近年、医療機関に対しても労基署の調査が頻繁に行われており、「病院はもちろん、クリニックであっても、いつ労基署が調査に入っても珍しくない時代になった」といわれています。本記事では、服務規律と労働時間・時間外設定を定めることが必要な理由を解説します。※本連載は、現在開業している医師、これから開業を目指す医師に向けて、人事労務管理のポイントを平易に解説します。

法律に違反した服務規律は無効

前回ご紹介した記事、『雇用契約書を交わさなければ、従業員の給与額の変更はOKか』に引き続き、最低限押さえておきたい労働法の基本知識を紹介します。今回は、「服務規律」と「労働時間・時間外設定」について見ていきましょう。

 

服務規律

 

服務規律は労働者が組織の一員として守るべきルールであり、クリニックの適正な運営には開業時から必要なものといえます。なぜならクリニックは開業時から複数名の労働者を雇用するため、最初から働くための一定のルールが必要となるからです。また服務規律があることにより労使トラブルを未然に防止することができるのです。なお、労働者が10人以上の場合に作成が義務付けられる就業規則については後述しますが、ここでは開業当初に最低限定めておくべき服務規律について解説していきます。

 

ひとつの例として喫煙があります。喫煙をしない院長からすればクリニック内での喫煙はもってのほかでしょう。さらには休憩中にクリニックの外で喫煙することも禁止したいという院長も少なからずいらっしゃいます。一方で院長自身が喫煙者である場合、クリニック内の特定の場所であれば喫煙を許可しているケースもあります。

 

ある労働者が前勤務先において、クリニック休憩室が喫煙可というルールのもとで働いていた場合、その者はそれが普通だと思ってしまっているかもしれません。反対に院長はクリニック内が禁煙であることは当然と考えているのにもかかわらず、院内は禁煙というルールを事前に明確にしていなければ、この労働者と院長の認識にズレが生じてしまいます。それをきっかけに労使間に溝が発生して労使トラブルに発展することになります。

 

このように院長が考える「常識・普通」という概念は残念ながら労働者のそれとは一致しないことがあります。そのためクリニックのルールを明確にするために服務規律が必要になるのです。

 

ただし、開業と同時にクリニックの実態に見合った完全な服務規律を作成することは容易ではありません。やはり開業してから数ヶ月経ってみないと全体を把握することはできませんので、労働者とも話し合いながら徐々にそのクリニックに合ったオリジナルの服務規律を作っていく必要があります。そのため新たにルールを追加したり、過去のルールを修正もしくは削除することを躊躇してはいけません。時には朝令暮改も院長にとっては必要な判断といえます。

 

なお、服務規律を作成するうえで留意しなければならないこととして「1分でも遅刻をした場合は30分相当の給与を減額する」「診療が終わったらタイムカードを打刻して、後片付けは打刻後に行うこと」というような法律に違反したルールは無効になることがあげられます。労働者に対してクリニックの服務規律の遵守を求める院長が法律を無視していたら、その服務規律にはなんの説得力もないでしょう。

 

そして服務規律を作成するのであれば、反対にルールを無視したらどのようなペナルティがあるのかという懲戒処分事由も作成する必要があります。この服務規律(ルール)と懲戒処分(ペナルティ)の双方を労働者に開示しなければ、労働者が無断欠勤をしようが、院内でタバコを吸おうが、患者さんに宗教の勧誘をしようが、合法的にペナルティを与えることができません。

 

そのため、どのルールを無視したらどの懲戒処分事由(譴責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇等)に該当するのかということを明確に定めておくべきです。

労働時間や時間外手当は、法令遵守が大原則

労働時間・時間外設定

 

ご存じの通り労働基準法では労働時間は「1日8時間以内、1週40時間以内※1」ということが大原則です。労働時間イコール診療時間ではなく、診療前の準備時間や診療後の片付けの時間も労働時間となることを忘れないでください。またミーティングや研修も使用者の指揮命令下において行われるものについては労働時間となります。

 

なお絶対に1日8時間、1週40時間を超えて労働者を働かせてはいけないということでなく、法定労働時間を超えて働かせる場合には、いわゆる「残業」となり法定の割増賃金(時間外手当)を支給しなければいけないということです。

 

※1 10人未満のクリニックでは所定労働時間を1週44時間までの範囲で設定できる特例があります。ただし、これは使用者側に与えられた法律上の権利にすぎず、労働者側にとってみれば不利な労働条件ですので、この設定をすると、求人募集において他のクリニックと比較された場合、不利となることを覚悟すべきでしょう。例としては、週5日勤務であっても、1日8時間半労働で週労働時間が42.5時間となるような場合です。

 

また半日診療の日を設定したり、土日の診療時間が短い場合には、「1ヶ月単位の変形労働時間制※2」を有効活用することがクリニック運営においては得策です。

※2 1ヶ月単位の変形労働時間制

 

ひとつの例として、月・火・木・金に9時間勤務、土曜に4時間勤務をする場合、通常であれば1日8時間を超えた月・火・木・金の各1時間、計4時間分に対して時間外手当の支払いが必要となります。しかしながらあらかじめ変形労働時間制を導入して、月・火・木・金の所定労働時間を9時間と定めておけば時間外手当を支給する必要はありません。

 

1ヶ月以内の期間を平均して、1週間あたりの労働時間が40時間(特例措置対象事業場は44時間)以内となるように、労働日と労働時間を設定することにより、労働時間が特定の日に8時間を超えたり、特定の週に40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超えたりすることが可能になる制度です(労働基準法第32条の2)。

 

1ヶ月単位の変形労働時間制を採用するためには、労使協定または就業規則もしくはこれに準ずるものに以下に示した事項について定め、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。

 

①対象労働者の範囲

②対象期間及び起算日

③労働日及び労働時間

④労使協定の有効期間

 

変形労働時間制という法律を適用していくことで、合法的に時間外手当の支給額を圧縮することは可能となりますが、それでもあらかじめ定められた所定労働時間を超えた場合には時間外手当の支給が必要となります。使用者として人件費を抑えたいという気持ちは経営者であれば誰しもあるはずですが、昨今のニュースを見ても分かるように給与の支給に関しては、労使間においても労働基準監督署にとっても最大の関心事です。法律遵守はもとより労使間の信頼関係を保持するという意味でも適法な支給が必須です。

 

時間外手当が支給されないことは、労働者のモラルの低下・罪悪感の欠如にもつながります。「残業代が払われないのだからダラダラ働いてもよいだろう」「残業代が払われない代わりに現物支給ということで勝手に医局の薬をもらってもよいだろう」等の考えを持つ労働者が増えるのです。今後ますます未払い賃金については、メディアでもクローズアップされてくるはずです。院長がこうした訴えを起こされないための保全としても、労働基準法を遵守し適正賃金を支給していくことが何よりも重要なのです。

 

 

髙田 一毅

みなとみらい税理士法人 髙田会計事務所 所長 税理士

 

クリニック人事労務読本

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髙田 一毅

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