社長は会長に退き、二男が社長に就任すると…
[事例3]認知症の父親が二男を後継社長に指名し、長男が鑑定を依頼
事例3も、きょうだい間の相続争いです。少子化できょうだいの数が少なくなっている現代社会においては、もっときょうだい仲良くしてほしいものです。 肉親の争いは、ときに相手をだまし、出し抜き、心を傷つけ、認知症の親を巧妙に利用し、目をそむけたくなるような醜悪なドラマを描きます。
しかし、「科学の眼」は、だませません。嘘で固めた皮をはぎとり、真の姿をあぶりだします。
事例3では、故人が生前に脳梗塞を発症し、CTで検査をしたときの画像データ、さらに治療で経過観察をしたときのCTの画像データが、雄弁に故人の脳の状態を現し、意思能力鑑定の助けになりました。
ことの始まりは2006年、父親が営む会社の株主総会でした。父親は社長を退いて会長となり、本来は長男が継ぐはずであったのに、二男が社長に就任するとの議事が出され、議決されました。そのとき、父親はただ、「うん」と言っただけでした。
それもそのはず、認知症がかなり進んでいたのです。そのことをよく知っていたのは二男だけで、意思能力のない父親を操り人形のように使っていたのでしょうか。
①遺言の作成、株式譲渡と二男は認知症の父親を操った
真実を知らない長男は、おかしいとは思いつつも父親を憎み、会社から去り、実家とも疎遠になりました。
この間、さらにとんでもないことが起こるとも知らずに……。
2008年には、公証役場の公証人を父親の病室に呼び寄せ、公正証書遺言を作成したのです。密室の中のやりとりは知る由もありませんが、認知症がかなり進んだ父親はわけもわからず、問いかけに「うん」と答えるだけだったでしょう。
さらに2010年、父親がもつ会社の株式がすべて二男に譲渡されました。株式譲渡契約書の書面に問題はなし。しかし、終末期を迎え、恐らく二男が誰かもわからなくなっていたはずの父親に、契約書の文面を理解する能力があったとは思えません。
父親の葬儀のあと、長男は自分には何も残されていないことを知り、行動を起こします。「二男が弁護士とぐるになって父親を操った」と突き止め、株主総会での決議権無効、公正証書遺言作成の無効、株式譲渡無効の3件について法廷で争うことになり、弁護士を通じてメディカルリサーチに意思能力鑑定の依頼が届きました。
脳梗塞で入院したときの病院のカルテを精査
②入院した病院のカルテは認知症の進行を雄弁に語っていた
2005年6月に脳梗塞で入院したときの病院のカルテを精査してみると、 3か月後のカルテには、簡単な内容であれば記憶できるが、短い文章でしか話せず、自発的に出る言葉は少ない。見当識障害(今、何日の何時何分か、自分がいる場所がどこかがわからない状態)、判断力・理解力・注意力の低下と書かれています。
発症7か月後には、自室において上半身裸で興奮状態にあることが観察され、便をおむつから取り出してこねくりまわすといった不潔行為も見られました。 株主総会で二男に社長の座を譲ったのは、このあとです。
認知症の症状が良くなることは望めませんから、株主総会で何が起きていたかを理解する能力はまったくなかったと考えるのが自然でしょう。
発症後2年後のカルテには、心理相談室で実施されたMMSEという認知症テストで30点満点中4点しか取れなかったと書かれています。これは、年月日、季節、今いる場所、引き算、物品の復唱などほとんどの項目が答えられなかったことを示します。
③CT画像ではっきりとわかる脳の変化
治療の経過をたどったカルテだけでも十分に説得力がありますが、CTの画像データは、父親の脳の出血が広範囲に及んで脳の損傷をもたらし、脳細胞が死んで脳全体が委縮した様子を現しています。
父親の既往歴としては、糖尿病、脂質異常症、高血圧があり、病院のカルテによると2005年6月、株主総会の数か月前に高血圧性脳内出血を発症しました。
発症時のCT画像を見ると、左視床で出血があり、脳の両側の側脳室から第4脳室まで穿破 (せんぱ)(漏れ出す)した急性期の血腫が認められます。視床出血は死亡率が高く、死亡を免れたとしても後遺症が残ることが多い疾患です。
画像で白っぽく見えるところが血腫で、中央の黒い部分が脳室です。脳室とは、脳の中で左右対称に存在する空間で、髄液で満たされています。出血部位の視床は脳室に近いため、視床出血で形成された血腫が脳室内にまで及んでしまうことがあり、これを脳室穿破と言います。
脳室穿破によって脳室に炎症が起こり、髄液が過量につくられるため、水頭症を引き起こします。これを抜くために脳室ドレナージ術という手術が必要になります。
父親のカルテには、水頭症の記録が残っていました。
圓井 順子
メディカルリサーチ株式会社 代表取締役