人事トラブルの回避には「労働法」の知識が不可欠
人事労務トラブルを防ぐためには、何よりも法を遵守した労務管理を心がけることが必要となります。そのためには、クリニックの経営者である院長が労働法の基礎的な知識を理解しておくことが不可欠となるでしょう。
ちなみに労働関係の代表的な法律として、労働基準法・労働組合法・労働関係調整法があり、これらを労働三法といいます。また増加する労働紛争への対応として、2008年3月1日に施行された労働契約法があります。ほかに留意すべき労働関係に関する法律としては、男女雇用機会均等法、パートタイム労働法、育児介護休業法、最低賃金法等があります。
そこで、今回は最低限押さえておきたい労働法の基本知識を以下に示します。
(1)雇用契約
(2)服務規律
(3)労働時間・時間外設定
(4)有給休暇
(5)産休・育休
(6)就業規則・労使協定
(7)解雇
これらに関して、労働基準法等では具体的にどのようなルールが定められ、準用されているのかを解説していきます。
では、順に見ていきましょう。
双方の合意があれば、口頭による提示も有効になる
雇用契約
「雇用契約書を取り交わしていないから給与額を変更しても大丈夫だよね?」と質問をされることがありますが、これは大きな間違いです。雇用契約においては、原則として書面による明示(雇用契約書・労働条件通知書等)が義務となっておりますが、たとえ採用時の口頭による提示であっても、雇用者と労働者の両者がその内容に合意していれば労働契約は成立しているとされ、その労働条件は有効となります。
しかしながら書面による契約を取り交わしていないために、後になって言った言わないの話になりトラブルとなることが多々ありますので、雇用契約書を取り交わすことは実務的にはかなり重要であるといえます。
また雇用者としては、労働者に雇用契約内容をしっかり理解して合意してもらわなければなりません。というのも労働者自身が雇用契約内容の詳細を確認せず、雇用契約を結ぶケースが多くみられます。
実際にあったケースですが、月給20万円・終業時刻20時という求人募集広告を見て応募してきたのにもかかわらず、いざ働き始めてから「生活が苦しいから給与を上げてほしい」「仕事が終わるのが遅いから18時には上がりたい」等の要望をしてきた労働者がいました。もちろん雇用者はこの要望に応じる法的な必然性はありません。本来、労働者は当初の雇用契約内容を遵守して労働する義務があるということを理解していて当然なのですが、雇用者としてはこうした当然の事実を理解しないで職務に従事している労働者がいるということを念頭におく必要があります。
また雇用契約時に限ったことではありませんが、雇用者を悩ませる労働者からのよくある質問として「友人が働くクリニックでは〇〇手当が支給されているのに、うちのクリニックにはこうした手当はないのでしょうか?」というものがあります。具体例としては、住宅手当や日曜出勤手当、駐輪場代の支給等があります。
下記の図表1をご参照ください。
[図表1]
住宅手当、日曜出勤手当、駐輪場代の支給は、B医院の「アドバンテージ」であり同時に、A医院の「ウィークポイント」に該当します。
図表1だけを見て比較するならば、B医院の労働条件にアドバンテージがあることは明白です。十人が十人就職するならばB医院を選択するでしょう。
しかしながら下記の図表2の場合はどうでしょうか。
[図表2]
間違いなく労働者は全員、A医院を選択するのではないでしょうか。
要するに、労働条件の一部分だけを切り取った場合、隣の芝生が青く見えてしまうことがあるのです。
よって雇用者はこうした質問が労働者から出た場合には、比較対象となっているクリニックの労働条件全般を確認したか否かを問い質し、そうでない場合はしっかり自院と比較してみることを話すべきです。しかしながらこうしたことを労働者に言える雇用者においては、諸条件が充足された内容を備えていることは言うまでもありません。
補足しますと、労働者を雇用する際には、以下に示す労働条件を書面で明示することが法的に義務付けられています。
①雇用契約の期間
②就業の場所・従事する業務の内容
③始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交替制勤務をさせる場合は就業時転換(交替期日あるいは交替順序等)に関する事項
④賃金の決定・計算・支払方法、賃金の締切り・支払の時期に関する事項
⑤退職に関する事項(解雇の事由を含む)
⑥昇給に関する事項
⑦退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算・支払の方法、支払時期に関する事項
⑧臨時に支払われる賃金、賞与などに関する事項
⑨労働者に負担させる食費、作業用品その他に関する事項
⑩安全・衛生に関する事項
⑪職業訓練に関する事項
⑫災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
⑬表彰、制裁に関する事項
⑭休職に関する事項
なお、①〜⑥は絶対的明示事項であり、⑦〜⑭は相対的明示事項であるため、制度を設ける場合には明示しなければならないとされている事項です。
次回は「服務規律」について解説します。
髙田 一毅
みなとみらい税理士法人 髙田会計事務所 所長 税理士