です。
①事業年度に株主総会の決議をし、退職した
事業年度内に未払金を計上しても、翌事業年度に退職について株主総会の決議があれば、その決議日で損金を計上します。
②退職する事業年度に株主総会の決議をした
退職した事業年度の前の期に株主総会の決議をした場合は、原則その決議日に損金算入されます。例外として、退職日に損金経理した場合には、この時点での損金算入も可能です。
③退職した翌事業年度に株主総会の決議をした
前事業年度に退職し、翌事業年度に株主総会の決議をした場合には、原則として株主総会の決議日に損金算入します。例外として、退職日に損金算入した場合にも認められます。
一般的に功績倍率は「3倍」と言われているが…
役員退職金は、適正な額で算定しなければ、税務調査で否認される可能性があります。極端に高い退職金を支給すると、損金算入が認められない可能性があるわけです。法人税法では、役員退職金の具体的な計算式を示されているわけではありませんが、適正な役員退職金給与額の算式として「功績倍率」を用いた代表的な方法があります。
最終の適正な役員報酬月額×在任期間×適正な功績倍率=適正な役員退職給与
一般的に、この功績倍率は「3」にすると言われることがあります。しかし、安易にこの数字、およびこの算式を利用するのは危険です。
というのも、たいていの場合、「この計算式を用いて適正額を算出する」ではなく、「退職金を○○万円受け取りたいから」と逆算で利用するケースのほうが多いからです。たとえば、40年間在任した月額の役員報酬が30万円の社長が、「退職金を1億2000万円もらって退職しよう」と考えたとします。この条件だと、最終の役員報酬月額を100万円にしなければ、計算が合いません。
役員報酬月額100万円×在任期間40年×功績倍率3倍=1億2000万円
まず役員報酬月額100万円が適正か、適正ではないか。それまで30万円で3倍以上ですから、倍半基準を超え、否認される可能性が高いと言えます。また、功績倍率3倍も単純に考えるのは危険です。できれば類似法人の功績倍率を調べるなどして、ある程度、説明できる倍率にしておく必要があります。功績倍率には「退職の事情」についても考慮されます。定年で辞めるのか、死亡で辞めるのか、といった事情です。
役員退職金については、類似法人や同規模法人、同職種法人の売上・利益・剰余金・役職・退職理由・勤続年数・最終報酬月額・功績倍率・退職金・従業員数などさまざまなデータを集めて総合的に判断するのがよいのですが、簡単ではありません。
TKCグループが出している「BAST」(TKC経営指標)や、株式会社政経研究所の『役員の退職慰労金』などを参考にしてもよいでしょう。 これらを参考に、単純平均(ネガティブ)、中央値(保守的)、最高値(アクティブ)と3つくらいの数字を出し、検討することをおすすめします。いずれにしても、多額の退職金を算出する場合には、資料を揃えておくことが大切です。税務調査では、この資料をもとに説明するようにします。
「役員退職慰労金」は株主総会の決議で決定する
精算、M&A、組織再編等で解散した場合の役員退職金は、資本金等の金額を上回る部分が「みなし配当」になります。ただし、みなし配当は税率が高いので、解散する前に役員退職金を支給したほうがメリットが大きいと言えます。また、最後の事業年度に役員退職金を支給することで、欠損金の繰り戻し還付が活用できるのもメリットの一つです。
また、退職金のうち、役員退職慰労金については、株主総会の決議で決定することを確認しておきましょう。規定があっても、それだけでは確定しません。規定と決議がセットです。 当然のことながら、株主総会の議事録は重要な証拠書類になりますので、必ず作成します。
【税務調査を支援する税理士の会】
田中 久夫 / 加藤 元弘 / 植﨑 茂 / 藤原 重光 / 後藤 勇輝 / 岩澤 信吾 / 中山 隆太郎 /
永井 孝幸 / 前田 吉彦 / 石垣 貴久 / 笠原 伸哉 / 内芝 公輔 / 南村 博二 / 本田 将智